第12話:寄らば怪樹の陰⑥


 「まーくん、こんな狭いとこよく通れたねぇ」

 『ふっふーん、マイコニドをなめんなっス! こんなもん、ちょっと身体をひねってグイグイいけば楽勝っスよ。頭が通ればなんとかなるもんっス』

 「……軟体動物だったっけ? キミたち」

 『そんなわきゃないっしょ!! どーしてそこで柔軟性が高いとかフットワークが軽いとか、プラス方面の語彙が出てこないんスかっっ』

 大分こちらのノリになれてきたらしきマイコニド、改めまーくんである。なかなか切れ味の鋭い返しをしてくるあたり、この子はツッコミに向いているかもしれない。

 ひとりと一匹でひとしきりじゃれて、ふと視線を移したユフィは目を瞬かせた。柵の破れめを検分したクライヴが、思ったよりもずいぶん厳しい顔をしていたからだ。あれ?

 「クライヴ様? どうかしましたか」

 「いや、何でもないよ。姉さんに報告したら相当叱られそうだな、と思って。

 ここからは鍵を取ってこないと入れないから、いったん戻ろう」

 呼びかけにすぐ答えて、困ったなぁと言いたげな苦笑を浮かべると、こちらを促して元来た道を戻っていく。管理を任されているのがセシリアなら、立ち入るための鍵ももちろん彼女の元にあるはずだ。地続きの庭の手入れはクライヴがしているということだったし、確かにちょっとばかり叱られてしまうかも――

 と。


 がさ……がさ……ずる……


 背後で妙な音がした。草地で重いものを引きずるような、あるいは何かが自力で這いずっているような。

 「え、えーっと……?」

 『……あ、あわ、あばばばばば』

 いかにも怪談にありそうな展開に嫌な予感を覚えつつ、隣に並んでいるマイコニドに視線を移すと、全身がぷるぷる細かく震えていた。さっき丸焼きかマリネにするぞ、と脅した時といい勝負だ、明らかに怯えている。ということは、少なくとも心当たりがあるのでは。

 しかし、それを口に出して確かめるよりも、ユフィの身体が浮く方が早かった。より正確には、傍らのひとがひょいっと無造作に抱きあげてしまったのだ。突然の事態に固まった当人には構わず、そのまま邸に向かって結構なスピードで走り始める。

 「えっ、ちょっ、クライヴ様!?」

 「ごめん、気付かれないうちに戻りたかったけど無理だった! しっかり掴まってろ、マイコニドと巾着も落とすな!!」

 「気付かれたって何に!? ……って、うげ」

 言われるまでもなく巾着モドキとキノコを抱え込んで、しがみついた肩越しに後ろを見やって、絶句した。

 つい先ほどまで立っていた、門扉の脇の歪んだ鉄柵。向こう側に生えた木の根が発達したせいで、柵の鉄柱がねじ曲がっていたのだが、そこが明らかに変形していた。今しがた見たときは、両手で抱えられる大きさのマイコニドがぎりぎり通過できる隙間だったものが、いまやその倍以上の大穴になっている。

 その原因となっているのは、こちらもまたさっきまではなかったもの――何本も何本も集まり、捩れてくっついた木の根の集合体だった。歪な蛇のような姿のそれが、地面すれすれをかなりの勢いで這いずるみたいに近寄ってくる。辺りがまだ薄暗いのも相まって、夢に見そうな不気味さだ。

 「植物園には単に珍しいだけでなく、そのものに強い魔力を持つ草木も多い。だからあの柵は特別仕様で、滅多なことでは壊れないようになっている。

 さっきはわざと言わなかったけど……そんな柵が歪んだなら、あの根の持ち主はただ者じゃない!」


 ――どんッ!!


 クライヴの言葉に、鈍く重い音が被さる。一寸の間ののち盛大に土砂を巻き上げて、いつの間にか地に潜って追い越していた根の束が、一行の行く手を遮った。


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