第11話:寄らば怪樹の陰⑤



 外に出てきた時よりは明るくなったが、まだ陽が差すには早い。相変わらずひんやりと涼しい、初夏に相応しい空気の中を、てくてく歩いて移動する一行がいた。

 ……いや、訂正。約一名、ぴょいんぴょいんと飛び跳ねている小さい影があるので。

 「ところでさ、一応聞いときたいんだけど。えーっと、まーくん」

 『まーくん言うなっス!! 何なんスかそのマヌケな呼び方はっっ』

 「だってマイコニドだから。十中八九個体名なんてついてないでしょ? とりあえずよ、とりあえず」

 『うぐううう……と、とりあえずっスよ? ホント今だけっスからね! で!?』

 ぽいーん、とひときわ高くジャンプして、先導していたマイコニド(命名・まーくん)が先を促した。カサのすぐ下部分の軸に、色鮮やかな葉っぱをつけたツタがしっかり結びつけてある。先ほど道案内を承諾させた後、ユフィが巾着モドキから呼び出してきたものだ。

 これを力いっぱい巻き付けられてからこっち、調子が出ないというか、捕まっている相手に対して反抗しきれないというか、いっそのこと妙に親切な言動をしてしまうというか。つまりは十中八九、普通の植物ではないのだろう。

 ものすごく不満そうながら、一応話を聞く姿勢を取ってくれたマイコニドに、ツタの端を持って後に続いているユフィは密かにほっとした。この子の『効能』は確認済みだが、実地で使うのは初めてだったのだ。こちらに対しての攻撃性が完全になくなったわけではなくとも、このくらいの反抗なら可愛いものと言えよう。任せてくれたクライヴにも感謝だ。

 「まーくんてさ、そもそも何しに来たの? 茂みの中でこっちの様子をうかがってた目的は?」

 『……、アンタの持ってる布っ切れの中にいるひとたちっス。取り付いて枯らしてこい、って命令だったんスよ、ホントは』

 「何で? わたしは昨日来たばっかりだし、この子達だって何にも悪いことしてないんだけど」

 『オレたちはどーでもいいんスよ、自分らの取り分が減らなけりゃ。だけどうちのボスが気に食わないっていうなら、しがない下っ端としては従うより他にしょーがないっス』

 「……うーん、世知辛いねぇ。モンスター界も」

 『ほっとけっス!!』

 「魔物は縄張り意識が強烈だし、新参者の気配にも敏感なんだ。最近の王都周辺は魔物の動きが活発だから、余計に過敏になっているのかもしれないな。……昨日の件もその一端だろう」

 「そういえばクライヴ様、なんであんなことに? 昨日は王城に行かれたって聞いたんですけど」

 「なんで、というか……うん、まあ、横手からいきなり襲い掛かられた。ちょうどこういう視界の利かないところで、避け切れなかったんだ。

 呼び出しの理由は大したことではなかったし、急いでいたから、それで注意が散漫になったんだろうな」

 これまた言いづらそうにしつつも白状したクライヴによれば、襲撃者は一撃与えるとそのまま逃げ去ってしまったという。王城周辺を囲む林はきちんと手入れされていて見通しはいいが、丈の低い灌木の茂みが点在しており、障害物が多いことには変わりない。すぐさま石化が始まったため、ヘタに馬から降りることも出来ず、取り逃してしまったとのことだった。なるほど、それは悔しかろう。

 「じゃあ、上手く行けばその犯人の情報も手に入るかもしれないですね! よしまーくん、張り切って案内よろしく!!」

 『そんな都合よく行くもん――って痛だだだだ!! むやみやたらと引っぱらないでくれっスー!!!』

 ツタのリードを引き締めつつハッパをかけると、何やら言いかけていたマイコニドは悲鳴を上げつつ移動速度を上げてくれた。桶に当たって気絶したのもそうだが、痛覚とかは普通の生き物に近いらしい。魔物自体をほぼ初めて見るユフィにはそれも新鮮だった。

 そんな賑やかなやり取りを交わしながら、夜明け直前の敷地内を進んでいくこと、しばし。

 「……わあ、大きな門ですね」

 「王宮植物園の通用門だ。本来は王城内の正門からしか出入りできないんだが、うちは姉さんの仕事関係で使うことが多いから」

 セシリアが職務のために頻繁に出入りすることから、特別に許可をもらって転送機能付きの通用門を設置しているのだという。ユフィの背丈の二倍半はあるだろう、高い鉄柵と鉄門に囲まれた厳重な守りだ。

 猫の仔一匹入れなさそうなんだけど、と思いつつ見ていると、マイコニドは迷わず右方向に進路を変えた。ぴょこぴょこ跳ねて進んでいった先に、雑草で隠れて見えにくいが、柵の下側が歪んでいる箇所がある。木の根で地面と敷石が押し上げられて、頑丈なはずの支柱が曲がってしまっているのだ。このキノコさん、こんなところから出入りしていたらしい。


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