第15話:月に叢雲、花嵐②


 一部のキノコは取りつく木がないと育たない。同じように、マイコニドは自分より強い相手に付き従う生態を持つため、人面木をあっさり下した二人を次のご主人と(勝手に)認定したらしい。ちなみにだがクライヴのことは『旦那』呼びしていたし、セシリアに至っては『あねさん』である。ここは下町の任侠一家か何かか。

 「……まーくんさ、人間が嫌いとかそういうのはないの? ホントは森の奥に棲んでるんでしょ?」 

 『うーん、特にそういうこだわりはないっス。最初捕まった時はヤバいと思ったけど、お嬢たちって敵じゃなければ弱いヤツに踏んだり蹴ったり、ってしませんもん。トレント様――前の主様っスけど、そこんとこ正反対だったし』

 「あ~、いかにもそういうことしそうな感じではあったねぇ」

 『でしょ? だから良いんスよ。……にしてもお嬢、ガワを変えたら見違えたっスね! 今さらですんませんけど』

 『めっ♪』

 「え、そ、そう? 上から下まで借りものなんだけど……おかしくないんなら良かったです、はい」

 お供二匹が口をそろえて指摘した通り、人生初の王城参内ということで、ユーフェミアは大変豪華な作りのドレスを着せてもらっている。髪と目が青灰色なので、あまり冴えた色だと浮いてしまうため、ふわっとしたパステルブルーのものにしてもらった。生地の上から繊細なレースが少しずつ重なるように被せてあって、グラデーションに見えるという凝った一品で、頭にも共布のヘッドドレスをしている。実際、身に着け終わって鏡で見た時は知らないご令嬢が立っているのかと思った。衣装と化粧の力ってすごい。

 ちなみにセシリアは言うまでもなく、クライヴも大層褒めてくれた。というか、見た瞬間に真顔で黙り込むからどうしたかと思ったら、『……姉さん、別のやつにした方がよくないか? 似合いすぎて逆に心配なんだが……』って言い出したのには心底ビビった。騎士って怖い。おのれ許すまじ職業病……

 「……あら、言っていなかったかしら? そのドレス一式、紛れもなくユーフェミアさんのために用意していたものよ」

 「えっ!? あの、でも、わたし髪の色とかすごく微妙ですよ!?」

 「全体の雰囲気や容姿は、あらかじめ仲人の方に聞かされて知っていたの。――うちの弟、結婚にわりと無茶な条件を出していたのは知っているでしょう? それを聞いてとても親身に相談に乗ってくださってね」

 「仲人さんていたんですか!? ええと、ちなみにどなたが」

 「ええ。大神殿の総括をしておられる、当代の賢者様よ。神殿は今からうかがう王城の敷地内にあって、近衛騎士隊ともしょっちゅうやり取りがあるから、私たちのことは両方見知ってくださっているの」

 神殿の責任者なのに大神官、と名乗っていないのは、この国での『賢者』が役職ではなく、優れた能力や功績を持つ相手を称える称号の一つだからだ。おそらく身分はその辺りで、なんらかの実績を以って賢者に列せられたのだろう。何でもその方、髪や目の色以外にも、『多分ほぼ身一つで嫁いでくるから、周辺環境の整備をよろしく』という辺りまで言い当てていたというから驚きだ。

 「……あのー、ちょっと待ってください? もしかして、めちゃくちゃな日程で輿入れが決まったのって」

 「そうなの。この機を逃したらいつまで経っても決まらなくなるから、突貫でも何でもいいからなるべく早く終わらせなさい! って言われてしまって……でも今にして思えば、こういう事態になるのを薄々予感しておられたのかもしれないわね」

 なるほど、確かに。ユーフェミアが昨日の時点でエヴァンス邸にいなければ、クライヴは危険な状態になっていたかもしれないのだ。セシリアが準備しながら改めて感謝をのべて教えてくれたのだが、世界樹の木の実ほどのスピードで浄化と回復を行える薬、もしくは治癒魔法は、今現在の国内には存在しないらしい。何にせよ無事に治ってよかった。

 (同じ敷地にあるなら、あとでご挨拶くらいできるかな? どんな人なのか気になってきたし)

 俄然興味がわいてきたユフィがそう思ったのと、それまで元気よく走り続けていた馬車が静かに止まったのは、奇しくもほとんど同時だった。


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