弔い





しばらくすると村人達が金剛の大八車を引いてやって来た。


秀次が根の塊のそばで座り込んでいる雪と彦介のそばに来た。


「金剛は……。」


秀次が聞く。

二人は声もなく横倒しになった幹しかない茨を指すと、

秀次は無言でそれを見た。


「みんなすまんが玉鋼や黒砂を茨様のそばに置いてくれ。

この周りの砂も全部だ。

燃えそうな枝や葉も持って来てくれ。」


村人も何かを察したのか何も言わず落ちた葉や枝も集め、

玉鋼を木の周りに置いた。

秀次と吉次がそこに川床から集めた黒砂をかけ、

炭と木材が積み上げられて火がつけられた。


「これは金剛の刀の鞘だ。」


忠太郎がどこかからか刀の鞘を探し出した。

秀次がそれを見ると頷く。

忠太郎は無言で弔いの炎の中にそれを入れた。


「金剛の大八車もくべろ。」


秀次が言う。


「良いのか?」


村人の一人が聞いた。


「いいんだ、あの車もあいつとずっと旅をしていたんだ。

旅の仲間だ。」


金剛の大きな大八車も炎に包まれる。

前には道が細くて入れなかったが、

今は周りの木はほとんど流されていた。

そのおかげでこの大八車もここに来られたのだ。


「金剛の弔いだ。」


秀次が呟くように言った。


「鍛冶場を使ったら鋼をいくつか置いて行くって言ったくせに、

全部使っちまったじゃねぇか。金剛よ。」


雪は座ったまま火を見ていた。


深い闇に火の色が鮮やかに輝く。

その炎の色は見た事が無いような赤い色をしていた。

闇のような色の煙がゆっくりと空に昇って行き、

夜に溶けていく。


あの火の中に金剛がいるのだ。


雪は先ほどの金剛を思い出していた。

あの厚い胸板に彼女は抱かれていた。


初めて見た時から忘れられない人だった。


人を引き付ける魅力があった。

そして世間知らずの自分に色々な事を教えてくれた。


だが、自分には彦介と言う許嫁がいるのだ。

そして一生を添い遂げたい人は金剛でなく彦介なのだ。


それは間違いはない事だ。


それでも心のどこかに金剛の存在はあった。


だが彼はうばらのものだ。

彼が子どもの時から。


いつか一瞬だけそのうばらの感情が自分に入って来た。

何百年も恋焦がれた、

ただそれだけで鬼を抱え続けた彼女の想いは凄まじいものだ。

その熱に自分は浮かされているだけなのだろう。


彼はうばらのもので自分は彦介と添い遂げる。

それは定めなのだ。


それでもあの時だけ二人の縁は一緒になった。

お互いの肌の温かみを知ったのだ。


瞬間寄り添い、そして別れた。


彦介が雪のそばに寄る。

彼女は彼に体を寄せた。


彼の体温が雨に濡れた雪の体を温めた。

柔らかな優しい感触だ。

自分の居場所はここだ。

それは分かっている。


だが今だけは金剛のために涙を流していた。

あの時背中に回された彼の腕の温かさと鼓動の音は、

彼女だけの小さな秘密だった。




金剛とうばらを包んだ炎は明け方近くまで燃えていた。

その前にはずっと忠太郎と武士達が座って見守っていた。

彼らもどのような思いでここに来たのだろうか。


やがて朝日が出る頃に炎は消えた。

全ては西に沈みつつある白い月の様な灰となり、

残ったのは真っ黒な岩のような塊だけだった。


そしてその一か所には白い玉のような小さなものが残っていた。








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