嵐 1
秀次の野鍛冶場で刀が作られ始めて三日目だ。
刀が打ち上がったと言う話はまだなかった。
「食事が済んだら秀さんの所に行ってみようかな。」
夕食の準備をしている時に彦介が言った。
「そうですね、そろそろだと思うんですけど。」
皆が席に着き食事を始めてしばらくした時だ。
金剛が
「ああ、金剛さん……、」
彦介が彼を見た。
だが金剛の顔つきはいつもと違っていた。
彦介がその様子に気が付く。
そして金剛が背負っている刀を見た。
「もしかして……。」
金剛が頷いた。
「よし、みんな頑張って飯を早く済ませろ。」
子ども達が顔を見合わせる。
「来たんですか?」
彦介が鋭い目で金剛を見た。
「ああ、多分な。」
雪が子ども達に食事をせかした。
そして立ち上がり家の戸締りに走り出す。
金剛が地平近くの黒い雲を指さした。
「嵐だ。」
金剛が声をかけた村人の数人が社にやって来た。
こちらには子ども達もいる。
それを気遣っての事だろう。
「金剛さん、刀は出来たのですか。」
「ああ、見てくれ。」
金剛が刀をすらりと抜く。
白く輝く刀だ。
継ぎ目は全く分からない。
その刀はすぐに光り出した。
それを彦介や子ども達、やって来た村人が見た。
「秀さんや
俺は絶対に鬼を封印する。約束する。」
皆は金剛を見て頷いた。
「さあ、みんな避難しろ。」
金剛は家から襷をかけて出て来た雪を見た。
「雪さんも避難しろ。」
「いえ、私も行きます。」
「危険だぞ、駄目だ。彦さん、駄目だろ?」
「いや、私は止めません。」
金剛が驚いた顔になった。
「危ないから駄目なんじゃないか?」
「確かに、確かにそうなんですが……。」
彦介が金剛を見た。
「雪が行かなければ鬼退治は出来ないと思います。
それは私も分かります。
そして雪は絶対に戻ると私は信じています。」
彦介が雪を見た。
そして雪も微笑みながら彦介を見る。
「私達祝言を挙げたんです。」
雪が嬉しそうに金剛に言った。
それを聞いて金剛が驚いた顔になった。
「いつ……、」
「黒砂を集めた次の日です。
金剛さんは刀を作っていたのでお話出来ませんでした。
伝えなくてすみません。」
雪が申し訳なさそうに言った。
「
彦介がそう言うと金剛が大きく息を吸った。
「いや、なんと、驚いたが……。」
金剛がにかりと笑った。
初めて金剛と雪や彦介が会った時の顔だ。
「目出度い話だ、おめでとう。俺は本当に嬉しい。」
金剛が彦介の肩を何度も叩く。
「痛いですよ、金剛さん。」
「いや、すまんすまん、こんな時でなければ祝杯をあげたい。
最近飲んでないからなあ。」
金剛がため息をついた。
「私は下戸ですから飲めませんが、
鬼退治が終わったら祝宴をあげましょう。
大した事は出来ませんが。
金剛さんは魚を獲って来て下さい。」
彦介が悪戯っぽく笑う。
「ああ、分かった。そうしよう。」
そして彦介が深々と頭を下げた。
「雪を本当によろしくお願いします。」
「ああ、任せろ。絶対に彦さんの所に返す。」
金剛は空を見ながら言った。
雷雲はまだ遠い。
だが微かな遠雷が聞こえてくる。
子ども達が不安そうに金剛を見た。
「おっちゃん、鬼が来るんか?」
寅松が見上げて言った。
「ああ、来る。寅松よ、」
金剛が膝を突いて寅松を見た。
「お前は一番の年上だ。みんなを守れ。
長丸、お前も寅松の言う事を聞いて協力するんだ。
小春、花、お前達も皆で頑張るんだぞ。」
子ども達が金剛に抱きつく。
「おっちゃん、行かんといて。」
花が泣きながら言った。
金剛は皆を親鳥がひなを守るように優しく抱いた。
「そう言う訳にはいかん。
行かなきゃならんのだよ。」
そう言うと金剛は立ち上がり雪を見た。
「茨に行く。行けるか。」
「はい。」
雪はそう言うと皆に笑いかけて、二人は歩き出した。
二人が茨への道を歩いていると、
後ろから村の若者が鍬などを背負って走って来た。
「金剛さん、俺らも行くよ。」
金剛が彼らを見た。
「危ないぞ、止めておけ。」
「何言ってるんだ。」
一人の若者が雪を見た。
「村長から聞いた。雪さんも行くんだろ。
なのに俺らが家でじっとしとれるか。」
「金剛さんは叩いても死なない感じだがな、
雪さんはそう言う訳には行かんだろ。」
金剛は村人の誰にも来いと言う話はしていない。
若者は自分の意志で来たのだ。
何が起こるか分からない。
死ぬかもしれない。
だが彼らは来た。
金剛は一瞬考えた。
雪を守りながら鬼と戦えるだろうか。
彼らが雪を守ってくれるなら集中出来るかもしれない。
金剛は立ち止り彼らを見た。
「雪さんを守ってくれるのか。」
若者たちは頷いた。
「分かった。雪さんを頼む。
だが危ないと思ったら雪さんを連れて逃げてくれ。
頼むぞ。」
金剛は彼らを見た。
そしてその後ろに光る黒雲が近づいている。
皆も振り向いて雲を見た。
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