黒砂 2





「どうなってんだ。」


村人が秀治の家から帰ってすぐだ。


「親父、なんかものすごい事になってんな。」

「お、お前、吉次きちじじゃねぇか、いつ帰って来たんだ。」


体格の良い若者が庭に山の様になっている黒砂を見て言った。

修行に出ていた秀次の息子の吉次だ。


「さっきだよ、黒砂じゃねぇか。なにすんだ。」


その場に金剛がのっそりとやって来る。

その彼を吉次が驚いたように見上げた。


「あ、あんた……。」

「お前さんが秀さんの息子さんか。吉次さんか。」

「あ、ああ、そうだが、」

「俺は金剛と言うんだ。よろしくな。今から秀さんと刀を打つんだ。」

「あ、ああ、こちらこそ、」


吉次が返事をして腕組みをする。

太い腕だ。


「あんたさ、刀を打つのか。」

「ああ、刀鍛冶だな。」

「その、変な事を言うが刀鍛冶の白髭の

三木と言う小五月蠅い爺さん知ってるか。」


金剛がはっとした顔をする。


「三木爺か、しばらくそこで世話になったぞ、

刀鍛冶の仕事を教えてもらった。」


吉次がにやりと笑う。


「驚いたな、俺は今そこで世話になってんだ。

それで金剛と言うでかい男の話をよく聞いてる。」

きっさんは刀鍛冶の修行に行ってるのか。」

「ああ、野良鍛冶は親父から教わっていたからな、

今は打ってないがまたここで刀が打ちたいと修行に出たんだ。」


その時声を聞いたのか菊が家から出て来た。


「吉次、お前、やっと帰って来たのか。」


菊が少しばかり泣きそうになって走り寄って来た。


「すまん、長い事帰らんで。」

「本当にそうだ、地震の時も正月にも帰って来んで。」


秀次もぶつぶつ言いながら口元が緩んでいる。


「しかし、なんでお前こんな時に帰って来たんだ。」


吉次が首をひねる。


「特に訳はないんだが、

ずっと帰ってなかったからか気になってな。

三木爺に聞いたらなら一度帰れと言われて戻った。」


いわゆる虫の知らせと言うものかもしれない。


きっさん。」


金剛が彼に話しかけた。


「どうしてこうなっているか訳を話す。

それを聞いたら吉さんが戻ったのも意味があると分かるはずだ。」


秀次が腕組みをして皆を見た。


「何だか全部が一つに集まってきた感じだな。

やっぱり何かが起こるんだ。

昔お前がわしに刀を打ちたいと言ったのも

何かの知らせだったのかもしれん。」


吉次が菊に連れられて家に入りかける。


「何だか分からんが、帰って来て良かったみたいだな。」

「そうだ、お前にも働いてもらう。死ぬほどな。」


秀次がにやにやしながら言うと、

吉次がうんざりしたような顔をした。




家に入ると金剛は吉次に刀を見せた。


「なんちゅうでけえ刀だ。

半分折れてるな、これと同じような刀を打つのか。」

「いや、この折れた半身を作る。」


金剛が言うと吉次が驚いた。


「刀は折れたら直らんぞ。」

「だがな、この刀は特別だ。」


金剛が刀を構えるとそれが光り出した。


「ど、どうして光るんだ。」

「それが特別と言う事なんだよ。鬼を封印する刀だ。」


吉次が唸った。


「俺が持って来た玉鋼と黒砂を混ぜて先を作って

残った柄側とくっつける。」

「わしも金剛に出来ないとは言ったんだがな、

今回ばかりは事情が違う。」

「事情?」

「鬼だよ、鬼。

わしもお前が小さい頃に言っただろう。

うちのじい様のじい様が鬼退治の刀を作ったって。

それがこれなんだよ。」

「本当なのか?ただのお伽話だろう。」


吉次は刀に近寄りまじまじと見た。


「光は半身が無くても刀の形になってるな。

どうして光るんだ、信じられん。」

「この半身は鬼の頭を貫いて封印している。」


金剛が刀を収めた。


「それは野茨の木が根でくるんで守っている。

だが体はそのままだ。

今は都にいるはずだが、その体が戻って来たら

頭ごとすべて封印する。

多分あの黒砂を混ぜて半身を打てばこれとくっつくはずだ。

だから村人に頼んで集めてもらった。」


しばらく皆は何も言わなかった。


「……刀を見せられたら、

あれは本当だったとしか言えんな。」


吉次が呟く。

それを見て秀次が言った。


「そうだ。それで昔の鬼退治をしたのはこの金剛のご先祖らしい。」




野鍛冶場での刀を打ちだす作業は三日三晩かかった。


玉鋼が真っ赤になるまで熱され黒砂がかけられ槌で打つ。

大槌は皆で代わる代わるふるい途切れる事は無かった。


鋼は黒砂が混ぜられているからか、

普通の鉄と違う感触だった。


硬く、そして柔らかく、そして伸びる。


まるで生き物の様だった。


金剛と秀次、吉次はそれなりに刀を作った体験がある。

だが今かかっている作業は経験した事が無かった。

その行為に引き込まれるような感覚。

まるで取り憑かれているようなものだ。


秀次の女房が時間になると食事など用意をする。

それすら無意識のうちに済ますような感じだ。


そして最後の夜に打ち出された刀の先半分の形が整い、

柄側と半身は並べられた。


それを秀次がぴったりと合わせて熱した黒砂をかける。

そして槌で軽くしばらく叩いた。

すると不思議な事に境目がゆっくりと消えて行く。

それを金剛と吉次が見ていた。


「俺は信じられん。こんな事があるなんて。」


吉次が呟いた。


「そうだな、俺も黒砂を混ぜればどうにかなると言ったが、

くっつかなかったらどうしようと思ってたよ。」


秀次が一本の形になった刀を確かめるように、

裏返したりしながら軽く叩いた。


「今更くっつかなかったらどうしようだと。

金剛、笑わせるんじゃねえ。」


秀次が金剛を目で呼ぶ。

金剛が彼に近づいて刀を持った。


金剛が刀を構えると今までと違う重さが手にかかった。

そして刀は光り出した。


今までのぼんやりとした輝きではなかった。

はっきりと冷たく清浄な白銀の光だ。

明け方の部屋が照らされる。


「……本当にありがとう。」


金剛が静かに言いながら刀を置いた。


そしてその言葉がきっかけだったかのように、

皆はそこに座り込み泥のように眠り込んだ。


その日の夕方、金剛は目を開けた。

空が赤い。

今は朝だろうか、と思ったがどこからか飯を炊く香りがする。

烏の声もする。


「夕方か?」


金剛が呟くと近くに横になっている吉次が身動きをした。


「金剛さん、」


彼は金剛の名を呼ぶと大あくびをして伸びをした。

その横には秀次が寝ている。


「吉さん、おはようか、こんばんは、か?」

「夕方だろうな。烏が鳴いてるし、おふくろが飯を炊いてる。」


金剛が吉次を見る。


「なあ、吉さん、三木爺は元気か。」


三木爺は吉次が修行に出ている刀鍛冶の首領だ。


「ああ、元気だよ、相変わらず怒りっぽい爺だ。」

「仕事では全く加減がないからな、

適当な事をするとものすごく怒る。

でも普段は善い爺だ。」

「ああ、仕事以外では全然怒らないな。」


二人はくすくす笑う。


「三木爺はよく金剛さんの話をしているよ。

二年ぐらい前までいたんだろ?

体の大きい変な男だ、でも面白い奴だぞ、ってな。

だから俺も金剛さんと初めて会った時にすぐ分かったよ。」

「そうか……。」

「それでな、三木爺の所から出る時に引き留められたんだろ?」

「ああ、俺も居心地が良かったからな、

でもなあ。」

「……三木爺はあのままだと金剛は死ぬかもしれんと言ってたよ。」


吉次が起き上がり心配そうな顔をした。


「俺も一緒に刀を打っていてなんだかそれが分かった。

あんたは限界を知らないと言うかそんなのどうでもいいんだよ。

三木爺はあいつは何も持っていないし何も欲しがらん、

玉鋼は持っていったがあれは自分の物じゃないと。

金剛さんは何だか空っぽなんだよ。

……あんた、鬼と刺し違える気だろ。」


金剛は返事をしなかった。


「俺の聞かされた昔話のお侍は戻って来なかった。」


金剛は起き上がる。


「秀さんにも同じような事を言われたよ。

親子なんだな。」


金剛が大きくため息をついた。


「一応秀さんと死なない約束はした。」

「なら……、」


金剛が真剣な顔で吉次を見た。


「だが、別の約束も秀さんとしたんだ。

それは絶対に叶えて欲しい。」

「なんだ、それは。」


金剛はにやりと笑った。


「秀さんに聞いてくれ。」

「お、おい、そりゃないだろ。」


と吉次が言うと秀次が大きく伸びをした。


「なんでぇ、うるせえな。」

「おはようか、こんばんはか知らんがよく眠れたか?」


金剛が言うと秀次が起き上がり首や腕をぐるぐると回した。


「だめだ、もう歳だな、疲れが取れん。」


すると声が聞こえたのか台所から声がする。


「あんた達、起きたんなら夕飯食べな。」


秀次の女房の菊の声だ。


「菊さん、悪かったな、色々と手間を掛けさせて。」


金剛が頭を下げる。


「いや、あたしも村長むらおさに色々言っちゃったからさあ、

ごめんな。

まさか鬼退治の刀だと知らなくて。」

「いいんだよ、あれで話が進んだからな。

ありがとうな。」


菊がちらりと自分の家族を見る。


「全く金剛さんは何かあると礼の言葉があるのに、

うちの男どもはもう……。」


秀次と吉次が苦虫を潰したような顔になる。


「何言ってんだ、二人とも心の中は感謝でいっぱいだぞ。

家族ってのはそう言うもんだ。

息子の吉さんを見てると分かる。良い息子だ。」


秀次が咳払いをする。


「まあ、なんだ、その、ばばあ、ありがとうな。」


菊が一瞬驚いた顔をするが、


「いいよ、大仕事だったもんな。疲れただろう。

さあ、じじい、飯だ。」


そして二人は普通の顔になる。

それを見て金剛の隣に立っていた吉次が呟いた。


「そんなもんかな。」


金剛がにやりと笑う。


「長年の連れ合いはそんなもんだよ。」




皆は庭が見える部屋で食事をとった。

そこにはまだ山の様に黒砂と玉鋼がある。


黄昏の空が薄紫に薄く染まり、涼し気な風が吹いていた。


本当ならこの時期には田植えが始まる頃だ。

今日のような天気は田植えに丁度良いだろう。

そんな時に金剛は村人に余計な仕事を頼んだのだ。


それなのに村人は文句も言わず手伝ってくれた。

先人から伝わった昔話のおかげもあっただろうが、

この村の人々はとても優しいと金剛は思った。


これからもしかするとここに

とてつもない災難がかかるかもしれない。

それを金剛は防がなくてはいけない。

少なくともこの村から鬼を遠ざけるのだ。


だが今はこの部屋で食事をとるのは

大仕事の間のわずかな癒しだった。


外を眺めながら飯を噛みしめる。

それは生きて行くための当たり前の作業だ。

だが健康で平和でなければ出来ないのだ。


金剛はゆっくりと食事をとる。


そして遠くを見た。

その時、彼の右肩の痣がぴりっと痛んだ。


そこにはごくわずかに黒雲があり、

雷光が雲の模様を浮き上がらせていた。


金剛の箸が止まる。

彼の耳に低い遠雷が聞こえた気がしたのだ。


一方向だけを見て身動きしなくなった金剛を

皆が訝しげに見た。

そして彼の目線の彼方に黒雲があるのを見つけた。


「金剛よ、あれは……。」


秀次が呟く。


「多分そうだ。」


彼の動悸が早くなる。

すると秀次がいつものように大慌てで飯を口に入れた。


「止まってんな、金剛、吉次も喰え。

菊、もっと飯を持ってこい。

正念場だろう、腹一杯喰って下っ腹に力を込めろ。

何があっても絶対に吐くなよ。」

「あ、ああ。」


金剛が慌てて食べだした。


「吉次、食べたら村長の所に行け

その間にも村人に家から出るなと伝えろ。

菊も近所に言いに行け。

わしらは帰れるかどうか分らんからお前は隣の家にいさせてもらえ。

わしは村長んとこと反対側の家に言いに行く。

金剛は刀を持ってやしろに行け。

その途中で村人に伝えろ。」


金剛が秀次を見た。


「すげえな、秀さん。俺が言うまでもない。」


秀次がにやりと笑った。


「年の功だよ、たまには格好良い事させろ。」




皆が慌てて食事を済ますと外は薄暗くなっていた。

東には大きな満月が出ていた。


だが空の一方に遠く光るものがある。

雷光だ。

金剛は刀を背負うと社に向かって走り出した。


「もうすぐ嵐が来る。危ないから外に出るな。」


通り道にある家に声をかけていく。

皆は青い顔をして頷いた。

その家の男が言う。


「裏の婆さんと爺さんはおらの家に来てもらう。」


それぞれもう話はしてあったのだろう。


「金剛さんよ、」


声をかけたうちの一人が言った。


「負けんなよ。」


金剛を信じての言葉だ。

彼は強く頷くと社に向かって走り出した。







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