御化不明目付 3





「と言ってもお前の場合はしなければならない事ははっきりしている。」


と忠太郎が言うと後ろの襖を開けてあのおお太刀たちを持って来た。


「この刀の半身を探すのだ。」


忠太郎がすらりと刀を抜く。

見た目より力が強い男なのだろう。


「柊殿は剣士なのか?」

「いや、俺は弓使いだ。絶対に当てるぞ。」


と彼は悪戯っぽく笑う。


「お前が構えたら光ったんだろ?」


忠太郎が金剛を見た。


「ああ、ぼんやりとな。」

「時臣が言っていたがこの刀はお前のものだ。

俺が持っても光りはせん。」

「半身と言っても、どこにあるんだ。」

「この家紋がまず手がかりだな。」


忠太郎が刀のかぶとがねを見た。


「ならすぐ分かるんじゃないか?」


時臣が金剛を見た。


「そう思ったのですが、それが見つからなくて。

この刀が見つかってから探させているんです。」

「それで野茨の生えている所かと探しているんだが、」


直良がため息をついた。


「野茨は全国どこでも生えているのだよ。」


野茨はとても丈夫な植物だ。

日本の風土に合っている。

むしろこの木が生えると荒れ地になってしまうと

農家には嫌われものだ。


「そこから探すのか?俺が?」


忠太郎と時臣がにこにこしながら金剛を見た。


「そうですよ。

私達が闇雲に探すよりその方が早いでしょう。

何しろ野茨の精でしょうか、白く美しい女を見たとか。」


金剛がはっとする。


「鏡の話も聞いたぞ、お前のおっかさんの持ち物らしいな。

だがお前を産んで亡くなったんだろ?

寂しい話だったな。」


忠太郎が金剛の間近に来る。


「俺は聞いた話だがな、

お前のおとっつあん、成良なるよし殿だが、

うばら殿と結婚された時な、実に嬉しそうだったらしいぞ。」


金剛が忠太郎を見る。


「確かに最初はお前の家系の言い伝えで、

あの紋章のある手鏡を持つ女を見つけたと報告があったそうだ。

もしかすると最初は俺達の仕事がらみの気持ちがあったかもしれん。

だがな、しばらくすると成良殿は結婚したいと言い出したそうだ。」


時臣も金剛を見る。


「その話は私も知っています。

うばら様はある意味対象者ですから、

深い関係を持つのはご法度なのですよ。

でも結婚出来なかったら彼女と死ぬとまで。」


金剛と直良は驚いて顔を合わせた。


「その話を聞いたのは俺の親父殿だ。

仕方なく結婚を許す事になって一度うばら殿と会ったらしい。

うばら殿は無口で無表情な女だったが、

成良殿にだけはにっこりと笑ったそうだ。

そしてな、しばらくして子どもが出来たと嬉しそうに

親父殿に話したらしい。」

「……俺の事か。」

「そうだろう。

だがうばら殿は子どもを産んで亡くなってしまった。

その後成良殿は……、お前も覚えがあるだろう。」


金剛が覚えているのは腑抜けの様に

ぼんやりとしている父親だ。

その父親にそのような情熱的な時があったのかと彼は驚いた。


「でも私達はこの直良殿から御父上の死後に、

刀と手鏡の事を聞きました。

御父上はお勤めを忘れていなかったのです。」


忠太郎がにやりと笑う。


「ただちょっと報告は遅めだったがな。

それとお前の事ももう少し早く知りたかったが、

まあ今来てくれたからな。」

「そうですね。」


と時臣が笑う。


「でも金剛さん、」


彼が微笑みながら言った。


「色々な人から話を聞くと、少なくともあなたは

お父様やお母様から祝福されて生まれたと思いますよ。

出会いは仕事絡みだったかもしれませんが。」


金剛はしばらく身動きしなかった。

なぜかその横で直良が鼻を啜っている。


「もう、鼻を拭けよ。」


と袂から忠太郎が花紙を出した。


「お前ら兄弟もな、話を聞くと色々あったみたいだがな、

この直良殿も今ではお前に対して悪い事をした気持ちはあるぞ。」

「それは、分かってる……。」


金剛が呟く。


「まあ、今すぐ返事をしろとは言わん。

二、三日考えると良い。」


と忠太郎が立つと金剛に刀を渡した。


「それでな、刀を抜いてみてくれんか。」

「あ、ああ。」

「そうですね、私も見たいですね。」


二人が金剛を見る。

彼は立ち上がり刀を抜いた。


彼が構えてしばらくすると刀が光り出した。

そこにはない半身も光っている。


「おお……、」


時臣が感嘆の声を上げた。


「素晴らしい……。」


彼の顔つきが変わる。


「私の思った通りだ。」


その後ろで忠太郎も薄く笑っている。


見れば位の高い者達である事は分かる。

そして思ったより格式ばってはいない。


だが今自分の前で薄く笑っている二人を見ていると、

底知れない怖さを金剛は感じた。


今まで金剛はそのような感情を持った事は無かった。

着物の白い女を見ても、刺された時も、

たった一人で真っ暗な野原で野宿しても。


どこでもどんな時でも怖くはなかった。

だが目の前の自分と歳は変わらない二人には

そこはかとない恐ろしさを感じた。


忠太郎と時臣は刀が光るのを見て満足したのか部屋を出て行った。

金剛はため息をついて刀を鞘に戻した。


「どうした、金剛。」


直良が声をかける。


「あの二人、怖いな。」


直良がふと笑う。


「それはそうだ。

子どもの時から鬼や物の怪を退けておられる。

肝が据わっているとかそのような度合いではないぞ。」


金剛は先ほど時臣が言っていた事を思い出す。


― ただ、実力のみ。

― 死ぬ者はあっさり死ぬ、だが生き残る者は地獄を見るかもしれない。


そのような世界を潜り抜けて来た者のようだ。

それを考えると、

金剛は自分がぬるま湯のような生活をして来たような気がした。


自分の行きたい所に行って好きなだけ過ごし、

ふらふらとその日暮らしをしていたのだ。


「兄貴殿。」


金剛は直良を見た。


「俺はその……、あのお役が務まると思うか?」


彼の顔は真剣だった。

直良はあごに手を当ててしばらく考えていた。


「それはよく分からん。

だがお前がどうしてそんな力を持っているか、

それは知りたくないか?」


金剛は直良を見た。

穏やかな顔をしている。


本当に昔のいつも苛ついていた直良とは全然違う。

何かを悟っているような所がある。


もしかすると彼もあのお役で何かを知ったのかもしれない。

だからこそ今屋敷で雇っているような

弱い者に対して優しく出来るようになったのではないかと

金剛は思った。


ほとんどの人が分からない不思議に触れると、

この世は目に見えるものだけではない事を知る。

そして今世こんせの全てが絶対ではない事も。


それは金剛も分かっている。


だから物に執着しないのだ。

全てはうたかたなのだ。


そして身分なども結局はただの目印だ。

どの場所にいても賢い者は賢く、愚かな者は愚かだ。

それを直良もあの二人と知り合い理解したのかもしれない。


たまたま直良は地位を得ている。

そこで威張り散らすのとか弱い者を労わるのと

どちらがより良い生き方なのだろうか。




そして二人は屋敷に帰った。


夕食の時に金剛のそばには給仕のためにゆうが座っていた。


「おじさま、おかわりはいかがでしょうか。」


少女におじさまと言われて少しばかり

金剛は気恥ずかしかったが、

それでもどことなく嬉しさもある。


「すまんな、じゃあお願いしようか。」


金剛が茶碗を渡すとにっこりと笑って

ゆうが飯をよそった。

それを金剛の前で食事をとっている直良が

微笑ながら見ていた。

その横ではそよが座っていた。


「なあ、ゆうちゃん。」


金剛が茶碗を受け取りながらゆうに話しかけた。


「ゆうちゃんは父さんが好きか?」


思いも寄らぬ金剛の言葉にゆうの顔が真っ赤になり俯いた。

直良とそよもぽかんとした顔で金剛を見ている。


「俺は兄貴殿が好きだぞ。昔は苦手だったが今は違う。

情の深い優しい良い人だ。

奥方のそよ殿もとても優しいな。」


そう金剛が言うと皆を見てにっこりと笑った。

直良とそよが顔を見合わせて

しばらくするとくすくすと笑いだした。

それを見たゆうが小さく言う。


「……私もお父様とお母様が好きです。」


直良が苦笑いのような顔で金剛を見た。


「わしもお前がこんなに真っすぐ物を言うとは知らなかったな。

もっと早く話がしたかったよ。」


金剛がにやりと笑ってゆうにまた空になった茶碗を差し出した。

彼女が受け取りご飯を盛る。


「このゆうちゃんも気の利く可愛らしい子だ。

いい子を持ったな。」


そして皆が笑う。

障子の向こうにいた下女が何が起きたのかと

ちらりと顔を出した。

だが皆は中で笑っている。


それを見て下女も微笑みながら顔をひっこめた。




それから二、三日経った時だ。

ぶらぶらと二人の男がやって来た。


「築乃宮様、柊様、またそのような様子で。」


二人は町人のような格好だ。

それを見て直良が呆れたように言った。


「いつもこんな感じだろ。この方が気が楽だ。」


忠太郎が首筋をぼりぼりと掻く。


「お二人とももえらく軽い格好だな。」


金剛が現れて二人に声をかけた。

時臣と忠太郎は縁側に出てそこに座った。


「今日は金剛様にお話がありましてね。」


と時臣が言う。

彼も町人の格好をしていたが、

街中をこのような美男子が歩いていれば

反対に噂になるだろうと金剛は思った。


そこにゆうが真っ赤な顔をしてお茶を持って現れた。

彼女は黙ってそれを出す。

かなり緊張しているのか動作はゆっくりだ。


お茶を出し終わると時臣が袂から文と

小さな可愛い小袋を出した。

小袋は匂い袋だろうか。


「おゆう様、この前の返歌ですよ。

懸け歌もありますから、お返事をお待ちしていますよ。」

「……はい。」


小さな声でゆうが返事をするとそれを受け取り

頭を下げてさっと戻って行った。


「なんだ?返歌って、歌のやり取りしてるのか。」


金剛が腕組みをして時臣に言った。


「そうですよ、私は彼女の歌の先生です。」

「普通は懸想している女に送るんじゃないか?」

「女性の教養を深めるために協力しているんです。

ねえ、直良殿。」


時臣が直良を見る。

直良はかなり難しい顔をしていたが、


「歌の先生としては相当な方であるのは分かりますがねぇ……、」

「親父としては複雑なんだろ?」


忠太郎がにやにやしながら言う。

直良が渋い顔をした。


「遠慮しなさいと言うと娘が怒るんで……。」


皆は直良を見て笑った。


「まあ、大事なお嬢様ですし、

妙な事は絶対にありませんからご安心ください。

ところで茨の木があったのはあそこですよね。」


時臣が庭の隅を見て言った。


「そうだ、あそこに屋根に届くぐらいの茨の木があった。」


皆がそのそばに寄る。


その辺りには草も生えていない。

そして丁度木の幹程の大きさか、丸く黒い部分があった。


「や、前にはこのような物はなかったと思うが、」


直良が言うと皆が近寄って見た。


「砂だ。黒砂だ。」


金剛がその部分に触れて少しすくった。


「鬼の気配がしますね。」


時臣が言う。


「ああ、この砂は鬼のがある。」


忠太郎も砂を受け取り言った。

彼らはそれを袂から出した和紙に包んだ。


「今日来たのはな、

金剛が正式に御化おんけ不明ふめい目付めつけに任命された事を伝えに来た。」

「そうか……。」


金剛が腕組みをした。


「それで俺は何をすればいい。」


目付の二人が金剛を見た。


「お前のやる事ははっきりしている。

まず茨の木がどこにあるか、大太刀がどこで作られたか。

そして鬼の行方だ。」


時臣の目がぎらりと光る。


「折れた刀の先で鬼が封印されているのです。

それはあなた方のご先祖が伝えました。

ただ、その場所が不明だ。」


金剛が腕組みをして言った。


「話を聞くと結構な大事おおごとだよな。

なのに肝心の鬼が封印されている場所が分からないってのは

なんか変じゃないか。」


皆が縁側に戻って来る。


「確かにそうなんだが、場所の記録だけが全くない。」


忠太郎が温くなった茶を啜った。


「お前達の鬼退治をしたご先祖、金剛と言うのだが、

その男が語った話と目撃者の話はある。

その目撃者は俺の先祖だが、

状況に関しては詳しく書かれているが、

場所に関しては何一つとして書かれていない。

黒塗りされてもいないので、後々に書き直されたようだ。」

「どうしてそんな事をしたんだ。

書き直すなんて全部噓でしたと言われても仕方ないぞ。

それに刀のかぶとがねに紋章があるなら、

どこからそれを知ったんだ?」

「記録に関しては確かにそうです。

でも一つこれはなんだろうと言うものがあって、」


時臣が皆を見た。


「幕府の記録ですが、その年の財政に関して

一部使途不明金があるのです。」

「何に使ったのか分からないと言う事ですか?」


直良が聞く。

彼も初めて聞く話なのだろう。


「そうです。

巧妙に隠されていましたが、調べてみると村一つ買えるぐらいの

相当な金額です。

それがなされたのはかなりの昔です。

今更調べるも何もないのでそのまま放置されていたようです。」


忠太郎が皆を見た。


「俺はな、その金がその村に礼金として

渡されたんじゃないかと思っている。

多分村でも秘密裏に受け取ったと思うのだ。

その後どう使われたのかは分からんが。

額が額なので後から追及されないように、

村が分からないようにしたのかもな。

まあその後、そことぶっつりと関係が切れたとは思えんのだ。

幕府の記録には残さないにしても、

もし鬼がいるとしたら俺達の仕事上重要な場所であるのは確かだ。

その紋章も村側とのやり取りで知ったのだと思う。

ただ、それが御化おんけの方でなく知典家だけに伝えられていたのが、

村が分からなくなった原因の一つかもしれん。」


庭先に小鳥が飛んできて近くの枝先に止まった。

それを見て時臣が手元の菓子を少し割って庭に投げた。

鳥がそれの近くに降りて来る。

小さなくちばしがそれをついばんだ。


「でも刀が見つかって六年間探していますが、

思わしい場所は見つかっていません。

それを金剛殿に探して頂きたいのです。」

「それに今もう一つ糸口が見つかったな。

この黒い砂だ。」


忠太郎が袂から和紙に包んだ砂を出した。


「これは間違いなく鬼に関係している。

茨が手がかりを送ったのかもしれん。

金剛よ、まだあそこにあるから集めて持っていけ。

そして後は自分の思うまま探すと良い。

茨の木殿はあちらこちらに手蔓を残している気がする。」


金剛はため息をついた。


「何だかとてつもない話だな。どうしたらいいのかよく分からん。」

「とりあえずもう調べたところは教えるぞ。

まだ行っていない所を回ると良い。」

他人ひとごとだと思って簡単に言うな。」

「頼りにしていますよ、金剛様。」

「俺は当てにならんぞ、兄貴殿が俺を探し始めてから

何年かふらふらしていたからな。」

「でも金剛様は戻って来たでしょう?」


時臣が微笑んで彼を見た。


「いつか必ずその場所に行きつくでしょう。

その間に何かがあるかもしれませんが、

それも全てあなたの結果に繋がるはずです。」

「俺もそう思うぞ。

金剛よ、これだと思った事をすればいい。

ただ、連絡だけはちゃんとしてくれ。

それだけは忘れるな。」






「それは一体何年ぐらいの前の話ですか。」


金剛の話をずっと聞いていた彦介が言った。


「まあ御化おんけ不明ふめい目付めつけの話は二十年近く前だな。」

「なら金剛さんは二十年近く探し回っていたのですか。」


雪が驚いたように言った。

金剛がぼりぼりと頭を掻いた。


「そう言う事だな。

だがそのうちの半分ぐらいはあちこちで刀鍛冶の仕事をしてた。

刀を直さなきゃならんと考えていたから、

技術をつけねばと思ったからだ。

色々な所から玉鋼を分けてもらっていたら

あの車にある量になった。

地震の話を聞かなきゃまだここには来なかったかもな。」

「でも折れた刀は直らないと聞きますが。」

「ああ、どこでもそう言われたよ。

だが、」


金剛が川の方を見た。


「あの黒砂があれば刀は直る気がするんだ。」


外は黄昏の気配が漂っている。

雪が立ち上がった。


「あ、私は夕食の準備をしないと。」

「そうだな、長い話で済まなかったな。」


雪が金剛を見て微笑んだ。


「いいえ、構いません。

うばらさんの話も私はしていませんし、今夜にでもお話します。」

「そうか、すまんな。」


その二人の様子を彦介が見る。


突然現れた金剛と言う男は、

自分に身近にいる雪と深いつながりがあった。


それは何だろうか。

運命と言うのだろうか。


彦介は急に自分の日常が変わってしまう不安を感じた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る