御化不明目付 2





翌朝、金剛と直良は屋敷を出た。

籠に乗り城を目指す。

金剛は歩いて行くと言ったが直良が無理やり乗せたのだ。

彼は身を縮めて乗っていたが、

自分が乗っている籠を担いでいる駕籠かきを気の毒に思った。


やがて城に着く。


直良が行くとどこでも滞りなく通ることが出来た。

そしてその後ろにいる金剛を見上げて皆が驚いた顔をする。


普通ならそれがうっとおしくなるのだろうが、

金剛は城に来たのは初めてなのだ。

きょろきょろと周りを見渡して

こちらを見ている人ににやりと笑いかける。


「金剛、ちゃんとしろよ。」


直良がたしなめる。


「でも面白いだろうよ、みんな見るしな。

それにどこに行っても俺は頭を下げんと通れん。

城と言っても狭っ苦しいもんだなあ」

「本当にお前は呑気だな。」


直良は呆れたように言った。

だが今日のこの景色はあっという間に城中に知れ渡るだろう。

しばらく自分は話題の中心になると思うと、

直良は少しばかり面倒な気がして来た。






二人は城の奥まで歩いて来た。

人気ひとけもなく、長い廊下が続いていた。

そして誰もいない部屋に二人は着いた。

地味だが品の良い内装だ。


そこで二人は座る。


「凄い部屋だな。」


金剛が周りを見渡した。

静かな部屋だ。

香もどこかで焚かれているのか、良い香りも漂っている。


「もうすぐな御化おんけ不明ふめい目付めつけの方々がいらっしゃる。」

「えっ?」

「いわゆる面接だ。

だが間違いなくお前はその役職に就く。」


金剛は戸惑った。


「ちょっと待ってくれよ、役職ったって俺は嫌だぜ。」


直良がじろりと金剛を見た。


「刀を持ってあんな事が起こったのに何を言う。」


金剛は返事が出来なかった。


考えてみれば子どもの時から自分の周りには

不思議があったのだ。

今回屋敷に戻ったのも不可思議なのだ。


直良が自分を探し始めた頃に自分はあの色街を出た。

その時自分は急に屋敷などが気になって来たのだ。

いわゆる虫の知らせと言うものか。

ただ屋敷に戻るまで数年遊んでいたが。


「そうだ、言うのを忘れていたが、

お前の本当の名前は晴良はるよしと言う。金剛こんごう晴良はるよし知典とものりだ。」

「えっ?」


登城してもう間もなく御化不明目付の者と

初めて会うのだ。

このような時に思いも寄らぬ話を聞き金剛は戸惑った。


「俺達の家系は知典家じゃないのか?」

「それは表向きだ。本当は金剛家だ

仕事がら表向きは本当の苗字は使わん。

名前を物の怪などに捕まれるとまずいからな。」

「ならどうして俺は金剛と呼ばれてるんだ。」

「それがな……。」


直良が腕組みをした。


「親父殿が最初からお前の事は金剛と呼んでいたんだ。

多分だがな、うばらがそう呼んでくれと言ったのかもしれん。

親父殿はその名は使っちゃ駄目だと知っていたはずだからな。

だから目付殿はみなお前の事は晴良と呼ぶ。

覚えとけ。」

「覚えとけって急に今更……。」


その時二人の前の襖が静かに開き、二人の男が入って来た。

直良と金剛が頭を下げる。


「直良殿と晴良殿だな。お顔を見せておくれ。」


入って来た二人が座る気配がすると優しげな声がした。

金剛が恐る恐る顔をあげるとそこには公家と武士がいた。

二人とも若い。


金剛 直良なおよし知典と晴良はるよし知典でございます。」


直良が顔を上げて言った。


「ふむ、晴良殿は行き方不明だったがやっと姿を現したのだな。」


と若い公家がにこりと笑った。

色の白い女性のような涼やかなびっくりするほどの美男子だ。


「でかい男だなあ。

直良殿の話では子どもの時に別れたきりと言っておったから

分らなかったが。」


若い武士が面白そうな表情で金剛を見た。

こちらは活発そうな明るい顔立ちの男だ。


しばらく金剛は黙って座っていたが、

自分とそんなに歳が変わらない男に品定めされているようで

気分が悪くなって来た。


第一ここに来たのも直良に連れられて来ただけで、

自分で行くとは言ってはいない。

ほとんど兄の顔を立てるだけで来たようなものだ。


金剛はじろりと二人を見た。

すると公家と武士が顔を合わせてにやりと笑った。


「何やら面白くないという風情だのう。」


公家が口元に扇子を当てて少し笑った。

金剛はむっとする。


「そうですな、何やら売り物になったような気分ですよ。」


低い声で金剛が言った。


「こら、晴良。」


直良が金剛をたしなめた。金剛は兄を見る。


「兄貴殿には悪いがな、俺は晴良じゃない。

子どもの頃から金剛と呼ばれていたんだ。

さっき言われてもいきなり変えられんぞ。」


と金剛は言うと足を崩してどっかりと胡坐をかいた。

それを見て目の前の二人は一瞬あっけにとられたが、

武士が笑い出した。


「そうか、すまんな。」


と言うと彼も足を崩して胡坐をかいた。


「俺は柊忠太郎だ。こいつはつきみや時臣ときおみ。」

「殿、ちょっと……。」

「良いでしょう、本当はいつもこんな感じじゃないですか。

金剛さん、あなたはそう呼ばれていたのですか?」


と時臣は立ち上がり金剛のそばに来て座った。

二人の態度が急に変わったので金剛は少しばかり戸惑った。


「お二人とも、最初ぐらいはけじめをつけて下さいと言ったのに。」


直良が少しばかり怒りながら言った。


「お前は真面目だからな。

俺らは年下だからかしこまらなくてもいいぞと言ったのに、

未だに敬語だからな。」


忠太郎がにやにやしながら言った。


「いやいや、きちんとなさっているのが直良殿の良い所でしょう。

でも本当によろしいのですよ。」

「上様まで……。」


直良が大きくため息をついた。

そしてその様子を見て金剛が笑い出した。


「なんだ、いつもの俺で良いんだな。

御化おんけ不明ふめい目付めつけとか訳の分からん役職だが

俺は関係ない。

堅苦しいのは嫌だからな、好きなようにさせてもらうぞ。」


と金剛が言うと二人が意味ありげに見た。


「ああ、それは構わんよ。だがな、」


二人の顔つきがすうと変わる。

真剣な顔つきだ。


「私達には身分とかそう言うものは全く関係無いのですよ。

ただ、実力のみ。

死ぬ者はあっさり死ぬ、だが生き残る者は地獄を見るかもしれない。

そんな所です。」


雅やかな白面の男の時臣が抑揚もなく言った。

そして忠太郎も続けて言う。


「そこにな、お前は入らざるおえんのだ。

嫌でもな。」


先程まではざっくばらんな様子だったが、

それは今や全くなかった。

金剛は急に空気すら硬くなったような気がした。


金剛は直良の顔を見る。

彼の顔も固く緊張していた。








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