御化不明目付 1





「わしは今な、人には言えん仕事に就いておる。」

「どういう事だ、悪い事なのか?」

「違う。物の怪や訳の分からん出来事を調べて

解決する仕事だ。」


金剛にはその意味がさっぱり分からなかった。


御化おんけ不明ふめい目付めつけと言う。

大っぴらには出来ない部署だ。だからみな知らない。

家の者にもそういう仕事とは話していない。

わしはそんな組織で仕事をしている。」

「どうしてそんな分からん所に……。」

「実はわしらのご先祖様はな、かつて鬼退治をした事があるんだ。」


金剛はぽかんとした顔になった。


「お、鬼退治?あ、兄貴殿、ど、どういうことだ。」

「ふざけてはおらん。

まず話を聞け。

百八十年程前の事だが、わしらのご先祖様は鬼を封じたらしいのだ。」


金剛は黙り込んだ。

まるでお伽話だ。

直良なおよしの気が触れたのかと思ったが、

いかにも真面目そうな直良が嘘を言うとは思えない。


それに金剛自身もかつては幻の女性を見ているのだ。

いわゆる不思議だ。

それを直良は今は否定していない。


「この野茨の家紋を持つ者と協力して封印したらしい。

それでわしらのご先祖様はその時にこの家督の立場を得たのだ。

ただそのご先祖はその時の傷が元ですぐに亡くなってしまった。

今のわしらはその傍系の家系だ。

だが鬼退治など嘘のような話だ。

それに天下泰平の世が続いている。今の時代は鬼なぞ法螺話だ。

それで徐々に家が傾いて来たらしいのだ。」

「だが親父殿は何一つ鬼の話などしなかったぞ。」

「ああ、この役職に就くと家族にも秘密にしなきゃならん。

だから親父殿は何も言わなかったのだ。」

「兄貴殿は家族にどのような仕事をしていると言っているのだ?」

「書物奉行だ。まあ閑職だな。」


直良が鏡を見た。


「ここから先はわしが今の仕事に就くきっかけにもなる話だ。

多分な、親父殿は茶屋でうばらと会った時にきっとこの鏡を見たんだ。

その後何度も通ったのだろう。そして身請けして家に連れて来た。」

「刀はどこで手に入れたんだ。

こんなでかい物は持ち歩きも出来んだろう。」

「そうだ。これはな、神域に宝物ほうもつとして置かれていたのだ。

それがある日突然消えた。

この刀はな、その神域にあった野茨の根に取り込まれていたのだ。

だがある日突然野茨が枯れた。

調べてみると地中にあったはずの刀が消えている。

それからこの刀は行き方不明だったんだ。」

「それは事実なのか?」

「ああ、木が枯れて刀が無くなった事はちゃんと書かれている。

そしてその時期はここにうばらが輿入れした時と一緒だ。

うばらはな、ここに来た時に枯れた枝を地面に差していた。

その枝をわしは見た。

こんなもの根付く訳がないと思ったが根は付いた。

そして不思議な事に花を咲かせたんだ。」


金剛は大きくため息をついた。


「俺はここの枝を寺に行く時に一本持って行った。

それである時にそれを地面に差したんだが、

ただの枯れ枝だと思っていたが一夜で根付いて花が咲いた。」


直良がふっと笑う。


「それも不思議な話だな。」

「ああ、俺は何も言わなかったんだが、

寺側は俺がそこに送られた経緯いきさつを知っているから

おののいてしまってな、

それから結構好き勝手出来た。」


直良が猪口の酒を啜る。


「それでお前が寺に行った後に茨はすぐに枯れてしまった。

枯れた後に親父殿はそこを掘り返していたんだ。

夜中に何日かかけて一人で掘っていてな、

皆は気味悪がって見て見ぬふりをしていた。

親父殿はすっかり呆けていると思っていたからな。

だが今はわしはその時にこの刀を手に入れたと思っている。

枯れるまで野茨がこの屋敷で刀を守っていたのかもしれん。」

「その神域から刀がここに来ていたと言う事か。」

「多分な。」


金剛が酒を飲むと直良が彼の猪口に酒を継ぎ足した。


「まあ、ほとんどはわしがこの仕事に就いてから知った事だ。

それまではわしも親父殿に対してものすごく怒っていたのよ。」


直良は苦笑いする。


「何しろ親父殿はうばらが亡くなってから何もしなくなったからな。

わしはまだ何も分からんのに親父の代わりに城に行った。

そりゃ虐められたよ。

何しろ親父殿は城ではひる行燈あんどんと呼ばれていてな、

その息子だ。そりゃもう……。

「そうか……。」


その苦しみの中で自分はのうのうと家にいたのだ。

追い出されても仕方ないと金剛は思った。


「それでな親父殿が亡くなってすぐにわしに秘密裏に呼び出しがあった。

何事かと思って城に行くと、

その御化おんけ不明ふめい目付めつけの方がいたのだ。

そして親父殿の本当の仕事も知った。」


金剛がぐっと酒を飲む。


「まあその時は知典とものり経緯いきさつと鬼退治の話を聞いたのだ。

だがどうしてわしにそんな誘いがと思ったよ。

何しろ霊感のようなものなぞ全くないからな。

だがな……。」


直良が声を潜める。


「その頃に先に話した娘が白い着物を着た女を見たんだ。

そしてな、目付殿からはご先祖様は額に目がある巫女と一緒に

鬼を封じたとも聞いた。

わしは娘には何も話していない。

だが娘は額に筋があるとも言ったんだ。

それがどう言う事かお前も分かるよな。」


二人はしんと黙り込む。

今はもうすっかり深夜だ。

何の音もしない。


誰も顔を出すなと直良は言ってあるのだろう。

酒を持って来てから誰もここには来なかった。


「兄貴殿……。」


しばらくして金剛はぼそりと言った。


「俺は何やら訳が分からなくなって来た。

話が多すぎる。」


と首を振った。


「そうだな、今日来ていきなりではな。

だがな、お前にも深く関りがある事なのだ。

むしろお前がここに来た事は定めのような気がしてならん。」


直良と金剛の目が合う。


「しばらくこの家にいろ。悪いようにはせん。」


金剛が頷いた。


「そうだな、本当に長い事ふらふらと歩き回っていたからな。

少しばかりゆっくりしたいな。」


直良が少し笑う。


「わしもお前がどんな生活をしていたか聞きたいぞ。

特に女に刺された話とかな。

ま、そこに布団が用意してある。今夜はゆっくり寝ろ。」


直良が隣の部屋を差した。


金剛は直良とこんなに長く話した事は無かった。

まだ自分が子どもだったからかもしれない。

だが話してみると直良は結構人好きがする男だった。


「もっと早く帰れば良かったな。」


と布団に入り金剛は呟いた。

あまり関わっていない父親とよく似た面差しの直良だ。

もしかすると自分の父親もそのような人柄だったのかもと

彼は思った。




翌朝目が覚めると隣の部屋でカチャカチャと

食器が触れる音がしている。

日はすっかり高くなっているようで、

周りはとうに明るくなっていた。


金剛が起き上がり襖を開けると、そこには女性が一人いた。


「あ、」


彼女は金剛を見るとさっと後ろに下がり

三つ指をついて頭を下げた。


「直良の奥、そよと申します。」


金剛が慌ててはだけた胸元を合わせて

そこに座り頭を下げた。


「金剛です。急にお伺いしまして……。」


その様子を見てそよがくすくすと笑いだした。


「やっぱり着物は小さいですね。

お殿様の着物ではだめだと一番大きな男の着物を借りたのですが。」


金剛がぼりぼりと頭を掻いた。


「すみません、大きくて……。」


恐縮して金剛が小さくなる。


「いえ、全然構いませんよ。

朝餉をご用意したのでどうぞお召し上がりください。

廊下に下女を待たせますので、

おかわりがあるならご遠慮なく。」


その時金剛の腹が鳴る。


「こりゃ恥ずかしい事で……。」


そよがまた少し笑った。


「おかわりは沢山ありますから。」


と彼女は部屋を出て行った。


そして金剛は食事を前にして手を合わせ口にした。

しばらくこのようなちゃんとした朝食は食べていなかったと思うと、

障子の向こうから顔がひょいと出た。


「おかわりはいかがですか?」


初老の女性だ。

彼女が言っていた下女だろう。


「そうだな、もらおうかな。」


彼女が寄って来て飯をよそう。


「なあ、さっきのそよさん、兄貴殿の嫁さんだな。

感じのいい人だな。」

「ああ、」


にっこりと彼女が笑う。


「良い人だよ、あたしも仕事が無くて困っていたら

雇ってくれたよ。」


彼女が山の様に飯を盛る。


「別のお屋敷を首になっちゃったんだけど、

奥様が雇ってくれたんだよ。殿様は何にも言わなかったし。」

「へぇ……。」


金剛は何やら不思議な気がした。


子どもの時はほとんど会話もなかった直良だ。

父親とも話はしなかった。

ここを出た頃はそう言うものに反抗する気持ちを持つ

年齢でもなかった。


それでも破門された頃にここに戻る気も起きなかった。

やはり二人の様子を思うと億劫だったのだ。

だが今では既に直良の印象は昔と全然違っていた。


「なあ、兄貴殿や奥様のこと、好きかい?」


まるで子どもが聞くような質問だ。

金剛はにっこりと笑って女を見る。

すると下女は嬉しそうな顔をして金剛を見た。


「ああ、お二人ともとても良い人だ。」


そして彼女は続けて言う。


「あんた様も殿様と似てるな。やっぱり兄弟だ。」




食事が終わると金剛は別の部屋に呼ばれた。

そこには髪結いがいた。


「なんだ、一体。」


少しばかり金剛がしり込みをする。

髪結いと一緒に待っていた直良が腕組みをして言った。


「昨日は何も言わなかったがな、そんななりではだめだ。」

「いや、俺はこれで良いんだよ。」

「髪の長さはちょうど良い。座れ。」

「……。」


髪結いもにやにやしながら金剛を見ている。


しばらくして金剛の髪は綺麗なまげに結い上げられた。


「頭をそったのは坊主の時以来だ。寒いぞ。」

「夕方には着物が揃う。

あの古い着物で採寸したがあれは処分するぞ。」

「いや、その、どうして着物まで新調するって、

そんな事までしなくていいのに。」


金剛が戸惑ったように言った。

それを聞いて直良の顔が真顔になった。


「ああ、事情がある。早急のな。

実はわしはなお前をずっと探していたんだ。」


そして金剛ははっと思い出した。


「着物は良いが荷物は捨ててないよな。」


彼が背中にしょっていた小さな風呂敷包みだ。


「ああ、あれはちゃんとあるぞ。

だがあれも汚い。

何が入っているか知らんが

新しい風呂敷包みをやるから変えろ。」


金剛は直良から新しい風呂敷を受け取ると

慌てて荷物を広げた。


大したものは入っていない。

ぼろぼろの財布と木彫りの古い椀と数枚の手拭だ。

そして一つの手拭を広げると、そこにはあの簪があった。


彼はほっとした顔をすると周りをそっと見て

簪をまた手ぬぐいに包んだ。

なぜかこれを見られるのは恥ずかしかったからだ。


彼は荷物を新しい風呂敷に乗せた。

そして古い風呂敷も一度強くはたくと

綺麗にたたんで他の荷物と一緒に風呂敷に包んだ。

着物はもう処分されたようだが、

この風呂敷もある意味では旅の友だったのだ。

捨てる気にはならなかった。




そして今日も二人は部屋にこもった。

人払いがされている。


「それで兄貴殿、俺を探していたと言ったが、

どうしてだ。」


直良が再び刀を出して来た。


「刀を抜いてみろ。」


金剛がそれを受け取り鞘から抜いた。

普通の刀より柄はかなり太く、重い。


そして刀身は半分に折れていた。


「半分ないのか。」


金剛が呟いた。

刀自体は冷たい銀色に光っていた。

話では地中で茨の根に包まれ、掘り返されてからも

多分仕舞われたままだっただろう。


だがその気配は全くなく清浄な光を反射していた。

高貴な雰囲気さえあった。


だがその刀身の先の半分はそこにはない。


金剛はしばらくその刀を両の手で握っていた。

すると握った彼の手の平に微妙な振動が伝わって来る。

彼の右肩の痣がじわりと熱くなった。


直良の目が丸くなる。


金剛の握った刀が微かに光り出し、

無いはずの刀身の先の形も取った光がぼんやりと

浮き上がったからだ。


「……兄貴殿。」


金剛は驚いて直良を見た。


つきみや殿がおっしゃった通りだ。」

「築乃宮殿?」

「ああ、呪術師の家系の方だ。

お前はな、鬼退治の知典家と茨の巫女の両方の血を持っている。

刀を持たせると何かが起こるかもしれんと言っておられた。」


金剛は目の前の刀を見た。

不思議な光を放つ刀だ。

それは今ここで起きている事だが信じられない景色だった。


そしてそれ以上に不思議なのは

初めてその刀を持ったのに全く違和感が無いのだ。


しっくりとなじむその感覚は生まれて初めてのものだった。


金剛は大きくため息をつくとその刀を鞘に納めた。


「俺は、一体、この刀も……。」


戸惑うような金剛の声だ。


「わしは御化おんけ不明ふめい目付めつけに出入りするようになって、

目付殿にお前と親父殿やうばらの話、野茨や白い着物の女の話をした。

手鏡や見つけた刀も目付殿に正直に話した。

あの方々は隠してもすぐに気が付くからな。

すると目付殿はお前を探せとおっしゃった。

三年程前かな。」


金剛は刀を見た。


「親父殿が亡くなった時も連絡したが、

もしかして戻っているかもと寺に連絡したが

破門されてからどこに行ったか分からんと言われたよ。

それから方々に手を回して探したが分からなかった。

それが昨日、お前がひょいと顔を出した。

驚いたよ。」


金剛はその頃の自分を思い返す。

三年程前と言えば色街から旅立った頃だ。

妙に屋敷や身内の事が気になりだしていたのだ。


「思いも寄らないが、俺には何かしらの力があると言う事だな。

目の前で刀が光ったら認めざるおえん。」

「そうだ。

それに今お前が現れたのも意味があるとわしは思っている。」


その時だ、

障子の向こうに人の気配がする。


「お父様、申し訳ありません。お邪魔いたします。」


女の子の声だ。

直良がそちらを見る。


「なんだ。」

「お母様から金剛さんのお着物が届いたので一度

身に着けて欲しいと。」

「そうか、分かった。」


障子が開くとそこには十歳ほどの少女がいた。


「金剛、娘のゆうだ。」


ゆうは手をついて金剛に頭を下げる。

きちんと躾をされているようだった。


「ゆうちゃんか、金剛だ。よろしくな。」


金剛がにかりと笑うとゆうは恥ずかし気に微笑んだ。

金剛が案内された部屋に行くと袴を含めて着物一式が広げてあった。


かみしもまであるのか。」


金剛は驚いた。

昨日来たのにもうここまで用意されている。

一体どんな手を使って作り上げたのか

金剛には想像がつかなかった。


「恐ろしい程の特急料金がかかっとる。」


顔色も変えず直良が言った。


着物は体にぴったりだった。

その姿を見て直良とそよがため息をつく。


「昨日までの風来坊の面影はないな。」


と直良が言った。

縁側にいたゆうも金剛を見ている。


「これを着て明日は登城する。

そよとゆう、手数をかけるが片付けてくれるか。」


二人はそこにあった井桁に着物を掛けた。


「兄貴殿……。」


金剛は呆然として直良を見た。


「俺にここまでするのはどうしてだ。金がかかり過ぎてる。

呆れたぞ。」


だが直良は腕組みをして難しい顔をした。


「お前がお役目に就くためだ。

明日はそのために城に行く。」


金剛は返事もせずぽかんと口を開けただけだ。


「おめでとうございます。」


そよとゆうが手をついて頭を下げた。


金剛はもう何も言えなかった。









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