知典家 2





金剛が寺に送られてしばらくした頃だ。


檀家の集まりがあり、朝から寺はざわざわと騒々しかった。

金剛はまだここに来て日が浅い。

そしてかなり虐められていた。


その日は人の出入りが激しくその隙を見て、

金剛は寺の庭の隅に野茨の枝を地面に刺した。

それが根付くかどうかは全く分からなかった。

枝はすっかり枯れていたからだ。


だが翌朝寺は大騒ぎとなる。

庭の隅に人の背程の高さの野茨の木が生えていたのだ。

しかも花をたわわに咲かせて芳香を漂わせていた。


金剛は驚いたが何も言わなかった。

そして寺側は彼がここに来た経緯いきさつを思い出した。

その時から金剛は腫れ物に触るような扱いになった。

寺の修行は続けていたが、

今までのようなしごきや虐めは無くなった。


それから毎年野茨は花を咲かせた。

金剛はそこに白い着物の女性の姿を見た。

だが彼はそれを誰にも言わなかった。

話せば奇異な目で見られることが分かっていたからだ。


花が咲けばその女性がいる。

声もなくうばらと言えば彼女は嬉しそうに笑った。


変化のない寺での生活だったが、

毎年のその出会いは彼の秘かな楽しみだった。


そして彼が十七歳になった頃だ。


その頃には彼は見上げる程の背の

剛健な肉体を持つ精悍な男となっていた。

そのような者が単調な寺の生活に収まりはしない。


寺の生活に飽き飽きとしていた金剛はそこを抜け出すことを覚えた。

そして色街へと向かう。


夜中にうろつく僧侶を見て街の人は最初は驚いただろう。

そして豪快に笑う面白い男はなぜか人々に好かれた。


だがそれは一年も続かなかった。

寺から破門されたのだ。

そして金剛はあっさりとそれを受け入れた。


ごくわずかな荷物をまとめて口笛を吹きながら

野茨の木のそばに来た。

そしてその枝を一本折った。


周りの僧が少しばかり気持ち悪そうな顔でそれを見ていた。

いきなり生えたその木はある意味不気味なものだったからだ。

そして勘の良い者は花の盛りに

ぼんやりとした人の姿を見た事があった。

その木の枝を金剛は折ったのだ。


「じゃあな。」


と何事もなかったように金剛が周りの僧を見て

手を上げ寺を出て行った。

誰も門まで見送りには来なかった。

そして噂では野茨の木は一晩で枯れたらしい。


その後しばらく金剛は色街の馴染みの店に厄介になった。

金剛はここでは人気者だった。


さっぱりとして男らしい性格だ。

体が大きいのでおかしな客が来ると彼が呼ばれた。

客は金剛が来るだけで驚いて逃げていく。


そして子どもの頃に木刀を持って振っていた事を思い出した。

練習とも言えない遊びに近いようなものだった。


色街では用心棒の様な事をしている。

だがそれは自分の大きな体を見て恐れをなして逃げていくのだ。

腕っぷしは強かったがただそれだけだ。

喧嘩になっても負ける気はしなかったが、


「それだけじゃ面白くねえな。」


と剣の練習をする事にした。


用心棒のような仕事をしている者は金剛のほかにもいた。

中には目つきの悪い浪人が何人もいた。


最初は教えを乞う金剛を持て余していたが、

人懐っこい笑顔で何度も頼まれるうちに、

金剛に剣筋を教えるようになった。


彼らは元々は腕の良い剣士なのだ。

だが時代は彼らを置いて行った。

天下泰平の世の中は剣の腕より世渡りの上手いものを選んだ。

そんな彼らが行く先は知れている。


しばらく金剛は彼らから剣を習っていた。

だが一年もしないうちに金剛はその才能を開花させる。

驚くほどの速さで教えていた者達と肩を並べる程になった。


浪人達は驚いていた。

多分生まれながらにその才があったのだろうと。

彼らは少しばかり複雑な気分になる。


だが金剛は奢る事なく彼らを先生と呼んだ。

世に捨てられた感のある者達だ。

金剛のような男からそう呼ばれて悪い気はしないだろう。

皆の関係は友好的なままだった。


そして金剛は女にももてた。


金にはならないが女達は競って彼を誘った。

何しろ金剛と関係を持ったと言うだけで、女としての箔が付いた。

そしてしばらくすると良い所に身請けされたりするのだ。

だが美人自慢の女が誘っても金剛は相手をしない時がある。


金剛が選ぶ女はどちらかと言えば地味な女だった。

だが性格は良い。

性格の悪い女はどんなに人気があっても絶対に相手にしなかった。

ニヤリと笑って

「またな。」

と言って終わりだ。


幇間ほうかんが一度不思議に思って金剛に聞いた。


「俺は顔は関係ないな。話していて面白い女が良いなあ。

あと性格が良い奴だな。

お前も面白い奴だよな。」


と金剛が笑って言うと幇間が顔を赤くした。

それを金剛が見て慌てる。


「いやいや、俺は女専門だからな。」


女にもてる金剛だったが、

嫉妬に狂う女が起こした刃傷沙汰に巻き込まれた事があった。

性格の優しい者ばかりだったが、そのような女は情も深いのだ。

金剛は特定の相手は絶対に作らなかった。

だからこそどうしても手に入れたい女は出てくる。


ある時嫉妬に狂い泣きながら金剛に刃物を向けて女が走って来た。

それを金剛は見て両手を広げて彼女を迎えた。

驚いた女は怯んで少しばかり力が抜けたが、

それでも刃物は刺さった。

だが金剛はその女を抱いて言った。


「すまんな、そこまで想わせてしまったか。

だが俺はこういう男なんだよ。許してくれ。」


周りには人が沢山おり、皆がそれを聞いた。

そして慌てて二人を引きはがす。


女は番所に引っ張られ、金剛は町医者に運ばれた。

致命傷ではないようだがかなりの出血をしていた。

しばらく身動きは出来ないだろうと皆は思ったが、

二日後に金剛は番所に現れた。


「ひっかき傷だ、だからこいつは悪くねえよ。

引っ張るんなら俺を引っ立てろ。

でねぇとまた女泣かすからな。」


と金剛が笑いながら言った。

女は釈放されて金剛の前で土下座をしたが、

金剛は彼女を立たせて強く抱いた。


「お前のその情は別の男に取っておきな。

俺みたいな奴に使うことはねえ。」


女は金剛の胸で声を上げて泣いた。







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