お伽噺




それほど広くない部屋に大人が六人もいる。

彦介、雪、金剛と秀次、村長むらおさ村役むらやくだ。

子ども達はさすがにいつもと違う様子に

別の部屋で静かにしている。

寅松は手伝いに出ていた。


「まあこれの事だろ?」


とあらかじめ手元に持って来た刀を出した。


皆が息を飲む。

金剛がすらりと刀を出して構えると、

しばらくして刀はぼんやりと光り出した。


「……これは妖刀か?」


村長が言う。


「いや、妖刀と言うか魔を封じるものかな。」


と金剛は皆に鍔の鬼の文字と刀のかぶとがねを見せた。

そこにはこの茨島いばらじましゃの神紋がある。


よしさんも知っとるだろ、刀鍛冶だったわしの爺さんの爺さんの話は。」

「ああ、鬼退治の刀を打ったと言う話だな。

わしもお伽話だろうと思っとったが……。」


村長の喜兵衛は腕組みをして唸った。


「それで昨日茨様に皆で出かけたのですが……、」


と彦介が皆に説明を始めた。


野茨が鬼の頭を封印していることとその経緯いきさつ

雪と金剛が遠縁であり、

金剛の先祖がこの地で鬼退治をしたことだ。


「そして二年前の地震は鬼が地面から

出て来たために起きたみたいです。」

「鬼が?」


村長と村役が怪訝そうに言う。


「あの鬼の便所に行ったら大きな地割れがありました。

そしてあの辺りは黒砂しかなかった。

あそこが元々鬼が生まれ出でた所らしいです。

黒川にも黒砂はありますが、

それは全てそこから流れ出たものです。」


村長が腕組みをして唸った。


「彦さん、まるで見て来たように話すが、

それらは本当の事なのか?すぐには信じられん。」


それは当たり前の事だろう。

あまりにも荒唐無稽だ。


「その、実はお雪ちゃんが……。」


彦介が雪を振り返ると、

後ろに控えていた雪を皆が一斉に見た。


「あ、あの……。」


一瞬雪は戸惑う。


「うばらさんが私に教えてくれたんです。」

「うばらさん?」

「あの茨の木の精でしょうか、大昔の金剛さんの奥様です。」


村長がはっとした顔をする。


「そう言えば茨島社の一番最初の神官がうばらと、

村の書物に書いてあったぞ。

わしはてっきり神官だから男だと思っとったが……。」

「そのうばらさんは多分金剛さんと茨の精のお子さんです。

私のご先祖の様です。」

「と言う事は雪さんには茨の精の血が入っとるのか。」

「そうだと思います……。」


雪が少しばかり複雑な顔になった。


「村長よ、そうなると俺にも茨の精の血が入っとるぞ。

俺の母親は雪さんの家系の傍系らしいからな。」


と金剛は胸元に手を入れた。

だがその手が少しばかり何かを探る。

それを見て雪が慌てて奥の部屋から手鏡を持って来た。


「すまん、預けたままだったな。」


と金剛が雪からそれを受け取った。

手鏡は少しばかり綺麗になっている。


「これは俺の母親が持っていたものだ。

雪さんの持っている手鏡と一緒だ。

だから俺にも茨の血が入ってる。

でも俺はみんなと何か違うか?雪さんもどこか違うか?

俺には雪さんは普通の優しい女の人だと思うぞ。」


皆は一瞬黙り込む。

だが彦介が言った。


「私は昔からお雪ちゃんの事は知っています。

お雪ちゃんのお母さんにもお世話になった。

二人ともとても優しい人です。」


村長が腕組みをする。

「そうだな、わしもお雪さんの母さんの事はよく知ってる。

何か違うかと言ったら特に無いわな。」


雪はほっとした。


「それはそれとして、金剛さんは何をしようとここに来たんだ。」


村長が聞く。


「俺は鬼を封印するために来た。

お役目で来たんだ。

だから幕府の通行手形も持っている。」


喜兵衛は一番最初に金剛から見せられた手形を見た。

あれは普通の手形ではなかった。


「茨の木の根元に鬼の頭がある。

そして体は今は都で悪さをしている。

みんなも知っているだろう、異国から黒船が来たと。」


皆は頷いた。


「この世が変わりかけている。

そんな時は魑魅魍魎も跋扈する。その中に頭の無い鬼がいるんだ。

元々俺は長い間その鬼を探していた。

茨の木だけを手掛かりにな。

だがその鬼は都に突然現れたんだ。驚いたぞ。

そしてその時に聞いたのが二年前のここの地震だ。」


金剛が刀を置いた。


「地震の範囲は広くはないが被害はかなり酷かったそうだな。

鳥居が崩れたのを見ても分かる。

それと大嵐だ。

だからここに来たんだ。

川を見たら所々に黒い砂もある。

その黒砂も一つの手がかりだった。

それでここはもしかしたらと思ってやしろに来た。

するとその神紋は刀の兜金と一緒だった。

だがあの社は届け出ていないのか?

もし届けが出ていればもっと早く探せたのだが。」


金剛が村長を見た。


「あの社はいつからか神官がおらんくなった。

いつも禰宜が取り仕切っている。

ある意味正式な神社ではないのだ。

村にあるむらやしろと言うか……。

それにどこにも属しておらんのだ。」

「村人以外は誰も知らない社なんだな。

だからなかなか見つけられなかったんだ。」


金剛が呟くように言った。


「それで入り口の茨の木だが、」


喜兵衛が聞く。


「あれは昨日お雪ちゃんが枝を持った来たんです。

それで何故か入り口に根付いたようで。

朝起きたら花がびっしりと……。」


彦介が話すがそのようにしか言いようがなかった。

不思議な事だが現実に起きたのだ。


皆がため息をつく。


「そんな事まで起きたんなら疑いようがないなあ。」


喜兵衛が上を仰ぎ言った。


「実はな、わしも子どもの頃にじいさんやばあさんから

鬼退治の話は聞いた事がある。

悪い事をしたら鬼が来るぞって。

村人にも聞いた者は沢山いるんじゃないかな。

なあ庄助どん。」


喜兵衛が村役の庄助を見た。


「ああ、おらも聞いた事がある。まさか本当とは。」

「どの村人も鬼の話は知っていると思います。」


彦介が言った。


「私も小さな頃から鬼の話を聞かされています。

だから私は鬼の事が知りたくてずっと調べていました。

信じない人もいたかもしれませんが、私にはそう思えなかった。

でも今、金剛さんが現れてその話に真実味が出て来た。」


金剛が彦介を見た。


「だが彦さん、

もしかすると俺がとてつもない嘘つきとか詐欺師とは思わないか?」


しかし彦介は首を振った。


「光る刀や一晩で根付いた茨は現実にあります。

それにあんな重い大八車をずっと引いているなんて、

普通に人を騙す方が楽でしょう。」


彦介は真っすぐに金剛を見た。

金剛は彼を見て無言で頭を下げた。


「とりあえずわしらは何をすればいいんだ。」


喜兵衛が金剛を見た。


「黒砂を集めたい。

あれは鬼のを含んでいる。

それがあればこの刀は直せる気がする。

茨の木のそばの砂を持って来て欲しいんだ。」


それは村人達が聞かされた昔話の中でも

お侍が村人に頼んだ事と一緒だ。


「それから先は俺と秀さんの仕事だ。

いつ鬼が来るか分からんが、近々来る気がしてならん。

ともかく刀を早く直したい。」


その後、話に納得したのが村長と助役は帰って行った。

その後ろ姿を見ながら金剛が彦介に言った。


「彦さん、」

「何でしょうか。」

「前にな俺はあんたは人は良いが世間を知らんと言ったがな、」


金剛がぼりぼりと頭を掻いた。


「あれは謝る。

あんたは世の中を俺より知ってる。

よく俺を信じてくれたな。」


先程重い大八車を引いていると話した事だろう。


「いや、あれは本当ですよ。

ずっとあの車を引いているんでしょ?」

「ああ、もう何年もな。

彦さんが言うようにあれを引くより人を騙す方が楽だ。」


金剛が笑った。


「まあ、とりあえず一つ物事が済んだ。

次を考えないとな。」


村人達への説得は村長と村役がやってくれるだろう。

村長と村役は金剛たちの話を一応納得していた。

だが中には反対する者もいるかもしれない。

何しろお伽話のようなものだからだ。


だが彼らに協力を頼みたいのは黒砂を集める事だ。

それだけなら数日で終わる。

だめなら自分達でやるしかないが。


「いざとなればわしらでやれば良い。」


秀次が腕組みをして言った。


「そうですよ、どこかで別の大八車を借りて来ます。

引っ張るのは金剛さんですが。」

「そうか、それなら任せておけ。」


と金剛が笑った。


「ならわしは帰る。」

「あ、秀さん、私も一度そちらに伺います。」


と彦介が言った。

昨日秀次の女房の菊が言っていた昔の書付の事だ。


「ああ、そうだな、持ってこれば良かったな。

大昔のいわゆる売上帳みたいなものだ。

役に立つかどうか分からんが。」

「一度見たいです。

金剛さん、お雪ちゃん留守番を頼むよ。」


そして家には金剛と雪が残った。

子ども達はやっと落ち着いたのか外で遊び出していた。


二人がぽつんと部屋にいる。

どことなく気まずい瞬間だ。


「あ、私、食事の用意をします。」


と雪が立ち上がりかけた時だ。


「その、あの……、雪さん。」


金剛が口ごもりながら呼びかけると

不思議そうな顔をして雪が金剛を見た。

彼にしては珍しい事だからだ。


「何でしょうか。」

「いや、その……、鏡だが、」


雪ははっとして金剛を見た。

金剛は胸元に入れた鏡を出して雪に渡した。


「綺麗にしてくれたんだな。」

「す、すみません、勝手にいじってしまって。」

「いや、全然構わんよ。」


金剛がにこりと笑った。


「俺は男だから全然気にしなかったが、

女の人は鏡が曇るのは嫌なんだろ?」

「ええ、やっぱり姿が映るものですから。

でも綺麗にしたと言っても梅酢で拭いただけなので、

鏡磨きの人が来たら磨いてもらうのが良いと思います。」


金剛は雪を見た。


「鏡は雪さんに預けたい。

それに本当ならここにあるべきものだろう?

手入れを頼む。」

「分かりました、お預かりします。」


金剛は嫌がっていない様で雪はほっとした。

そして彼はぼりぼりと頭を掻いた。


「それでな、すまんがうばらの事が聞きたい。」


彼が彼女を見た。

その途端雪の顔が熱くなる。


二人の目が合う。

雪は困ったことになったと思った。


金剛に対して特別な感情は持ってはいない。

まず出会って間もないのだ。


だが彼女の中にはかつて

金剛の先祖と深いかかわりがあったうばらの記憶が入り、

雪は知ってしまったのだ。

二人の深い関係を。


その男と同じ名を持つ金剛がそばにいる。

しかもそのうばらはその金剛とも深いかかわりがあるのだ。


「あの……、」


今度は雪が口ごもる。

それを金剛が真剣な顔で見た。


「俺も全部教えるよ。

俺がどうやってここに来たかを。

うばらは最初は俺の母親の名だった。

だがある時から変わったんだよ。」






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