うばら 3




翌日の朝早くから村人総出で黒川に集まり

黒砂を集め出した。


水は既に引いており、水は川幅の半分しか流れていなかった。

そして黒砂は川辺から川床まで全てを覆っていた。

砂は水のない所にも大量にあったので、集める事は容易だった。

その日のうちに刀鍛冶の家まで黒砂は大量に運ばれて来た。


秀郎は既に刀の制作に入っていた。

金剛も彼の作業を手伝っている。


秀郎は刀を作る時に黒砂を混ぜた。

不思議な事にいつもより高温になり、作業が進んだ。

そして形を作る時にも黒砂を混ぜる。


鋼は柔らかく、そして硬く形をとった。

今まで感じたことが無い感触だった。

一体これは何故なのだろうと秀郎は思った。


今まで何振りも刀は打った。

自分でもその才能があるような気はしていた。

勘で何かのきっかけが分かるのだ。

それを間違えた事はない。


そしてそれは鼻にかけてはいけない事だと分かっていた。

自分の中にあるどこかから与えられた力は

心が奢ったら終わりなのだ。

それは刀を作るより難しい事だった。


それが今日はその日々の努力が実るような感覚があった。

今のこの大太刀を作る為だけにずっと修行して来た気持ちがした。

目の前で必死に槌をふるう金剛を見ていると、

その心が伝わり無心になる。

やり遂げねばならぬことだと秀郎は思った。


三日三晩を経て大太刀は作り上げられた。


まるで奇跡だった。

出来上がった途端秀郎と金剛はばったりと倒れた。

無理もないだろう。

寝ずの作業だったからだ。


だが半日もせず金剛は起き上がりなかごに固く布を巻き始めた。


「金剛さん、それでは無理だろう。」


皆が心配そうに金剛に話しかけるが、

彼は頷くだけで何も言わなかった。

そして峰を肩に乗せて立ち上がる。

野茨の元に行くのだろう。

見た目にも刀が相当重い事が分かった。


「世話をかけた。後は私が……。」


金剛が頭を下げて背を向けた。

あまりにも厳しい姿に村人は何も言えなかった。


金剛が姿を消してしばらくした時だ。

数人の武士が馬に乗ってやって来た。


「金剛殿は。」


かなり焦った様子だった。

金剛が出した手紙が都に届いて慌てて使いが来たのだろう。

それでもかなり早い。


「金剛さんはさっき……。」


彼らの様子を見て数人の村人が野茨の元まで案内する事となった。


だがその途中からまた大雨が降り出した。

風も厳しく、馬が怯えて動かなくなってしまった。

皆は仕方なくそこから歩き出した。


弓を背にした武士の一人が言う。


雨多うだ柆鬼ろうき……。」


彼らは分かっているのだ。


やがてやっと野茨まで彼らは辿り着いた。

その寸前嘘のように嵐は止まっていた。


そしてそこで彼らが見たものは、

根ごと横倒しになった茨の木と

立ち上がった鬼の肩に鬼とは向い合せの形になった金剛が

足をかけて立ち、

その頭に刀を突き立てている姿だった。


そしてその鬼の前には白い女が立っていた。

武士や村人にはその後ろ姿しか見えない。


全てが石像のように止まっていた。


だが女ががくりと膝を突く。

すると鬼が激しく動き出した。


金剛が振り落とされないようにしがみついていたが、

硬い金属音がすると彼が振り飛ばされた。


そして鬼の首が飛ぶ。


それを女が目で追った。

一瞬横顔が見えて武士や村人は女の額に赤い印があるのを見た。


鬼の首がごろごろと茨の木の根の近くに転がった。

女が膝を突いたまま茨の木を見ると

その姿がぼんやりと薄くなる。

すると横倒しになっている茨の木の根が

じわじわと鬼の頭に絡みだした。


鬼の頭には光るものがある。

よく見ると刀が刺さっていた。

だが刀の全体ではなかった。


刀の半身が刺さっているのだ。

先程の金属音は刀が折れた音だったのだ。


根の隙間から見える鬼の目がぎょろぎょろと動いていた。

そして頭の無い体が戸惑ったように地響きを立てて歩き回っていた。


鬼の頭はやがて根に包まれて見えなくなった。

そして茨の木がゆっくりと起き上がり、

根は地中に消えて茨の木は何事もなかったように、

その場にすっくと立った。


武士や村人がその場に来てほんのわずかな間の出来事だ。


雨は既になく雨多うだ柆鬼ろうきの体もどこかに行ってしまった。

あっけに取られていた村人達が正気に戻った。


「金剛さん!」


その声に皆が慌てて金剛を探した。


彼は近くの茨の木に飛ばされていた。

棘は刺さっていたが地面に直接落ちる事は無く、

致命的な怪我はしていなかった。


「金剛!」


弓を持った武士が駆け寄った。


「柊か、……早かったな。」

「ずっと探していたんだ。

たまたまこの近くにいてな、式神が知らせてくれた。」

築乃つきのみや殿か。」

「多分な。都に手紙が届いてこちらに知らせたのだ。」

「……。」


金剛はそこまで言うと気を失ったようで

返事が無かった。

彼の右手には半分に折れた刀がしっかりと布に巻かれて

握られていた。

そしてもう一つの手には茨の枝があった。


その後村まで戻った金剛はしばらく眠ったままだった。

無理もないだろう。

刀を握っていた手は布で固定されており、

それを開くと手は酷い状態になっていた。

もう二度とものが掴めないだろう。


そして村人はやって来た武士に色々と聞いたが、

彼らは愛想は良かったが肝心な事は何一つ言わなかった。


やがて金剛が目を覚ました。


雨多うだ柆鬼ろうきの頭だけは茨の木が封じている。」


刀の半身が頭だけを貫き折れたのだ。


「体は貫くことが出来なかった。

私に力が無かったのだ。

うばらが頭だけ封印すると……。」


金剛が悔し気に俯いた。


「金剛さん、体はどこに行ったんだ。」


村人が聞く。


「すまない、分からない。

だが頭が無いのだ、酷い悪さはしないと思うが。」


柊と呼ばれた武士が難しい顔をした。


「金剛、一度都に戻ろう。」


彼らが大きな秘密を持っている事は村人達にはもう分かっていた。


「あんたらが何か隠している事はわしらも分かっている。

ある程度はわしらも事情を知っているんだ。

話をするのが筋と言うもんじゃないのか。」


村長むらおさが少しばかり語気を強めて言った。

武士達は無言で彼らを見返した。

そして金剛が頭を下げる。


「申し訳ござらぬ。

言える事と言えない事があるのだ。

全てを話すとあなた方に累が及ぶかもしれない。」


その姿を見て武士達も頭を下げた。

これは大事おおごとだった。

それを見てさすがに村人もただ事ではないのだと感じた。

武士が農民に頭を下げたのだ。


そしてその日のうちに金剛と武士達は村を出て行った。


「本当に申し訳ない。

だが私は必ずここに戻る。赤ん坊と、うばらを、

茨の木を頼む。」


まだふらつく金剛を柊が体に帯で巻き付けて

一緒に馬に乗っていた。

真っ青な顔色の金剛が真剣な顔で頭を下げるのを見て

村人は黙って頷くしかなかった。

そして金剛は茨の枝を一振り大事そうに胸元に持っていた。


そして村人には大事な仕事があった。

嵐で被害があった所を直さなくてはいけない。

もうすぐ田植えも始まるのだ。

いつまでもこの事にかかずり合う訳には行かなかった。


やがて季節は変わりその年の収穫は驚く程の豊作だった。


そして金剛は戻って来なかった。


代わりに都からびっくりするほどの金が送られて来た。

間違いなく金剛の件に関するものだろう。

持って来た者は何も言わず黙って置いて行った。


「受け取っておこう。

返すにもどこに返したらいいのか分からん。」


村長が言った。

彼はこの村を去った時の金剛を思い出していた。

生気の無い顔色の悪い彼を。

あの後金剛がどうなったのか、村長には分かった気がした。


何にしても資産はあった方が良いのだ。

そしてその金を元に村はずれに小さなやしろが建てられた。


名前は茨島いばらじましゃ


しばらく宮司は村長が勤めていたが、

十年ぐらいして一人の少女がそこを管理するようになった。

あどけない様子だが、実にしっかりと社を守った。


村人はその彼女をうばらと呼んだ。

彼女の母の名で。

神紋は茨の花を棘のある茨が囲っているものだった。


茨の木が永遠に鬼を封印するよう願いを込めて。




雪の話は長い話だった。


それを金剛と彦介は黙って聞いていた。

それはこの出来事の一番最初の景色だったからだ。


雪がふと口を閉じる。

それを二人が見た。

彼女の顔つきがふうと変わる。


「金剛、私はずっと待っていたのじゃ。」


雪の額に赤い筋が現れる。


「……うばら。」


金剛が呟いた。


「私を助けてくれ。」


一体うばらと言う者は何年囚われているのだろうか。


自分の意志でなく鬼の胞衣えなに選ばれて育て、

それが現れると頭を封印した。

その間彼女はずっとここにいたのだ。


彼女の目から涙が一筋流れた。


そして雪の体がくったりと崩れた。

気を失ったのだろう。


金剛と彦介が彼女に寄る。

雪の顔は元の彼女の顔だった。








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