村長むらおさの家からやしろへの帰り道、

大八車を引く金剛の横を彦介は歩いていた。

秀次は途中で家に帰っていた。

しばらく二人は無言で歩いていたが彦介が

おずおずと話し出した。


「あの、金剛さん。」

「お、なんだ。」


と金剛が彦介を見てにかりと笑う。


「あ、あの、」


この笑い顔を見るとこちらも思わず笑みが湧く。

正直で素直な表情なのだ。

だが、


「金剛さんはその、どこから来たんですか?」


引き込まれるような魅力がある男だ。

嘘を言う人ではない事は分かっていた。

だが確かめなくてはいけないものはある。


「金剛さんが嘘をつく人ではないと分かっています。

さっきも私は村長に金剛さんの事を良い人だと言いました。

それに偽りはありませんが……。」


金剛が車を引くのを止めた。


「正直分からない事が多すぎる。」


そう言うと彦介が真っすぐ金剛を見た。


「ああ、そうだな。確かにな。」


金剛が腕組みをして頷いた。

そして近くの木を見る。


「あの下で一服しようか。」


確かに昼も食べずに朝から動き回っている。

二人はそこまで移動して座った。


「ほら、お八つだ。」


金剛が車のどこかからか干し芋を出した。


「あ、すみません。」


彦介がそれを受け取り齧った。

それを見て金剛も芋を齧る。


「さっき秀さんの所で刀鍛冶と言っただろう。

一応刀鍛冶の経験はあるんだが、」


金剛が車の下から今朝ほど川辺で使った刀を出した。


「か、刀ですか。」


彦介は驚く。

自分が見た事がある刀の倍はあるかもしれない大きさだからだ。

柄も驚く程太い。


「この鍔を見てくれ。」


彦介がそれを見るとそこには

紋様の中に『鬼』の文字があった。


「鬼……。」


彦介がはっとして顔を上げた。


「そしてこれだ。」


金剛が刀の柄のかぶとがねを見せた。

そこには野茨の花の周りを棘のある茨が囲っている紋章がついていた。


彦介がまじまじとそれを見る。


「どうしてこれがここに……。」

「お前さんがいるやしろの神紋と一緒だろう。」


金剛が刀をしまう。


「昨日お花ちゃんが流れて来てたまたま彦さんの社に行ったがな、

それでなくても最初にそこには行くつもりだった。」


金剛の顔がきつく締まる。

それは今まで見た事が無い真剣な彼の顔だった。


茨島いばらじましゃには鬼伝説があるんじゃないか?」


彦介の顔も強くなる。


「……あります。」

「昨日の夜に彦さんが読んでいた本もその関係だろ?」

「知っていたんですか?」

「表紙に鬼の文字があった。」


金剛が芋を齧る。


「二年前にここで地震があっただろう。

あれはただの地震じゃなくて

鬼に関係していると俺は思っているんだが。」


彦介の顔が青くなる。


「……そうだと思いますか。

その、実は私も普通の地震ではないと感じました。

でもどうして金剛さんは……。」


金剛が口元に指を立てた。


「秘密の話だが俺はな、鬼退治の仕事をしているんだ。

鬼を探してここに来た。」

「仕事……。」

「ああ。」


金剛が遠くを見る。


「浦賀と言う所に黒船が来たのは知ってるか。」

「え、ええ、外国の船が来た噂は知っています。」

「だから上の方は大騒ぎだ。

なのに幕府のお膝元では通り魔が頻発してる。

城の中でも何やら怪奇現象だ。

人の仕業かと思われたが術師どもは違うと言う。」

「何が起こしているんですか?」

「鬼やら物の怪らしい。

世の中が乱れ始めたのに合わせてあやつらも動き始めた。

その一つがここに封じられていた鬼のようなんだ。

それを俺は調べに来たんだ。」


彦介がため息をついた。


「ここで地震が起きたのは二年前です。

都でそんな騒動が起きているのならここにはいないのでは?」

「それがなあ、都に出る鬼には頭が無いんだ。」

「頭が……、体だけなのですか。」

「そうだ。鬼が体だけでうろうろしているんだ。

全身に茨の棘のような毛が生えていてな、そいつが出ると嵐になる。

それが出始めたのは二年ほど前、

茨で調べると野茨と鬼の伝説が見つかった。

鬼の頭を茨が封印していると言う二百年程前の話だ。

まあそれは結構前から分かっていたんだが、

その場所が分からなかった。

俺はその鬼をずっと探していたんだが、ここで起きた地震の話を聞いた。」


金剛が彦介を見た。


「山の地面が割れたんだろ?

それと首のない鬼が出始めたのは二年前だ。

地震の後だ。

俺の勘は怪しいと言っている。だからそれを調べたい。」

「そのためにここに来たのですか。」

「そう言うこった。その場所は彦さん、分かるか?」


彦介が難しい顔をした。


「一応社にあった古文書には鬼の姿など記載があります。

でもはっきりした場所は……。

ただ、茨に巻かれて封じられた事は書いてありました。

茨はこの辺りはとても多くて、

それが茨島の名前の由来ですが。」


金剛が周りを見渡した。


「茨か。野茨だな。

だが、その言葉通りに見渡せばあちらこちらに野茨があるな。」

「山には一番大きな茨の木があります。

普通の木は低木なのですが、その木だけは見上げるほど大きい。

一度ご覧になりますか?」

「ああ、近々連れて行ってくれるか。」


今彼らがいる場所は道沿いの小さな草原のような所だ。

目印の大きな木は生えているが、

その周りにも低木の野茨が生えている。

今は花の季節でどの木も白い花をたわわに咲かせていた。


「ある意味この村では野茨は神の使いのようなものですから。

大事にしています。

それに秋になると実を取って薬や化粧品に使うんです。」

「化粧品?漢方に使うのは知っているが。」

「吹き出物やおできに効くんですよ。業者が買いに来ます。」

「ほう。」


金剛は花を見た。


「赤い綺麗な実がつくよな。」

「ええ、でも実の中に白くて小さな種があるんですが、

あれは毒にもなります。量を守れば薬なんですがね。」


彦介が金剛を見た。


「金剛さんは花に詳しいのですか?」

「いや、そんなに詳しくないが、

野茨は少しばかりかかわりがあってな。」


金剛が照れたように頭を掻き遠くを見た。


その時だ、遠くから二人を呼ぶ声がする。

彼らが声の方を見ると寅松の姿があった。


「彦さん、おっちゃん。」


寅松が桶を抱えて走って来る。

その桶の中には立派な野菜がいくつか入っていた。


「寅松、どうしたんだ、これは。」


彦介が聞く。


「権蔵さんが魚の礼だって。」


金剛がにやりと笑う。


「彦さん、そう言うこった。」


彦介が金剛を見た。


「あんたはすごく良い人だ。だが世渡りが下手だ。

時々で良いからこうやって

お世話になっている気持ちを表すんだ。

そうすれば何かしらお返しがある。

それをいつも当てにしちゃいかんが、

こちらがやっても何もなければその人とは付き合わなければいいし、

権蔵さんみたいにちゃんと考えてくれる人は

こちらの事も考えてくれる人だ。」


金剛は寅松を見た。


「権蔵さんは良い人だろう。」


寅松はにっこりと笑う。


「うん、権蔵さんも奥さんも良い人だ。

おいらなんも上手に出来んけどそれでも教えてくれる。」


金剛はがしがしと寅松の頭を撫でた。


「そうか、なら何かしてくれたらちゃんと

ありがとうと言うんだぞ。」

「うん!」


そして金剛が寅松を車の上に乗せた。


「高いなあ、遠くが見えるなあ。」


寅松が嬉しそうに声を上げた。


皆は社に向かって歩き出した。

彦介が黙り込んで歩いている。金剛が彼を見た。


「私は……、何も持っていない。」


彦介が呟く。

金剛がふっと笑う。


「何言ってんだ。持ってるだろう。頭の中に。」


彦介は金剛を見上げた。


「彦さんが持っているのは知識だ。

それを皆に伝えると良い。まず子ども達に字を教えてやれ。」

「字……。」


金剛が前を見た。


「さっきも言っただろう。浦賀に船が来たって。

間違いなく日本は変わる。

幕府も終わるかもしれん。」


彦介ははっとする。


「そんな、人に聞かれたら……。」

「今は俺と彦さんしかおらん。寅松は歌ってるだろ。」


寅松は玉鋼の山の天辺で上機嫌に歌っている。


「まず社の子からいろはを教えてやれ。

字が読めれば世界が変わる。

これからは知識が一番大事かもしれんぞ。」


彦介が腕を組んでしばらく考え込んだ。


そして社が近くなった頃だ。

寅松が車から降りて桶を持って先に走って行った。

彦介がそれを見送り金剛を見た。


「金剛さんは本当に一体何者なんですか。」


金剛はにやりと笑う。


「まあおいおい話す事もあるかもしれんが、

お前さん方より世間に揉まれて色々悪くなったじじいだよ。」


そして彼はおどけた顔で口に指を当てる。


「鬼の話は内緒な。

雪さんや子ども達を怖がらせたくない。」


まるで子ども同士の内緒話の様だ。

思わず彦介が笑った。


「それと金剛さん、」


彦介が金剛を見た。


「聞いて良いのかどうか分かりませんが、

その右肩の模様は痣ですか?」

「あ、ああこれか。」


金剛が自分の右肩を撫でた。


「生まれた時からある痣だよ。」

「そうなんですか。雷に撃たれたのかと思った。」

「雷?」

「ええ、雷に撃たれると地面などに

そんな感じの木の枝みたいな模様が出るんですよ。

それにそっくりだったから。」

「へえ、彦さん、さすが博識だな。」


彦介が照れたように頭をかいた。







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