刀鍛冶





皆で朝食を取った後、

金剛が近くの農家に手伝いに行く寅松に、

桶に入れた一匹の魚を渡した。


「いつもお世話になっています、とそこの父ちゃんに渡すんだぞ。」

「うん。」

「桶は持って帰れよ。」

「分かった。」


寅松は素直にうなずいて出て行った。

それを不思議そうな顔をして彦介と雪が見る。


「心付けだよ、心付け。」

「……心付け、ですか。」


金剛は二人を腕組みして見た。


「あんたら二人はすごく良い人だ。それは見れば分る。

だがな、世の中の作りをよく知らんようだ。」


言われた二人はきょとんとした顔をする。


「寅松が帰ったら分かると思うぞ。で、」


金剛が彦介を見た。


「鍛冶屋に連れて行ってくれるか。」


と金剛は魚が二匹入った桶を大八車に乗せた。




鍛冶屋は村はずれにあった。


二人で歩いていると遠目に村人がいるのが見えた。

彦介が頭を下げる。

そして大八車を引いている金剛が手を振った。


多分すぐに村中で噂になるだろうと彦介は思った。

そしてやしろにも人が来るだろうと思うと少しばかり気が重くなった。


「彦さん。」


彦介が顔を上げる。


「彦さんで良いだろう。」

「構いませんよ。」

「鍛冶屋に寄った後に村長むらおさの所にも寄って挨拶しよう。

その方が良いだろう。」


彦介はまるで自分の心を覗かれたような気がした。


「あ、ありがとうございます。」


元々人付き合いが苦手な彦介だった。

だからこそ勉学に励み知識を得たのだ。

社で禰宜をしているのも自分の天職だと思っていた。


そして彼がずっと調べている事もある。


それを突き詰めるためにはよそ見は出来ないと

彼はずっと思っていた。


「そう気張るな、彦さんよ。」


金剛が大八車を引きながら苦笑いをした。


「いや、その、お手伝いします。」


その場を繕うように彦介が大八車に手を掛けた。


「おっ、引っ張ってくれるか、助かるな、交代だ。」


と金剛が取っ手の中から出て来た。

そして彦介が中に入り取っ手を持って動かそうとするがびくともしなかった。


「金剛さん、この荷物は何が……。」


顔を赤くして彦介が苦しそうに言った。

金剛が笑った。


「重いだろう、特注の車でな、所々鉄で出来てる。」

「鉄ですか、それでも……、」

「積んでいる荷物も普通じゃない。

まあ野鍛冶に着いたら見せてやるよ。」


金剛は彦介と交代すると、

彼は何事もなかったように再び車を動かした。


やがて野鍛冶の仕事場に来た。


「なんだ彦坊か。久しぶりだな。」


中から小柄な頑固そうな顔をした初老の男が出て来た。

彦介とは昔からの知り合いの様だ。


「こちらこそ、ご無沙汰で。

ところでひでさん、紹介して欲しいと言う人がいるんだ。」


彦介の後ろにいる金剛を秀と呼ばれた男が見上げた。


「こりゃ、どでかい男だな。」


金剛がにかりと笑う。


「秀さん、か、俺は金剛と言うんだ。よろしくな。」


だが秀は顔色を変えず言った。


「わしは秀次ひでじと言うんだ。ところでなんだ、用は。」


金剛が車から桶を持って来る。


「ま、ご挨拶に魚はどうだ。今朝獲って来た魚だ。」


金剛が魚を一匹掴んだ。


「お、こりゃ立派な魚だな。」


思わず秀次の頬が緩む。

彦介はそれを見て金剛が今朝ほど

寅松に魚を持たせたのを思い出した。

秀次は急いで水を張った桶を持って来てその魚を入れた。


「でな、実はお願いがあって来たんだ。」

「なんだ。」


秀次は魚を見ながら話を聞いた。

今夜はこれをどう食べるか考えているのだろう。


「相談なんだが、ここを使わせて欲しいんだ。」


秀次がぽかんとした顔で金剛を見上げた。


「使うったって鍛冶屋だぞ、普通の奴に貸せねえな。」

「心配するな、俺はかたな鍛冶だ。」


と金剛が大八車に乗せてある分厚い布にくるまれている

荷物を開けた。


布をどけると油紙が何重にも乗せてある。

そして中から出て来たのは黒く光沢のある

ごろごろとした小さな岩のようなものだった。


玉鋼たまはがねか。」


秀次が慌てて車に駆け寄った。


「こりゃ、上質な鋼だ。驚いたな。」


彦介もそれを見る。


「私もびっくりした。だから重いはずだ。」

「なんだ、彦坊も中身は知らなかったのか。」

「ああ、さっき車を引こうとしたんだが全く動かなかった。」

「そりゃ、これだけ鋼を乗せてりゃ重いだろうよ。

それによく見りゃ車輪も車軸も鉄だし普通じゃねぇな。」


金剛がにやにやと笑った。


「と言う事なんだ。刀が打てなくても修理がしたい。

秀さん、使わせてもらう礼に鋼をいくつか置いていくよ。」


秀次が腕組みをして金剛を見た。

その腕は姿に合わずかなり力強かった。


「ん、まあ断る理由はねぇやな。ま、中に入れよ。」


野鍛冶の仕事場は思ったより広かった。

金剛が周りを見渡す。


「なんだ、秀さん、野鍛冶と言ったが刀も打つんじゃないのか。」

「まあ、俺の親父までは作ってたが、

今は時代が変わっちまって野良ばかりだ。」


金剛が近場に置いてあった鍬を見る。

先が銀色に美しく光っていた。


「いやー、これは綺麗な鍬だ。秀さん、名人だな。

一人でやってるのか。」


秀次がにやりと笑う。


「まあな、息子もいたんだがいやだって逃げてったよ。」

「逃げたって、別の所で修業じゃないですか。

秀さんが行かせたんでしょ?

でも、秀さんはすごく腕が良くて近隣の村からも頼まれるんですよ。」


彦介がなぜか自慢する。


「なんだよ、照れるじゃねぇか。」


秀次もまんざらでもないらしい。


「秀さん、刀も打った事があるだろう、

ぜひ手伝ってくれ。」


金剛が頭を下げる。


「そうだな、ここ何十年打ってないが、

鋼を見たら何だかむらむらして来たな。」




皆はその後に村長むらおさの所まで向かった。


秀次が金剛を気に入ったのか、

なぜか村長の所まで行くと言い出した。


通りすがりに別の村人が秀次や彦介に話しかける。

そして金剛がにかりと笑うと皆がぞろぞろと着いて来た。


「どうしたんじゃ、一体。」


思わぬ行列を見て村長のよし兵衛べえが驚いた顔で出て来た。

ふっくらとした顔立ちの穏やかな顔をした老人だ。


よしさんよう、この人は旅の人で金剛と言うんだ。

しばらくわしの所で鍛冶をする。」


喜兵衛は少しばかり難しい顔になった。


「仕事は良いが身元がはっきりしないとな。」


金剛が車から小さな木の手形を出し喜兵衛に渡した。


「だよな、一応、これが俺の手形だ。確かめてくれ。」


喜兵衛がそれを確かめる。

そして驚いた顔をした。


「なんと幕府の手形か、一体お前さん……。」

「まあまあ、色々あってな。

それと村長、これは朝獲って来た魚だ。」


と金剛が秀次に渡したように魚を差し出した。


「その、村長、」


彦介がおずおずと話し出す。


「昨日なんですが、うちの花が一人で黒川に行ってしまって

流されてしまったんです。」

「えっ、花が、大丈夫だったんか。」

「ええ、この金剛さんが助けてくれて無事でした。」


それは着いて来た村人達も初めて聞いたのだ。皆が金剛を見る。

そして喜兵衛が金剛に手形を返した。


「喜さんよ、金剛は見る限り怪しい感じはせん。

大丈夫じゃないか。」

「人見知りするうちの子達もみんなすぐ慣れてしまって。

良い人だと思います。」


秀次と彦介が言う。

そして金剛がははと笑った。


「まあ初めてここに来たからな。しばらく住まわせてくれ。

それでやっぱり駄目なら素直に出ていくから、

遠慮なく言ってくれ。」


周りの村人もなぜか金剛を見て頷いている。

喜兵衛も狐につままれた顔で立っているが、

なぜか一緒になって頷いていた。







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