怨嗟
宇宙人が釘づけになったのはニューヨークの都市である。だが、何に釘づけになったかを最初から明らかにするのはおもしろくない。これから語ろうとするのはある事件の顚末だが、蛇足も脱線もこの話にはつきまとう。まずこの点に留意されて、もし気に食わないようであれば読むのをやめてもらいたい。筒井康隆の『残像に口紅を』も、単行本版では途中から袋とじになっている。ここまで読んでおもしろくなければ返金する旨、中央公論社の文字が刷られている。
ニューヨークでは事件が起っていた。まず、ファミコンのやりすぎでマンホールに潜ったマイケルの音沙汰が数週間なかった。マリオのように頬髭、口髭をともにたたえて、そこそこ重要な地位にいる市長選挙後援会会長の孫・マイケルに捜索隊がマンホールにもぐったが、鼠の家族しか見つからない。ほかに地下のホームレスがギャング・クロコダイルの密造に協力した証拠しか見つからなかった。
それを契機として反クロコダイルのリーダーであるシュミット・ハーレインがしゃしゃりでた。
というのは、ハーレインはギャングのクロコダイルに恨みをいだいているからだ。かれはニューヨークから少し離れた郊外につつましく住んでいた。ある日真面目そうな背広の青年がやってきて
「ここにビルを建てる計画がすすんでいます。つきましては高値で買わせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」
「なんだと。そんな話は聞いとらん。ここは先祖代々の土地なんだ。売ればわしが祟るよ」
申し出をつっぱねて玄関を音を立てて閉めた。
それからだ。度重なる訪問がつづき、応対すると青年はキッと顔付を変えて書類を眼前につきだし、
「あなたもお金が要るでしょう。このへんの坪単位がこれです。どうです、ほら、十倍の値段で買い取らせていただきますよ。ほら」
と胸元から嘘か本当か札束を取り出し、是が非でもと食ってかかる。さらには
「最近、パン屋の経営が大船に乗らず、苦しんでいるんでしょう。銀行からの借入れもまだ遅々として返済できていない。このままじゃ首を絞めますよ」
と脅したが、頑として立ち退きをはねつける。そのうち電話も頻繁にかかってきた。たいていは
「聞きましたよ。渋っているんですってね。そんなけちけちしてどうするんですか。ご自身の境遇をよくわきまえて考えてなさい」
というお節介な催促がなぜか名前も忘れた小学校の同級生やら、引っ越す前の大家の老婆から迫られ、
「ごっそり蓄えているんだってな。聞いたぞ。以前、俺はおまえに出資したことは憶えてるよな。善行を尽くしたんだぞ。なんだと! 憶えてないとは言わせん。おい、何分ぐらいは貰う権利があるとおもうがな!」
と何を勘違いしたのか、もう売却してしまったと思いこんでいるごろつき、
「寄こせばか!」
と率直に訴えるやつもいる。仕方なく電話線を外すと、一年後、諦めたのかとうとう建設がはじまって一軒家のまわりに勝手に壁がつくられ、まるで万里の長城のようになった。しかも周囲のビルの屋根には傾斜がつき、雨の日は洪水がなだれこみ、雪の日はすっぽり帽子のようにかぶさる。業を煮やして警察に直行したが取り合ってもらえず、興信所でしらべてもらったところ、なんとクロコダイル傘下の仕業だとわかったのである。
そんな反クロコダイル、つまり実質的にクロコダイル被害者の会であるハーレイン軍団だが、軍団といえども一枚岩ではない。糊で塞いだ茶碗である。
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