宇宙星人
渋谷の人ごみは、あたりいちめん、ちりめんじゃこだ。雲影を人びとの頭に投げかけ、しかもそのくもは、幹からいくつか枝が分かれているようだ。
えみたちは映画館へ向かうちいさい方のスクランブル交叉点をわたると、五つの枝の雲はひとつに固まって塊になった。
そういうことにはいっさい気にとめず、あいとえみは渋谷の109の分れ道をまがって、おおきな口をあけたTOHOシネマズの入口をチケット売場へ歩いた。平日の昼前はすいていて、奥の窓口の黒い制服のスタッフが、ただひとり坐ってのびをしていた。自動販売機の上のモニタをながめながら
「ね。どれにしよう」
「どれにしよ」
じいっと上面を見上げた。
放映している映画に、あまり興味がわかなかった。こどもむけアニメーションが二、三流れていたが、もはやそういう年齢でもない。ハリウッドも、追っていないシリーズをいまさら視聴する気にはなれぬ。
ボーッと突っ立ったえみはえへと笑って、困惑をうかべた。
あいは隣人の顔を見てスマホを取り出した。
「なにしてんの?」
「予告」
ん、とスマホを持ち上げて予告映像を見せた。アイドルの俳優が映っている。
「好きだっけ」
「え? まあこの俳優さん好きだけど、べつに俳優にこだわってないよ。気にしないで」
すっとスマホを戻して、あいは自分もまた困惑がおを浮べてえへへと笑った。じゃあ適当にえらぶかな。
空には四角い枠の、ちょうど額縁のような雲が浮かんでいた。
雲は、宇宙人の指の、影だった。宇宙人は地球をさすった。それから閉じた手のひらをまたひらいて、じゃんけんのようにいろいろな形をつくった。渋谷の雲はそのたびにさまざまな模様をつくり、両手を組合せて、きつね、うさぎなどの影絵をつくった。
そして、いま、両の人差し指と親指をのばして四角の額縁をつくった宇宙人は、その枠から地球を眺めていた。
だんだん飽きてきていた。
これまで地球観察をくりかえしすぎた。
でも、どうしようもなくひまで、しかたがない。三日坊主で、あいとえみの渋谷行きの結末が気になりだした。あれこれいじくっているうちに、どうも熱が入ったらしい。他人にとってはクリームをごてごてに塗りたくったり、ピンボールやボウリングの対象でしかない地球も、めずらしかった。
「なんじゃこれは」
おもわずつぶやいた。
北アメリカの球面を眺めていた。首をかしげながら「百合、か」と口の中で反芻した。
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