第29話 加奈の事情

 朝の気配に目を覚ました。布団が掛けられている、横を見たら加奈さんがいない。

「え、どこへ」

 まさか、また久美みたいに、消えちゃったのか、亮は飛び起きた。部屋を見渡すと服と荷物が置いたままだ、よかったっと思うと同時に不用心だなとも思う。俺が悪い奴でこのまま荷物を持って逃げたら。


「あ、おはよ、起きた?」

 部屋のドアが開いて、加奈さんが入ってきた。警戒心のかけらもない。

「お風呂入ってきた、亮くんいっぱい出すから、こぼれてきちゃって」

 搾り取ったのは加奈さんだ。

「指入れて洗ってきちゃった」


 想像したらまた下半身が固くなってきた。

「元気だね、またお風呂行かなきゃならなくなるかなあ」

 加奈さんはそう言いながら浴衣の帯を解いた。


「ありがとう、付き合ってくれて」

 ベッドの中で、加奈さんは亮の胸に頭をのせている。

 砂丘を見て帰るつもりだったのだけど、加奈さんに誘われて三朝温泉にもう一泊することにしたのだ。

 お金は加奈さん持ち、払うって言ったのに、いいから、亮君は恩人だからと加奈さんは譲らなかった。


「私、実は雄琴で働いていたんだ、意味わかる?」

 加奈さんが話をしだしたのは、取りあえず一度加奈さんの中に出し終わってからだ。

 つまりイスラムの国の名前のついた特殊な、その……。

「軽蔑する?」

 亮は首を激しく左右に振った、でもなんで。


「親の会社、って言っても小さな鉄工所だったんだけど、つぶれて、借金できたから」

 そうなんだ、でも働いていた、ということは、今は。

「うん、やめた。それで旅行に出たの」


 加奈さんは、ちょっと言い淀んだけど、思い切ったように話を続けた。

「なんか全部嫌になって、汚れ切った体も。で、どっかで消えようと思ってたんだ、この世から」

 やっぱり、あった時からなんかそんな気がしていたのだ。

「だけど、不思議、亮くんとSEXしたら、あほくさくなって。頑張ることにした」


 よかった、これ以上SEXした女性がいなくなるのは嫌だ。

「すごいね亮君、その年で、こんな話聞いても驚かないんだ。だから頼りたくなったのかなあ。ね、私の話聞いてくれる、全部話して生まれ変わりたい」


 そう言いながら、手は亮のものを握ったままだ、えーっとお守りじゃないんですけど。

「十年前だから、今の亮くんぐらいの時だった」


 加奈の家は、町の鉄工所だった。朝鮮戦争の特需に乗って一時は羽振りがよかったらしい。しかし戦争が終わって景気が普通になると、技術のないところは次第に淘汰されるようになっていく。


 資金繰りがうまくいかなくなっていった父は、工場を担保にして金を借りたが、結局は夜逃げしてしまった。今はどこにいるかもわからない。


 家も工場も全部取られ、京都駅からほど近い高瀬川沿いの小さな、アパートに母と二人で暮らし始めた。家財道具も何もなく、四条のキャバレーには母は勤めることになった。

 ある日、学校から帰ると、部屋の中に、母と見知らぬ男たちがいた。


「この子なんです」

 男の一人が、加奈の全身を上から下まで眺めた。ここらの酔っ払いたちが送ってくるいやらしい目ではない。もっと冷たい目だった。


「お嬢ちゃん、脱いでもらえるかな」

「え、どういうことですか」

 加奈は母親の方に助けを求める目を向けた

「加奈、この方の言うことを聞いて、服を脱いで」

 はい、そうですかと脱げるわけがなかった。加奈が立ちすくんでいると、母親がいきなり頬をぶった。

「私の言うことが聞けないの、早く裸になりなさい」

 それまで見たことがない鬼の形相だった。


「だめだよ、お母さん、乱暴して商品に傷がついたら。かわいい顔も値段のうちなんだから」

 男は母親をなだめると、加奈に向き直った。

「加奈ちゃん、だっけ、いい名前だ。あのね、君の家はもうお金がないんだ。君、高校に行きたいよね、成績いいらしいから、大学だって。でもね今のままじゃ無理だ。そこで、お金持ちの立派な人が、お金を出してあげるって言うんだ、わかるかな」


 高校にはいきたいが、たぶん無理だろうと思っていた。でもその代わり。

「その、お妾さんになれ、ってことですか」

 それぐらいの言葉は知っていた、何をするのかも。

「そうよ、もうお母さん疲れちゃった、あんただけじゃない、お母さんもお店のお客さんの世話になる」


「どうする、無理にとは言わない。でもそうなると君は明日から住む場所も何もなくなる、学校も何もない」

「悪いけど私もうあんたの面倒見たくない、私も楽したい」


 加奈はあきらめた、母親がそのつもりなら、もう加奈にできることはなかった。セーラー服のリボンをほどくと、サイドのファスナーを下ろした。スカートを足元に落としシュミーズ姿になった。

 たぶんブラジャーとパンツが透けているはずだが、恥ずかしいという気持ちはなかった。

「その場でゆっくり回ってみて」

 男の声は変わらない。


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