第27話 旅行に出る
制服の上着を脱ぎ、スカートのホックを外す。そこで一呼吸置いた立石先輩は、思い切るようにファスナーを下げた。紺のスカートがふわりと落ちる。
臙脂のひも状のリボンをほどき、カッターシャツのボタンを外していく。
亮は下着姿になっていく立石先輩を、ただぼんやりと眺めている。
白の上下、何の飾りもないそれが、ただ亮が心配で、慌ててやってきた立石先輩の気持ちを表しているような気がした。
「私のこと、使って。愛してくれてなくてもいい、伊都美ちゃんや磯垣さんの代わりになんてなれなくてもいい、抱いて」
立石先輩は高くなったテンションを抑えきれていないのだ。
抱かないわけにはいかなかった。
亮はシャツとズボンを脱いだ。立石先輩はちょっとだけ視線をずらした。
熱い時間が過ぎさった。
「亮君、史乃って呼んだ」
「え、あ、そうでしたっけ、ちゃんと立石先輩って」
「いいの、史乃で」
「もう亮くんのものだよね、私」
亮は言葉の代わりに史乃の未だほてっている体を抱きしめた。
「亮君、まだ彼女いるよね、いっぱい」
うんって言っても、否定しても話はややこしい、ここは黙るしかなかった。
「私負けないから」
だと思った。
まあ、今彼女って呼べるのはこの人だけかも。
二週間が過ぎ、史乃のやさしさもあり、亮の心も少し落ち着いた。
京都駅の0番ホーム。日本で一番長いホームから、山陰本線は出発する。
2204発翌朝0931出雲市着の長距離夜行列車に、亮は一人乗っていた。
磯垣さんの形見になったバイオリンに、三枚の写真が入っていた。砂丘、神社、白い灯台。
行きたかったなのか、行ってみてなのか。図書館で調べればすぐにわかった。鳥取砂丘、出雲大社、出雲日御碕だった。
亮は行ってみることに決めた、時刻表で調べたら、金曜から行って日曜には帰ってこられそうだ。母親はあっさり許してくれた。一応、磯垣さんのことは話してあった。
お金あるの? うん、大丈夫とは答えたが、少々不安があった。でも母親に無理はさせたくなかった。
沙織もたぶんそれほど余裕はないはずだ。
結局、薫としんこに頭を下げた。最近は彼女達とはあまりしていない、さすがに中学生に飽きたのだろう。そもそも二人はいい女なのだ、生徒たちのうわさでは、それぞれ彼氏ができたような。
薫には英語の教師、しんこには体育の教師、あえて本当かどうかは聞かない、それはそれでいいんじゃないかと思う。
二人に磯垣さんの話をした。
「大丈夫かな、あっちに引っ張られたりしない?」
「気を付けてね」
そんなことを言いながら二人とも亮にとっては大金をくれた。
「え、なに、手切れ金? 口止め料?」
そう聞いた亮に二人は同時に笑った。
「そうかもね」
笑いながら言ってけど、たぶん本気だ。
「ありがとうございました、お二人には感謝です」
来年から中学校が三つに分かれるのだ、まず亮の地区。そしてその次の年に、右京区の地区。四月には、お別れなのだ。潮時なんだろう。
「亮君、私も一緒に行きたい、でも泊りがけはさすがに無理。ちゃんと帰ってきてね」
「大丈夫だって、お土産買ってくるから、待ってて」
「京都駅に見送りに行く」
「いいよ、そんな大げさな」
「本当に帰ってくるんだよ」
史乃は心配症だ、まあ、気持ちはわからないでもないけど。
平日の夜に、中学生が一人で列車に乗っていても、誰も不思議に思わない。列車は満員というわけでもないけれどそこそこ混んでいる。客層を見て、亀岡辺りまでは通勤電車なんだろうなあと思う。
「ここ空いてますか」
ジーパンにセーター、髪を後ろで編んだ女性が声をかけた。二十代後半ぐらいかな。コケティッシュな感じの人だ。
「あ、どうぞ」
ほかも空いてるだろと思ったけれど、変なオヤジが座るよりは、女性の方がずっといい。
女性の方もそう思ったのかもしれない。一人で座ると酔っ払いが横にくるかも、そんなことを考えると薫が言っていた。もちろん「ほら、私いい女だから」と付け加えることは忘れなかった。
「はいこれ、食べませんか? どこまで?」
女性は紙袋からミカンを取り出すと一個くれた。さっきも思ったけれど、八重歯が可愛い。
終点までと答えると、あ、一緒、と笑った。
そうか終点まで一緒か、亮は楽しくなった。本来の旅の目的をすでに忘れかけていた。
「私、たつみかな、干支の辰と巳、加えると奈良、年齢は内緒、あなたは」
亮はちょっと悩んだ、名前はいい、年をどうするかだ。
「十六です」
ちょっとだけさばを読んだ、さすがに中二とは言えない。
それでも驚かれた、そっかあ、もう少し上かと思ってた、と。
「よく言われるんですけど、そんなにおっさん臭い?」
「いや顔とかじゃなくて、落ち着きが。そういえば亮君、顔、可愛いね」
え、可愛い?
「可愛いのは加奈さんですよ」
「ほらそういうとこ、すっと言える?十六で」
加奈さんはくすっと笑った。
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