第26話 史乃

「ねえ、なんかあった?」

 亮は学校を二日さぼっている、もともと成績は悪くない、さぼったところでなんということはない。


 二日目の放課後、立石先輩が心配して家まで来たくれた。

「別に、ちょっと風邪ひいて」

「噓つき、絶対違う、何あったの、受け止めるから」


 話せるわけがなかった、でも、亮に抱え込むだけの力はなかった。

 母親も何か気がついていたようだけど、あえて尋ねては来なかった。どうも

 母親は母親で何か抱えているようで、余裕がなさそうだ。


「ちょっと待って、その話、知ってる。でもちょっと違う、というより新聞読んでないの」

 久美とのことを話してしまった亮に、立石先輩は、あとで張り倒すけれど、と言って話を遮った。

 新聞もテレビもこの二日間ショックで目にしていない。

「うちのお父さん、新聞記者って知ってるよね、で、ちらって聞いた、その話もっと怖いよ」

 立石先輩の顔が青ざめている。


「落ち着いて聞いてね、磯崎さんだっけ、その人亮くんがデートした、その朝に相手の男を殺して自分も自殺してる」

 未成年だから名前は出てないけど、亮君の話聞いて分かった。


 そんな馬鹿な、だって、と言いかけたが先輩の顔は真剣だ。

「新聞ないの」

 亮は台所の隅っこに積んである新聞を取りにいった。そして……。


「じゃあ、あの久美さんは」

 嘘だと言ってほしかった、コンサートに行ったときに、彼女は既にこの世にいなかった。

「じゃあ、バスの乗客は」


 そういえば、運転手もバスを止めはしなかった。騒いでいたのは酔っ払いだけだ。見えていなかった人もいたというわけか。 サンドイッチ、鴨川べり、全部彼女がやり残したこと。最後に恋人とのSEX。

 亮は、震えと、悲しみに同時に襲われた。

 あの時、あの家のどこかで、久美は既に死んでいたのだ。


「彼女、亮くんの優しさが嬉しかったと思うよ。ね、みんな、なんで亮くんが好きだと思う」

 そんなこと、考えたこともなかった。


「亮君、めちゃくちゃ優しいよ、誰にでも」

「そんなことないよ、俺めちゃくちゃつめたいよ、冷酷だし」

「冷たい人はいつまでも伊都美ちゃんのこと思ってたりしない、磯垣さんを助けられなかったって悩んだりしない」


「私もそんな亮くんが好き、私の体で清めてあげる」

 立石先輩は、制服のボタンを外しだした

 まって、今、そんなことできやしない。


 突然、立石先輩の頭が、がくっとさがった。そしてすぐ顔を上げた。

「亮君、ごめんね、ほんと嬉しかった。でも、私は君を縛ったりしない。忘れないでいてくれるだけでいい。遥かな先まで、私は向こうで待ってるから、君は君の人生送って、愛してるよ」


 声は立石先輩だ、だけど、たぶん。

 立石先輩はその場に倒れこんだ。


「先輩、史乃、しっかりして」

「わ、わたし、なんか一瞬」

 そういって目の前に亮の顔があることに気が付いたらしい。いきなり唇を押し付けてきた。

「お許しが出たみたい、あなたが代わりにって」

 そういうともう一度唇を押し当ててきた。


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