第25話 初めての、そして

「今夜、お母さん、帰ってこない、だから」

「え、お母さん?」

「うちお父さんいないから」

「それって」

「帰らないで、お願い」


 電話を借りて、アパートに電話したら運よく、母親が電話をとった。

「いいけどさ、お母さんと二人っきりが嫌なわけじゃないよね」

「当たり前でしょ、お母さん考えすぎ」

「そっか、あんまり女の子泣かさないでね」


 亮は頭が痛くなってきた。まあみんな自分のことを愛してくれてるということは、ありがたいのだけれど。沙織にも母さんにも、どこまでみんなにばれているんだろう。


 磯垣さんの部屋、居間じゃなくて彼女の部屋ということで、もうこの先の予定は決まったようなものだ。

 この部屋だけで、アパートの亮の部屋より広いかもしれない。本棚には小説や、百科事典。勉強机に教科書と蛍光灯のスタンド。箪笥が大きい。


 何か片付いているような、もしかして、最初から自分を呼ぶつもりだった? 亮はそんな気がした。

「制服着替えるから、後ろ向いてくれる」

「見たいな」

「恥ずかしいから、やだ」

 まあそうだろうなあ、堂々と目の前で脱ぐのは薫と沙織ぐらいだ。あれ、最近はしんこも脱ぐか。


「いいよ」

 彼女の声に、振り返って亮はびっくりした、何でそうなるのかはわからないけど。

 彼女の下着は予想通りの白の上下。

「私のじゃだめ?」

 亮の驚いた顔を拒否と受け取ったのだろうか、磯垣さんはちょっと悲しそうな顔をした。


 亮は答えの代わりに立ち上がると、彼女を抱きしめた。

 すこし震えているのが、とっても可愛い。我ながら惚れっぽいな、亮は磯崎さんの形のいい唇に唇を重ねた。


 背中にまわした手でブラジャーのホックを外す。肩ひもを肩から落とす。

「小さくてごめんね」

 ベッドに押し倒したときに、磯垣さんはそう言いながらブラジャーをとった。

 長い夜の始まりだった。



「亮君、ありがとう。気が付いたでしょ、私初めてじゃないの」

 やっぱり、そんな気がすることがしていて何回かあった。でも誰と。


「驚かないで聞いてね、私、来月結婚するの」

 亮は耳を疑った。そりゃ、十六歳だ、結婚もできるだろう、だけど。

「相手はすごい年上、私の処女を奪った相手」


「あ、誤解しないでね、嫌いな人じゃないの。でも親の決めた相手だから、自分の好きな相手と一度デートしてみたかった。抱かれてみたかったの。ごめんね」

「何を謝るの? 選んでもらえてうれしいけど」

「ほんと、嫌いにならない、じゃあもっとして」


 結局、朝まで眠らせてはもらえなかった。

「亮君、これ受け取って」

 磯貝さんが差し出したのは、バイオリンケースと、黒檀の一目で高いとわかる木刀だった。

「私だと思って大切にして」

 それって、もう。そうか、そうだよね。

 玄関で亮は久美を抱きしめキスをした。

「ありがとう、 さようなら」


 歩きたかった、久世橋を渡ると桂川から吹き上げる風が冷たかった。

 家に帰ると、亮はそのまま眠った、体から久美の香りがした。

「亮君、だいすきだよ、私のこと忘れないでね」

 夢に磯貝さんが現れ、寂しそうに手を振った。


 飛び起きた亮は何か気になり、バイオリンケースを開けた。

 手紙が入っていた。


 私のこと、話します。

 私、のお母さんは、ある政治家のお妾さんでした。

 でしたというのは、今はもうこの世にいないからです。

 お父さんはその政治家ではなく、私が子供のころ事故で無くなっています。


 私は、生きていくためのお母さんの後を継ぐ形で、その政治家の妾になることになりました。


 でも、やっぱりそれは嫌です。

 私はお母さんとお父さんのところに行きます。


 亮くんがこの手紙を読むときに私はもうこの世にいません。

 私のこと忘れないで、さようなら。


 亮は自転車に飛び乗った、彼女を助けなくては。

 どうやって、わからないけれど、とにかく走った。


 彼女の家の前には人だかりとパトカーがあった。

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