第24話 コンサート
京都会館の前で亮は磯垣さんを待っていた。彼女の高校は、ここからそう遠くはない。一度家に帰るよりは待ち合わそうということになった。
「お待たせ、ごめんね遅くなって」
彼女は開場ぎりぎりになってきた、実のところ亮は少しばかり不安になっていた。
彼女が来なければ一人寂しく帰ることになる。
実は、薫からも史乃からも誘いがあったが、沙織の引っ越しでちょっと、と言って断ったのだ。これで磯垣さんにまで振られたら、などということを考えていた。
「さ、はいろ」
磯垣さんは亮の手を握った、思った以上に彼女の手は柔らかく暖かい。
「磯垣さん、竹刀だこがある」
「え、やだ、恥ずかしいな」
「別に恥ずかしがらなくても、すごいなって思います」
彼女は剣道も好きなのだ、テレビドラマになった漫画を読んでやってみようと思いたったらしい。学校に部はあったけど、オーケストラはもっと好きだったから、警察署の道場に通っている、ということを聞いていた。
「よかったね」
曲目は『ラフマニノフの交響曲第三番』はじめて聞いた、でも引き込まれてしまった。あと『チャイコフスキーのスラブ行進曲』
「うん知らない曲だけど、よかった」
「喜んでくれて嬉しいな」
その時になって初めて磯垣さんの姿を見た。あわただしかったのと曲に引き込まれていたのだ。制服がよく似合っている。
「ね、鴨川べり歩かない」
「いいけど、お腹すかない?」
「へへ、はいこれ」
磯垣さんは紙袋を差し出した、中にはパン? フランスパンがサンドイッチになっていた。
「これつくってたから、ぎりぎりになっちゃった」
学校近くの友達の家に行ってつくってきたそうだ、遅れかけたのはそういうことらしい。
「聞かれたから、ボーイフレンドとデートって答えちゃった、月曜日から絶対冷やかされる」
「え、ボーイフレンド」
「いや? 私のこと嫌いじゃないよね」
亮は、言葉でなくて頭を上下に激しく振った。
「いつも通るたび鴨川の河原みていいなあって思ってたんだ」
「男の子と歩くの初めてなの? そんなに美人なのに」
「亮くん、口説くのうますぎ。でもうれしいな」
鴨川の流れに街の灯が映る、そういえば夜は初めてだった。って夜、今何時?
「磯垣さん、バスが」
「あ、え、そうだった」
人ごみに逆らいバス停に、磯垣さんの手を握って急いだ。
四条河原町についたとき、行先表示灯が赤くともった東土川行のバスが、出ていった。
「あ、ちゃあ、行っちゃった」
「大丈夫、中書島行はある、磯崎さん送ったあと歩くよ、一時間もかからないし」
「ごめんね、私が鴨川なんて誘ったから」
「いいですよ、楽しかったし」
バスはすぐに来た、土曜の最終は酔っ払いたちでいっぱい。亮は目ざとく開いている席を見つけると彼女を座らせた。そうしないと絶対触ろうとするやつがいる。
「お、デートか、お嬢様学校なのに」
磯崎さんの学校の制服は有名だ。酔っ払いがちょっかいを出してきた、酒の匂いがうっとうしい。
「姉です」
「姉ちゃんか、なら俺とデートしてもいいわけか」
「やめてください」
「うっせぞ、がき」
遮ろうとした亮の頬に酔っ払いのげんこつが飛んできた。
とっさにかわしたが、満員バスだ。よけきれず、鼻先を殴られた。
「痛ーい、酔っ払いに殴られた、鼻の骨折れたかも」
バス中に亮の声が響いた。だてに剣道と楽器をやっているわけではない。声だけはでかい。
「運転手さんバス止めて、警察呼んで」
「まてよ、悪かった、そんなつもりじゃ」
満員の乗客の視線を集めてしまったことで酔っ払いはひるんだようだ。
「亮くん血が出てる、大丈夫」
磯垣さんもなかなかやる、血なんか出ていないはずだ
「治療費払ってもらえ」
「そうだ、そうだ」
乗客たちも面白がっている
「悪かったな、これで勘弁してくれ」
酔っ払いは、財布から数枚の千円札を出した。
やったとおもったけれど、すぐに手を出したんじゃ周りの反感を買う。
「いりませんよそんなもの」
「そういわずに」
「兄ちゃん、受け取っとけよ」
男は亮に金を押し付けると、そそくさと次の停留所でバスを降りた。
「亮くんありがとうね」
「さっきの話? ぶん殴ってやろうかと思ったんだけど」
「おさえたんだ、偉いなあ」
「ちがうよ、俺喧嘩なんて苦手だもの」
「そうなの、あ、やさしいから」
なにか、とことんいい人にされているような気がして、亮はくすぐったかった。
「ここ、うち」
磯垣さんの家は住宅街のはずれにある一軒家だった。伊都美の家より少し大きめ、つまりは今までの友達のうちで一番大きかった。
「じゃ、俺はここで、また会いたいな」
と言って帰ろうとした亮の腕を磯垣さんがつかんだ。
「帰さない、帰らないで」
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