第14話 夏休み
「亮くん、明日、疎水のプールに行こうよ」
八月に入ってたある日、部活の帰り、いつものように伊都美との帰り道だ。
疎水とは、琵琶湖から京都市内へ水を送る運河だ。その途中、岡崎の動物園の裏当たりに、プールが設置されていた。
亮も何度か行った覚えがあるが、木立に囲まれた開放的なところで、夏は多くの市民が利用していた。
「え、ビキニ見せてくれるの」
「バーカ、そんなの持ってないよ、ビキニじゃないと行ってくれないの?」
伊都美はちょっとすねた表情を見せた、可愛い。
「まさか、伊都美の水着かあ、どんなのだろ」
亮たちの中学にはプールがなかった。あったとしても、人数が多すぎて授業にはならなかったかもしれない。
「あ、やらしい想像してる、スケベ」
伊都美が笑う、けれど、ほんの少し違和感を覚えた。その違和感は伊都美の家の前でも感じたが、亮は気のせいだと思った。
翌日は天気が良く、というより暑すぎるぐらいの日で、絶好のプール日和になった。
「最初のデート、動物園だったね。楽しかった」
「ね、伊都美、なんかあった」
どこかいつもの伊都美とは、違う。
「ううん、男子の更衣室向こうだよ、私は見られてもいいけど」
伊都美はビキニではないけれど、上下に分かれたおへその見える水着だった。
可愛い、亮は思わず周りを見渡した。ほかの誰かに見せたくないな、そんな純情なことを思ったのだ。
疎水だけあって、ここのプールは流れがあった。浮いているだけで楽しい。
水中に潜ると水が澄んでいるのか、はるか向こうまで見ることができる。
「だめだよ、よそ見しちゃ、私だけを見て」
いつもながら勘が鋭い、プールサイドにはそれほど多くはないが本当のきわどいビキニを着た女性たちがいる。
水中では誰の目を気にすることもなく、きわどい部分を楽しむことができる。ついそっちを見そうになるのも仕方がないと思うのだけど。
夏とは言っても昼三時を過ぎると、木立の影は涼しい。
二人は、河原町をぶらついて帰ることにした。薫と出会ってしまった喫茶店に行きたいという。
「今日、誰も家に帰ってこないんだ、うちに泊まって」
パフェをつつきながら、伊都美は急に真顔になると、とんでもないことを言い出した。
「あのね、私、引っ越すの」
突然の話に亮は一瞬言葉を失った。
「いつ、どこへ」
ようやく口にした言葉がそれだった。
「来週、アメリカに」
突然すぎる、遠すぎる、関東でも会いに行けないかもと思うのに、アメリカとは想像の範囲を超えていた。
うちのパパ大学の先生だって知ってたよね。
聞いていた、実はなくなった亮の父親も同じだった。そんなこともあって伊都美とは気が合っていたのかもしれない。
ただ母子家庭になった亮と伊都美の生活レベルは全く違う、それは仕方がない。
それは今はどうでもいい、伊都美の話だ。
「それでアメリカの大学からお呼びがかかって、九月の新年度から」
そういえば日本と違って、アメリカは九月から学年が始まると聞いた覚えがある。
「抵抗したんだけど、私だけこっちってわけにはいかなくて」
伊都美は今にも泣き出しそうな顔だ。亮は自分はどんな顔をしているのだろうと思った。
「だから、今夜は」
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