第9話 恋人未満
薫のせいで、楽しかったデートが急にぎくしゃくしだした。
行きと違い、伊都美も何となく口が重い。歩き回った疲れもあるのかも、だが表情まで暗く見えたのは気のせいか。
伊都美の家は駅から歩いて十分ぐらいだった。教えてくれるという伊都美の言葉に、送っていくことにした。
亮の帰り道からは少しばかり遠回りなのだが、どうせ亮の家までは自転車で二十分はかかる。少しぐらい遠回りでも関係はない。
「ここ。今日は楽しかった、ありがとう」
亮の住むぼろいアパートとは違い、庭のある一軒家。少々うらやましい気持ちがあった。
さすがに子供の時からフルートを習うような家は違うと思った。
「亮くん」
伊都美の声に振り向いた亮に、彼女はいきなり抱きついた。ぐいと頭が引っ張られ唇が押し付けられた。
「愛してるから、お休み」
伊都美は、そういうと一目散に玄関のなかに消えた。
何だ、今のは、そんな感じのキスだった。
薫のせいだと思う。彼女の登場が、伊都美の嫉妬心に火をつけたのだ。
家に帰ったのをまるで待っていたかのように、電話が鳴った。
アパートの入り口に置かれた赤電話。共同の電話だ。
かかってきたときは住民の誰かが電話に出ることになっていた。
「藤野と申しますが」
「俺、亮」
なんだ、急に俺のことを思い出したのか、それとも伊都美のことが気になったのか。
どっちにしろ久しぶりの電話だった。
「次の日曜日逢って。話があるの」
「いいけど、何の話?」
みんなに聞こえる電話で、あまり大胆なことは言えない。
「内緒、楽しみにして」
別れ話とか言うものではなさそうだ、まあ久しぶりに薫とするのもいいかと思う。
伊都美とは、どう考えてもまだ無理だと思う。間宮とは違って大事にしようかなっと思っていた。
「おはよ、昨日はありがとう」
亮のクラスは階段の横にある。その奥が伊都美のクラスだということもあって、彼女はよく階段脇で亮を待っている。
「今日一緒に帰ろ、誰もいないから」
それだけ早口で言うと、伊都美は自分のクラスの方に足早で言ってしまった。
聞き間違いかもと思ったが、はっきり誰もいないと言ったはずだ。
今日は体育に理科に技術ということで自分の教室にいることが少なかった。結局伊都美とは部活の時間まで顔を合わすことはなかった。
「住谷君、伊都美ちゃんとなんかあった?」
休憩時間に、上水流さんと、立石さんに尋ねられた、伊都美はクラリネットの上田とトイレかもしれない、音楽室にはいなかった。
「え、別に何も」
女子は本当に鋭い。正直なところ亮はドキッとした。
「昨日デートしたんでしょ」
「なんでそれを」
「みんな知ってるよ、駅で見かけた人いるもの」
そうだった、考えてみれば日曜の朝だ、遊びに行く人はみんな同じ駅を利用する。
「で喧嘩でもした?」
「いいえ、なんでですか」
「ならいいんだ、何となくだから」
というところで伊都美が戻ってきた。
なんで、みんな一緒の方向なんだ。二人で帰るはずが、上水流さんと立石さんが一緒に帰ろうと誘ってくれた。
まあ、みんなでワイワイ言いながら帰るのは楽しいが、何となく伊都美の機嫌がよくなさそうな気がする。
いつもより、笑い声が少ないと思うのは気のせいだろうか。
「じゃ、伊都美ちゃん、また明日」
伊都美の家が学校に一番近い、そこから十分ぐらい歩いて、上水流さんと立石さんの住む住宅地になる。
二人との話は楽しいが、今日に限っては不安があった。
「また明日、お疲れさまでした」
二人を見送ると、亮は自転車に飛び乗った。
伊都美の家の前で自転車に鍵をかけると、深呼吸をしてチャイムを押した。
「どなたですか」
「俺、亮」
勢い良く開けられたドアに亮は顔を殴られそうになった。
「亮くん」
伊都美が飛びついてきた。
「来ないかと思った」
涙でぼろぼろの顔で伊都美は唇を求めてきた。
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