第8話 いつみ その2
「ね、亮くん。明日は何か予定ある?」
いつの間にか伊都美は苗字ではなく、名前で呼びかけるようになっていた。
間違いなく気に入られているとは思う。
ただ、伊都美は誰とでも親しげに話すところがある。
それが今一つ推せない理由だ。
それと相手はまだ中一、SEXまで許してくれるか。薫やなおとは違う。
「明日? 別にないよ。なんで」
「んー、岡崎の動物園いかない? あと西京極の十字屋で楽器見に行こうよ」
「いいよ、動物園かあ、久しぶりだ」
「ほんと、うれしいなあ、じゃあ阪急の駅で、九時」
「俺、女の子と西京極行くの初めてだ。うれしいな」
「わたしもだよ、最初は亮くんって」
伊都美は真っ赤になりながらそう言うと、慌てて練習室から出ていった。
やっぱり惚れられてる?
それならば焦って嫌われることはない。のんびり行こうかなという気になった。
そもそも、生まれて初めてのデートだ、SEXとは違う、わくわくがあった。
駅で伊都美はすぐわかった、白のワンピースに、赤いリボンのベルト、三つ折りソックスに赤の靴。可愛い。
ボタンダウンに、ジーンズの自分が少々みすぼらしく見えた。
「亮くん、私服もかっこいいね」
そうか? やっぱりこいつは感覚がどこか変なんだ、亮は今までかっこいいなどと言われた覚えが一度もなかった。
「中沢もかわいいよ、学校の制服もかわいいけど」
「ほんと、嬉しいなあ、これお気に入りなんだ。着てきてよかったぁ」
中沢は,電車の中でずっとしゃべっていた。
それにつられて、亮もまた今まで人に話したことのない家族のことや、小学校時代のいじめにあった話などをしてしまった。
「そうなんだ、今の亮くんをいじめる人なんて考えつかないけど」
たしかに中学にも不良はいるが、なぜか今のところ亮はいじめられたことも嫌がらせを受けたこともなかった。
「もしいじめられたら私に言って、助けてあげる」
二人は顔を見合わせて笑った、周りの乗客に怪訝な顔をされたことは言うまでもない。
「楽しかったね、疲れたけど」
四条河原町にある喫茶店に二人はいた。
紅茶がおいしと言われているが、二人は紅茶よりはパフェの方が好みだ。
「あれ、亮くん? 久しぶり」
聞き覚えのある声が背後からした。
「藤野先生、お久しぶりです」
予想通り薫だった。
「おひとりですか」
「やだな、他人行儀ないいかた。あれからずっと一人だよ。こちら紹介してくれない? 新しい彼女さん?」
薫は、はっきりと伊都美に敵意を抱いたようだ。仮にも教師が中学生と張り合うなよと言いたい。
「はい、中沢と言います、亮くんといい関係です」
ありゃ、伊都美も言うもんだと思う。思わぬ反撃に一瞬薫がひるんだ。
「こちらは小六の時の担任の、藤野先生。部活が一緒の中沢伊都美さん」
「いつみさん、かわいいわね。亮くん好みかな。あ、お邪魔しちゃ悪いわね。じゃ亮くんまた。たまには連絡して」
薫はスカートを翻すと二人に背を向けた。神が少し伸びたようで、前より落ちついたように見える。
「亮くん、先生と何があったの」
「え、何もないよ」
「うそ、絶対なんかある。亮くんが大人びているのはそのせい」
おんなの勘は鋭い、よくそう言われるが、自分の身で知らされるとは思わなかった。
「今も付き合ってるの?」
「まさか、気のせいだって」
「ほんと、いい、私負けないから、あんなおばさんに」
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