第8話 #全裸 の回収(割とあっさり!)

 橘秋乃が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。壁や天井の色、間取りは自室に似ているのだが、置かれている家具や小物が違うのだ。

 卓袱台、麻雀ボード、額縁に飾れた巨大パズル、そして妙に上品なサイドボード。

 極めつけは、床に散乱するビール缶である。

 秋乃は酒に弱いため、酒類を購入することは滅多にない。


 「症状」のせいか、記憶があまりはっきりしない。 

 同じ実験を受けていた男子が自分を運んでくれたことは、なんとなく覚えているのだが……。

 果たしてその後、どうなったのだろう。

 

 布団の中で身体を動かすと、コットンのごわついた感触が妙にはっきりと感じられる。何かがおかしい。心許なさと同時に、不思議な解放感があるというか。



 ……あれ? あたし今、ハダカじゃない?



 シャツやスカートだけでなく、たぶん下着すらつけていない。

 見知らぬ部屋、男子に運ばれた記憶、全裸で布団に包まれた自分。

 

 え? 事後?

 

 慌てて自分の身体を確認する秋乃だったが、特にそうした痕跡はなく、ひとまず胸をなでおろした。

 

「ふぅ……、よかった……。それにしても、どのくらい寝てたんだろ」


 呟きつつ状態を起こすと、ポニーテールの愛らしい少女が暫く雷に撃たれたような表情で固まっていた。

 少女はちょうど部屋に入ってきたところらしく、学習塾のもとの思しきリュックを背負ったまま小刻みに震えている。


「あ、ああああ……」

「え、ええと……」


 説明しようにも、秋乃自身が状況を分かっていないのである。

 互いにまごつく二人だったが、平静を取り戻したのは少女のほうが早かった。

 息をのむほど美しい所作で平伏の姿勢を取り、


「あの、」

「はい⁈」 

「……ふつつかなイチモツの兄ですが、何卒宜しくお願いします」

「やっぱり事後だった⁈」


 パニックになる秋野。


「いや、よく分からないけど、たぶん誤解してると思う!」


 手を振り首を振り、少女の言葉を否定する秋野。

 対して少女は涙を浮かべ、 


「ああ、分かります。兄の本性に失望されたんですよね。あんなに態度はデカい癖に、あそこはこんなにちっちゃいのかと。こんなのヘビー級ではなくベビー級だと。景品表示法の『優良誤認』などに該当し、詐欺罪なのではないかと。分かります! 分かりますとも! でも、妹としてどうかお願いさせてください」


 少女の口調は、すがりつかんばかりの哀願調に変化していた。


「いろいろと問題のあるソーセージかとは思いますが、どうか、どうか、お兄ちゃんを見放さないであげてください! お母さんが言ってましたが、見方によっては小さいのもまたかわいいですよ! それにお兄ちゃんが体験するチャンスなんて、人生でもう何度もないんですから! どうか、慈悲だと思って、せめてもう一回くらいはヤらせて」

「いい加減にしろ!」


 少女の頭部に、強烈なチョップがさく裂する。


「誰のイチモツがふつつかだ」

「え? じゃあ立派なの?」

「とにかく黙れ」


 コンビニ袋を下げた司は、赤面しつつため息をついた。


「すまんな、風呂屋の娘。妹が世話をかけた」

「あ、……うん。いえいえ」

「貴様も謝れ」

「ごめんなさい、うだつの上がらない兄の家に、こんな美人さんが寝ていたので、驚きと感動で暴走をかましてしまいました」


 ぺこりと頭を下げる夏美。

 その様子を見て、鼻を鳴らした司はテキパキと、 


「さて、もう気づいているかもしれんが、着替えは枕元に置いてある。すぐにこいつを連れて出ていくから、服を着て少しゆっくりしていてくれ。すぐ春風が迎えに来る」

「あ、……うん」


 昼間会った時はめちゃくちゃ変な人だと思ったのに、案外まともなコト言うんだな、と秋乃は自分を棚に上げて思う。


「あの、あたしどうなって……?」


 恐る恐る秋乃が問うと、司は口をもごもごさせた後、ようやく言った。


「湯あたりで倒れたのだ」

「ううう……」


 そうかな、とは思っていたのだが、言われてみると情けなさと恥ずかしさで涙が出そうになってしまう。


 ……あたしって、どうしていつもこうなんだろ


 俯く秋乃。

 

「……とにかく、早く服を着ろ」


 司はそれだけ言い残すと、夏美を連れて部屋から出ていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ほれ、報酬だ」

「どう見てもアラモードじゃなくない? これ」


 手渡されたプッチンプリンを半眼で眺めつつ、夏美が文句を言う。


「あとは自由にデコって食べろ」

「デコるフルーツがない件について」

「果物は高い」

「けちめ」


 生温い晩春の風である。


「あの女の人、どういう人なの?」

「同級生だ。あと、春風の友達」

「ふーん」


 コンビニ袋を物色して、「納豆と醤油とお酒しかないじゃん」とこぼす。


「あの人、ちょっとお兄ちゃんに似てるね」

「そうか?」

「うん、わたしから見れば。チャンスかもしれないよ。弱ったところを助けられるとコロッといくって昔から言うし」

「フハハハハハ、バカめ!」


 夏美の提案を、司は一笑に付した。


「よいか、他人に入れ込むのはストレスのもとなのだ。そんな面倒なことを俺がすると思うてか! 解決が望めるならやってもいいだろうが、人が抱え込む問題を他人がどうこうできる場合は非常に少ない」



「少なくとも、俺の人生においてはな!」



 傲然と笑う司。


 まったくもう、世話の焼ける。


 夏美としては、嘆息せずにはいられないのだった。

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