第11節 作戦と陰謀と、大決戦。

 夜になりアオイさんと合流した。

 昨日追われたことから、合流場所は駅前の人が集まる場所にした。

 無関係の人が多ければ無茶なことはしないと予想したのだ。


「まだかいな、アオイ遅いなぁ……」


「捕まってないと良いんだけど」


「不吉なこと言うなや」


 ピリカが指をトントンと打っている。

 イライラしていると言うよりは、不安そうに見えた。

 連日襲われたり追われたりしているのだ。無理もない。


 すると人混みの中からアオイさんの姿が見えた。

 彼女は僕たちを視認すると、走って近づいてくる。


「よかった、お二人ともご無事でしたか」


「アオイさんこそ。大丈夫でしたか?」


「こっちは何も。かなり警戒して職場に入ったんですけど、むしろ平時と変わりなさすぎて不気味なくらいでした」


「どうなってんにゃろなぁ。魔法省が噛んでるんとちゃうんか」


 疑問に思ったが、僕には一つだけ考えがあった。


「どれだけ魔法省が今回の件に関わってるかは分からないけど……たぶん、僕らが襲撃されたのはソルのせいかもしれない」


「どういうことですか?」


「さっき少しトラブルがあって、ルネの父親に見つかってしまったんです。その時、ルネの父親は僕たちの存在を知らないようだったけど、ソルは僕らがこの街にいることを知っているように見えた」


「そんなん、ダスカから聞いとったんとちゃうか? ウチら初日に魔法省を尋ねたやろ」


「それならルネの父親が知らないのは不自然だ。もちろん何らかの事情で僕らのことがソルにだけ伝わっていたとしてもおかしくはない。でも、だとしたら僕らが邪魔をしてくることは予測できると思うんだ」


「そりゃそうかもしれへんな」


「色々難癖つけて僕らを拘束したり、強制帰還させる方法もありそうなものだけど。未だに魔法省が僕らに何かしてくる様子はない。放置しているというよりは、放置せざるを得なかったんじゃないかと思うんだよね」


「ソルは立場ある人間ですが、魔法省を自分の都合で動かすとなると流石に難しいとは思います」


「ですよね。だから、誰か別に人を雇ったか、裏の組織のようなものを使って僕らを襲撃したのかもしれません」


「裏の組織って何やねん。陰謀論に毒されてるんちゃうか」


 アオイさんは顎に手を当てて、しばらく真剣な表情を浮かべた後、「一つ心当たりがあります」と言った。

 僕とピリカは思わず顔を見合わせる。


「昨日の男たちの姿、どこかで見た気がしていたんです。もしかしたら、あれはヤミ教だったのかもしれません」


「ヤミ教って、夜神の新興宗教ですか?」


「はい。もともと伝わっている神話では、夜神ヤミはアテネの妹として讃えられる存在で、鬼神ユラヌスの暴走を止めるために彼を封印したと言われています。ですが、魔法省の見立てでは逆です」


「逆って言うと……」


「ヤミ教はアテネ教と同様に歴史が長く影響力が強い。また、暴力性が高い組織でもあります。信者には手練れの魔法使いも多く、過去にはテロ事件を起こすこともあった。魔法省ではヤミ教の人間は危険視されているんです」


「つまり、僕らを襲ったのはヤミ教の人間で、ソルはヤミ教と繋がってるってことですか?」


「はい。特にソルは魔法省の公安局所属ですし、ヤミ教の幹部と接触する機会はあると思います」


「ソルが何らかの理由でヤミ教と接触し、僕らを襲わせた……」


「あくまで可能性の話ですけどね」


 そこでピリカが首を傾げる。


「でも何でや? うちら店長を連れて帰ろうとしてるだけやで? ヤミ教と何の関係があんねん」


「ルネの父親は神の血筋がどうとか言っていたし、ヤミに何か関係する儀式か何か行おうとしているのかも」


「いずれにせよ、現状では真意まではわかりませんね」


 うーん、と三人で考え込む。

 駅前で輪になって難しい顔をしているものだから、通り過ぎる人たちがチラチラとこちらに目を向けていた。

 この話題は一旦保留にした方が良さそうだ。


「そう言えば、アオイさんは何か情報ありました?」


 僕が尋ねるとアオイさんはハッとした様子で顔を上げ。

 何やらポケットをゴソゴソと探ったかと思うと、一枚の紙を取り出した。


「これは……?」


「ルネの挙式の招待状です」


 耳を疑う。


「本当ですか?」


「魔法省の上司が出席するみたいです。偶然机の上に招待状が置かれていて、隙を見てコピーしました」


コピーされた用紙を見てみる。

具体的な日時や場所などが書かれていた。

やはりグランバーグ聖堂で挙式が行われるらしい。


「今日ルネの家に足を運んでみましたけど、結構警備が厳しいみたいでした」


「挙式の日は外部から人を呼ぶでしょうし、多少は警備も薄くなるかもしれません」


「じゃあこの日に店長奪還作戦の決行ってことやな」


 しかしアオイさんは「でも」と顔を曇らせる。


「ルネの家に乗り込むのも、挙式に押しかけるのも。どちらもかなり危険であることには変わりません。当日はソルやダスカ、ルネの父親はもちろん。魔法省の職員も居るでしょう。挙式で油断してるとは思いますが、脅威はこちらの方が高いかも……」


「それでもやるしか無いです。どの道、もう引けないんで」


挙式が過ぎてしまえば、婚姻の呪縛とやらでルネはホグウィードに依存させられるとのことだった。

そうなれば、ルネを連れ帰るのは難しくなる。

今日のこともあり、かなり警戒されただろうし、家に押しかけるのはどの道無理だ。


だとするなら、これが最後のチャンスかもしれない。

そこで、ふと懸念事項が生まれる。


「戸籍とかって問題ないんですかね。挙式を行うなら、既に入籍しているかも」


「可能性は高いと思います。ただ、ストロークホームスまで連れ帰るなら、そこまで戸籍は気にしなくても良いかもしれません。リンドバーグと違って戸籍の扱いも重さもかなり違いますから」


「そんなものなのか……」


「あの街は流れ物が集まる街やからなぁ」


以前かなり戸籍の管理が緩いと思ったのを思い出す。

都市ごとに住民の管理方法等が変わるのであれば、そこまで気にしなくても良いのかもしれない。

異世界人の僕ですら住民登録出来ていたし、そもそも店の場所がソルに知られていることを考えると気にするだけ損な気もした。


するとピリカが難しい顔を浮かべる。


「でも乗り込むったって一体どうやればええんやろなぁ。また道也の鬼パワーでゴリ押すか?」


「流石に魔法省相手だと勝てないかもしれないね」


「一応挙式ですし、魔法省が組織ごと張り込んでいる可能性は低いと思いますが、参列者の中に公安の人間が居てもおかしくはなさそうです。私が所属している魔法省統治局は魔物の対処などが主な業務ですが、公安は対人戦のエキスパートですから、相手にすると厄介かも」


「そんなんが魔法をガンガン使ってくるのは流石にきついなぁ」


「せめてもう少し戦力がいればな……」


 すると背負っていたリュックがもぞもぞと動いてポロが顔を出した。


「わんわん!」


「あ、ごめん。ずっと鞄の中は苦しいよな」


 ポロをリュックから出して頭を撫でてやる。

 尻尾を振ったポロは、嬉しそうに目を細めた。

 そこで僕とピリカはハッと表情を変える。


「なぁ道也」


「うん、僕も同じことを思った」


「どうしたんですか? お二人とも」


 僕たちはニヤッと笑みを浮かべた。


「一つ、妙案が浮かびました」


 ◯


 挙式当日。

 アオイさんの家を出た僕たちは、アオイさんの車に乗ってグランバーグ聖堂へと向かった。

 あれ以降襲撃は受けていないが、念の為尾行がいないかかなり警戒しながら式場に足を運ぶ。


「それじゃあ私はここまでです」


「ああ、ありがとうな」


 聖堂が見えたところでアオイさんとは別れることになった。

 かなり距離があるけれど、足で行った方が気付かれにくいという判断だ。


「本当に皆さんだけで大丈夫ですか?」


「僕たちは特に失うものもないですけど、もし魔法省がいた場合、アオイさんが関わっている色々問題になるでしょ。たぶんそれは、ルネも望んでないと思うんです」


「でも……」


「心配すんなや、大丈夫やって」


「そうですか」


彼女は諦めたように頷いた。


「ルネを、どうかよろしくお願いします」


 アオイさんの車が去ったのを確認して、僕たちは建物に近づく。

 予定ではそろそろ挙式が始まる時間だ。

 婚姻の呪縛は、挙式が終わった後に行うと言っていた。

 急がなければならない。


 グランバーグ聖堂が前方に見えてくる。

 すると、前を歩いていたピリカが足を止めた。


「道也……出てきおったで」


 前方に見覚えのある男たちが立っていた

 あの時と同じ、黒装束の人間たちだ。


「待ち伏せやな」


「やっぱり気付かれてるか」


「当たり前でしょう」


 聞き覚えのある声がして見ると、男たちが左右に退いて真ん中から見覚えのある人物が姿を見せた。

 ソルだった。


「この婚姻を邪魔される訳には行きません。諦めてもらいます」


「隠すつもりはないんだね、こいつらとの繋がりを」


 チラリと男たちに目を向けるが、幸いにも魔法省の職員らしき人間はいなかった。

 ここにいるのは全員、ヤミ教の人間なのだろう。


「隠す必要がないんですよ。婚姻が終わればあなたたちにできることは無くなりますから」


「それまで足止めっちゅうことか……」


「こんなよくわからない組織まで動かして、何をしようとしてるんだよ」


「あなたたちには関係のないことです。とにかく、ここで大人しくしてもらいます。じっとしていれば、怪我せずにあの田舎町に帰れますよ」


「でもルネは連れて帰れないんでしょ」


「当たり前です。ルネ姉さんは元々こちらの家族なんですから」


「ルネが辛い時に支えもしないで、騙して無理矢理連れ帰って……何が家族だよ。ますます引き下がるわけには行かないな。ポロ!」


「わん!」


 僕が呼びかけると同時に、背中のリュックからポロが姿を見せる。

 そのまま首輪を外すと、小さかったポロの体が見る見るうちに巨大化し、魔犬としての姿が露わになった。

 ポロが巨大化すると同時に、首元にピリカが乗る。


「頼むで、道也。ウチらでどれくらい時間稼げるか分からへんからな」


「危険になったらちゃんと逃げてよ」


「分かってるって」


 僕らが向き直ると、ソルが顔をしかめた。


「どうしてこんなところに魔犬が……」


「ウチの看板犬だよ!」


 僕は思い切り息を吐き出すと、全身を変異させ鬼の姿を顕現させる。

 そしてそのまま地面を思い切り蹴って前方にダッシュした。

 正面突破しようとした僕の前に、魔法で障壁を張ったソルが立ちはだかる。

 衝突した衝撃で、大きな閃光が走った。


「邪魔するなよ! このままルネが望まない結婚をして本当に良いのか!?」


「僕たちは……一族の悲願を達成させなければならないのです! それが選ばれし血を受け継いだ者の使命なんですよ!」


「家族の幸せより、神の血とやらがそんなに大切なのかよ!」


「一体どこでそれを……」


 僕が言葉を被せると、ソルはハッとしたように目を見開いた。


「詳しい事情は知らないけど、家族の幸せより血が大切なんて間違ってる! 僕はそんなの、絶対認めない!」


 鬼の力が加速するのを感じる。

 ソルが後ろに後ずさり始めた。

 足が地面にめり込み、それでもなお体を前に押す。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 僕が体を振りかぶって思い切りパンチすると、障壁が破れ、ソルが大きく吹き飛んだ。

 跳ね跳ばれたソルは黒装束の男たちを巻き込んでもなお吹き飛び、やがて壁へ激突する。


「くそ……僕が負けるなんて…………」


 鼻血を流したソルが、恨めしそうにこちらを睨んだ。


「お前も本当はルネが大事なんだろ。なら、家族の幸せを第一に考えるべきだ」


「あなたに何が分かるんです……」


「分かるよ」


 じいちゃんが死んでから、僕はずっと独りだった。

 そんな僕に、ルネは帰る場所を作ってくれた。


「家族は帰る場所で……居場所を与えてくれる。そんな人がいるのは、とても特別なことなんだ」


 話している間に、立ち上がった黒装束の男たちが僕を囲もうと近づいてきた。

 するとポロとピリカが割って入り、それを阻止する。


「道也、時間ないで! さっさと店長連れ戻してこい!」


「あぁ、すぐ戻って来る!」


 そして僕はルネがいる挙式場へと向かった。

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