第10節 潜入捜査と、鬼ごっこ。
駅や道で人に尋ね、どうにか結婚式場へたどり着くことが出来た。
件のグランバーグ聖堂は予想通りかなり立派な建物だった。
巨大なホテルとは別に、挙式用の教会まで存在している。
かなり広い敷地で様々な施設があり、色々な形式の結婚式に対応しているようだった。
「めっちゃでっかいところやなぁ」
「ピリカ、勝手にどっか行って道に迷ったりしないでよ」
「子ども扱いすんなや!」
ルネはどこにいるんだろう。
ピリカと一緒に敷地内を見て回る。
見学の客が多いからか、こうして私服でうろついていても悪目立ちすることはなさそうだった。
この魔法世界でも結婚の形式は基本的に元の世界とは変わらないらしい。
というよりも元の世界の結婚式にも対応しているという印象だ。
和装、洋装の結婚式の他にも多数の方式があるらしい。
存在する種族の分だけ、挙式スタイルがあるのだろう。
「わんわん!」
「ポロ、静かに」
「くぅん……」
「なぁ、ホンマにポロも連れて行くんか? リュックに犬入れたままってヤバいやろ」
「だって可哀そうだろ、こんな場所に置いていったら」
「まぁそうか。仕方ないなぁ」
一通り敷地内を見て回ったが、ルネたちの姿は見つからなかった。
ということは、ホテルの中にいるのかもしれない。
敷地内では私服の客も多くいたが、ホテルの中は少し様子が違う。
何も考えずにうろついていたらすぐに声を掛けられるだろう。
僕たちはなるべく目立たないように、中へと侵入した。
「ルネはどこだろう」
「流石に広すぎて見当もつかへんな……」
すると、視界の端に見覚えのある顔を見た気がして、思わず目を向けた。
「あっ……」
間違いない。
ルネの父親だった。
「ねぇピリカ、あれってルネの父親だよね」
「あ、ホンマや! あのいけ好かん顔、よう覚えとるわ」
「後をつけよう」
渡りに船とはこのことだ。
僕たちはホテルのスタッフに見つからないよう身を隠しながら、慎重に後をつけた。
少し歩くと、彼はどこかの部屋に入っていく。
ドアが締まり切る前に素早く近づき、隙間から中を覗いた。
壁の一面が鏡になっており、そこに室内の様子が映っている。
先程の黒服の男たちに加え、ソルの姿も確認できた。
彼らの中心に立つその人物の美しさに、思わず状況を忘れて一瞬見惚れる。
ルネが純白のドレスに身を包み、鏡の前に立っていた。
驚いていると、ソルとルネの父親の話し声が聞こえてくる。
「悪くないな」
「姉さん、何だかんだ美人ですから」
「普段のじゃじゃ馬さえなければよいのだがな」
ルネの顔はよく見ると生気がない。
魂が抜け落ちているかのような印象を受けた。
まるで人形のようだ。
するとピリカが僕の服を引っ張った。
「なぁ、道也。ちょっと思ってんけど」
「どうしたの?」
「店長、昼間やのに人間のままやないか?」
「えっ? 本当だ……」
確かに今は昼過ぎだ。
この時間帯、本来ルネはうさぎになってしまうはず。
なのに彼女は人間の姿をしていた。
呪いが解けたのだろうか?
確かソルが呪いを解けるとか言う話だったはずだ。
でも、あれだけ苦戦していたのにこんなにあっさり解けるものなのか。
するとまるでこちらの話を聞いていたように、「ルネの呪いはもう解けたのか?」とルネの父が尋ねた。
「まだです。今日は呪いを弱体化させています。ただ、そう長くはもちません」
「夜神の祝福はそう簡単には破れないか……」
夜神の祝福。
その言葉に思わずつばを飲み込んだ。
ストロークホームスで最初にルネから呪いの話を聞かされた時。
ルネが呪いを掛けた相手は、確かこう言っていたはずだ。
――お前に祝福をやる。
ルネが言われたのが『夜神の祝福』という意味だったとしたら。
ルネは夜神ヤミの『祝福』を受けたせいでうさぎの呪いに掛かったことになる。
でも一体、どうしてそんなことに?
「来週の挙式では、ちゃんと人間になるんだろうな」
「完全な解呪はまだですが、大丈夫です。姉さんに掛かった操作の魔法はどうします?」
「このまま挙式が終わるまで維持しろ。仮にも私の娘だ。魔法使いとしての腕は決して悪くない。油断するとすぐに破られるぞ」
「十分気をつけてます」
「挙式を終え次第、婚姻の呪縛を掛ける。そうすればもう花婿から離れることは出来ないだろう。ルネはホグウィードに依存することになる」
「分かりました。でも、父様はそれでいいのですか? 姉さんからしたら、唯一血が繋がった家族でしょう」
「仕方があるまい。悲願のためだ」
耳を疑う。
話の仔細までは読めないものの、今の話を汲み取ると、挙式が終わったらルネはこの街を出られなくなるということらしい。
かなりマズいことになった。
もっと情報はないかと思わず身を乗り出す。
「あ、道也あかんって!」
ピリカが言うも虚しく、ドアがギィッと開いてしまった。
思わず部屋の中に倒れ込む。
驚いてこちらを振り返ったルネの父親と思い切り目があった。
「誰だお前らは!」
「お、お邪魔しましたぁ!」
「逃がすな! 捕まえろ!」
急いで部屋を逃げ出すと同時に、室内にいた黒服の男たちが追いかけてきた。
これはかなりマズい。
「ピリカ、捕まって!」
「わわっ! 急に抱えるなやぁ!」
ピリカを腕に抱え、鬼の血を全身に巡らせる。
そのまま一気にダッシュし、距離を離した。
跳躍するように地面を蹴り、壁を跳ねながら廊下を突き進む。
僕が走った跡に突風が吹き、館内にいたスタッフが悲鳴を上げた。
幸いにも、相手も屋内で下手に魔法を放つのを避けたのか、振り切ることは難しくなかった。
ホテルを脱出し、式場からかなり離れた場所でようやく一息つく。
「はぁ、はぁ。ここまで来たら大丈夫かな……」
「めっちゃ焦ったなぁ」
「ゴメン、僕が迂闊だった」
「しゃあないやろ。でもこれで動きにくくなったんとちゃうか?」
「かもね……」
確かにそうだ。
僕たちがこの街に来ているとバレた以上、警戒されるのは間違いない。
いや、そもそも昨日襲撃を受けた時点で僕たちの存在は知られていたのか?
でもそれにしては、ルネの父親は僕たちのことを全く知らない様子だった。
それに……。
「ピリカ、気がついた?」
「何がや?」
「さっき僕たちが見つかった時、ソルは微動だにしてなかったよ」
「どういうことや?」
「ソルは僕たちの存在を知っていた。でも、ルネの父親は知らなかったってことだと思う」
僕たちを見たソルは、まるで予期していたかのように真顔だった。
もしかしてずっと、気づかれていたんじゃないだろうか。
つまり。
「昨日僕たちに襲撃を掛けた奴らは、ソルの関係者かもしれない」
ルネの挙式は来週。
それまでに彼女を助けなければならない。
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