第8節 真夜中の訪問と、襲撃者。

 張り詰めた空気が漂う中、玄関を見つめていると。


「道也さん」


 暗闇の中からアオイさんの声がした。

 すぐにリビングに部屋着の彼女が姿を見せる。


「アオイさん、起きてたんですね」


「真夜中にインターホンを鳴らされれば流石に」


 ピンポン。


 また音がした。

 僕たちは言葉を噤む。

 暑くないのに、額からは汗が流れた。


「アオイさん、どう思います?」


「警戒魔法に引っかかりませんでした。ただの人間じゃないと思います」


「近所の人という可能性は?」


「それなりに常識がある人たちです。夜中の二時に訪ねてくることはないかと」


 アオイさんが緊張した面持ちをする。

 そんな彼女に僕は言った。


「外にいるの、一人じゃありません。数人は廊下にいるのが分かります」


「囲まれてるってことですか?」


「そうかもしれません」


「よく分かりますね。私は全く分かりませんでした」


「昔から勘は良い方なので。歩き方も、普通ではない気がしました。だから感覚的に嫌な感じがしたんです」


 まるでわざと足音を消すかのような歩き方だった。

 その音や振動が違和感となり、目が覚めたのだ。

 夕食の時の話もあるし、体が無意識に構えていたのかもしれない。


 するとコンコン、と今度はドアがノックされた。


「私が対応します。道也さんたちは念の為隠れておいて下さい」


「気を付けて」


 アオイさんは恐る恐る玄関へと近づき、尋ねる。


「どちら様ですか?」


「お届け物に上がりました。開けて下さい」


 くぐもった男の声が聞こえてきた。

 ただ、温度が感じられない。

 感情のこもらない機械のような声だった。

 それが妙な気持ち悪さを感じさせる。


「夜中の二時に届け物なんて頼んだ記憶ありません」


「急ぎの配達ということで依頼を受けてます」


「この建物はオートロックのはずです。どうやって入ったんですか?」


「たまたま中に入る人が居て、入れてもらいました」


「それにしても非常識です。この時間にドアを開けたくありません。後日にしてもらえませんか」


 するとしばらく沈黙があった。

 そして――


「中の奴らをこちらに差し出せ」


 いきなり相手の口調が変わった。

 相手の言葉に、僕たちは息を呑む。

 次の瞬間、ドンッ! とドアが強く叩かれた。


「ここを開けろ」


「開けないなら?」


 アオイさんが冷や汗を流しながら言う。

 すると、玄関のドアの鍵がゆっくりと回転していくのが見えた。


「アオイさん、鍵!」


 僕が咄嗟に叫ぶと同時に、ドアが開く。

 反応したアオイさんがリビングに飛び込むのと、室内に弾丸のようなものが打ち込まれたのはほぼ同時だった。

 僕はピリカを抱えて弾丸をかわす。

「ひぇっ」とピリカが小さく悲鳴を上げた。


「アオイさん、怪我は!?」


「ありません!」


「何で鍵開いてんねん!」


「開けられたんだよ! 魔法で!」


「魔法やてぇ……!?」


 話している間に玄関から黒装束に身を包んだ人間が中に入ってくる。

 傍目にはまるで死神のように見えた。

 ピリカが怯えて僕の腕にしがみつく。


「何やあいつら! 魔法省か!?」


「違います! 何かもっと……嫌な感じがします!」


 話している間にも黒装束の人間が乗り込んでくる。

 するとアオイさんが立ち上がった。

 いつの間に取り出したのか、右手には刀を持っている。


「私が抑えます。お二人はその間に逃げて下さい!」


「アオイさん!」


 言うな否や、彼女はリビングを飛び出して室外の連中に飛び掛かった。

 それを見た相手は、何やら詠唱を始める。

 刹那、魔法で弾丸のようなものが打ち出された。


 しかしアオイさんはそれらを目視すると、全て刀で弾き飛ばす。

 かなりの動体視力だ。

 すると魔法が通用しないと感じたのか、今度はナイフを取り出してアオイさんに襲い掛かる。


 アオイさんは敵の一閃を避け、蹴りを繰り出して相手の一人を吹き飛ばした。

 しかしいかんせん相手の方が人数有利だ。

 すぐに囲まれてしまった。


「あわわ、どないすんねん道也ぁ……」


「ピリカ、ポロ頼んだ!」


「あ、おいっ!」


 僕は全身の血を巡らせ、鬼化を果たすと瞬発的に廊下へと飛び出した。


「アオイさん、避けて下さい!」


 予期せぬ行動に怯んだ相手の首根っこを掴み、思い切り玄関の方へ投げ飛ばす。

 背後に居た数人を巻き込み、襲撃者が倒れた。


「道也さん!? その姿……」


「話は後です!」


 間髪入れずに二人が飛び掛かって来る。

 僕は素手で相手のナイフを掴むと、アオイさんが相手を蹴り飛ばした。


「引け!」


 誰かが声を上げ、襲撃者はこちらを警戒しながら家の外へ出て行く。

 逃さまいと追いかけたが、もうそこに敵の姿はなかった。

 手すりから身を乗り出すと、吹き抜けになったマンションの廊下から一階へと飛び降りたのが見えた。


「嘘だろ……!?」


 慌てて追いかけようとして手すりに足を掛けるも、アオイさんが僕の体にしがみついた。


「ダメです、道也さん! 深追いは危険です!」


「でもこのままじゃ逃げられちゃいます!」


「一人で追いかけるよりマシです!」


 再び目を向けると、もう襲撃者の姿は無かった。


「何だったんだ……一体」

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