第7節 夕餉と推理と、神の血筋。
アオイさんの厚意で晩ごはんを出してもらう。
机の上に並んだのはローストチキンとスープ、サラダにパンとミートパスタ。
考えれば、今日一日ほとんど何も食べていないから腹ペコだった。
二人と一匹で無我夢中に食物を取り込んでいく。
「いい食べっぷりですね。見ていて気持ち良いです」
「ピリカ、もうちょっと遠慮しなよ」
「むぐむぐ、もごもごごご」
「全然聞いてないな。すいません、ポロの分まで頂いちゃって」
「構いませんよ。ワンちゃんのご飯って初めて作るので迷いましたけど」
「食べたらダメな食材はありますけど、それ以外ならだいたい何でも食べますよ。なぁポロ?」
「わんわん!」
「ふふ、可愛いですね」
尻尾を振るポロを、アオイさんはそっと撫でる。
そんなアオイさんにポロは嬉しそうに身を預けた。
「ピリカもポロを見習ってもうちょっと落ち着いて食べなよ……」
「もぐもぐもぐ」
ほっぺを食べ物で一杯にしたまま、ピリカはドンドンと机を叩く。
何か言いたげだが何を言いたいのかはさっぱりわからない。
僕はそっとため息を吐いた。
すると、アオイさんは何かを考え込むように顎に手を当てた。
店を出てからというもの、彼女の表情は浮かない。
その顔が、どうにも気になる。
「さっきから浮かない顔してますけど、どうかしたんですか?」
「すいません。どうも先程の一件が気になってしまって……」
「店の外に居たっていう人たちですか?」
「勘……みたいなものかもしれません。何だか嫌な予感がしてるんです」
「それって、僕らが狙われてるってことですか?」
僕が尋ねると、アオイさんは無情にも首肯した。
「道也さんたちが見たものが本当だとしたら、ルネに近づこうとする人間が警戒されているのかもしれません」
「でも、それなら僕らが魔法省に来た時に拘束すればよかったのでは?」
「あの小娘は何も知らんみたいやったな」
僕の言葉にピリカが追従する。
「そもそも相手が魔法省かどうかは分かりません。もし魔法省だったとしても、組織である以上一枚岩ではありませんから。おおやけに知られたらマズいこともあります」
「知られたらマズいことか……」
「もし相手が魔法省だった場合、私が詳細を知らないということは、大々的にではなく秘密裏に動いている可能性がありますね」
「表立って僕らを捕まえることは避けるけれど、人知れず拘束はするってことですか?」
「あるいは……消そうとしているのかも」
シン……と嫌な沈黙が食卓に満ちる。
妙な緊張感が漂っていた。
重たくなった空気をごまかすようにアオイさんが乾いた笑いを浮かべる。
「すいません、そんなわけないですよね。ちょっと言い過ぎました」
「ホンマやめてや。肝冷えるわ」
二人が表情を緩めるも、僕は少し違うことを考えていた。
もし、ルネの父親がホグウィードと共に何か大きな計画を立てているとして、その計画を遂行するために、ルネや魔法省という組織を利用しようとしているのだとしたら。
僕たちのように、邪魔になりそうなものを消そうとするんじゃないだろうか。
そこで僕は、ずっと気になっていた言葉を思い出す。
「アオイさん、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「何でしょうか」
「神の血筋って言葉、知りませんか?」
「神の血筋?」
彼女は首を傾げた。
「初耳ですけど」
「ルネの父親が言っていたんです。自分たちは神の血筋だと。太陽と夜の血を一緒にするとも言っていました」
「冗談言ってるようには見えへんかったな」
アオイさんはしばらく考えた後、ハッと表情を変える。
「一つだけ心当たりがあるかも」
「心当たり?」
「上位の魔法を使う人は、そもそも血が違うという話です」
「血が違う……」
「あまり知られていない話ですが、魔法は努力より先天的な才能が大きく影響します。生まれた家系で魔力のポテンシャルが左右されると言われているんです。ルネの一族は優れた魔法使いの血筋と聞いてますから、その系譜を『神の血筋』と呼んでいるのかもしれません」
ふと、いつかルネが口にしていた言葉を思い出した。
――魔法の世界じゃ、血が才能をもたらすと信じる人もいるわね。だから魔法の名家なんてものも存在するわけ。優秀な血を混ぜて、血で魔法を紡ごうとする。
あれは確か、ストロークホームスでフィリさんの魔法が出ない原因を探っていた時だ。
ルネが魔法の才能について僕に説明してくれたのだ。
あの時、ルネは自分の家の話を言っていたのだとしたら。
「ルネとホグウィードが結婚することで、太陽神の血縁と夜神の血縁が混ざる……?」
もしそうだとしたら、『神の血筋』という言葉の意味が具体的になってくる。
僕の言葉に、アオイさんとピリカは怪訝な顔をした。
「神様の血を引く人間なんかこの世界におるんかいな」
「私も知りません。少なくとも、聞いたことはありませんでした」
「でも、可能性はゼロじゃないですよね」
僕の言葉に、アオイさんはしばらく考え込むと、やがて何かを決意したように「分かりました」と告げた。
「明日、魔法省で調べてみます。あそこなら公開されていない資料も手に入りますから、何か分かるかもしれません。皆さんは安全が確保できるまで、しばらくこの家にいてください」
「ホンマに大丈夫かいな」
すると、疲れが出たのか、ピリカが大きなあくびをした。
よく見るとポロもうつらうつらとしている。
「何や、今日ずっと動いてたからなぁ。めっちゃ眠いわ……」
「くぅん……」
二人の様子を見て、アオイさんと僕は顔を見合わせてフッと笑った。
「今日は休みましょう。毛布持ってきますね。普段あまりお客さんを呼ばないのでベッドはないんですが、そこのソファなら寝床になると思います」
「何から何まですいません」
「困った時はお互い様ですから」
食事を終えてお風呂に入ると、旅の疲れもあって僕たちはすぐに眠ってしまった。
深く深く、暗い湖の底に潜り込むように眠りに落ちていく。
そうして、何時間くらい寝ただろう。
不意に足音が聞こえて、僕は目が覚めた。
「何だ……?」
どうしてその時自分が起きれたのかは分からない。
ただ、異様な気配を肌で感じていた。
鬼の血が僕の感覚を敏感にしていたのかもしれない。
ストロークホームスでは覚えのない現象だった。
暗闇の中、眠気眼を擦り体を起こす。
何だか様子がおかしい。
僕は近くに眠っていたピリカの体を揺する。
「ピリカ、起きて」
「むにゃむにゃ、何やぁ。まだ朝になってへんでぇ」
「何だか様子が変なんだ」
「んぇ……?」
ピリカが眠たそうに辺りを見渡す。
「別に、何もなってへんやん」
「空気がおかしい。かなり張り詰めてる気がする」
「何やそれ……」
その時。
ピンポン。
静かな室内に、インターホンの音が鳴り響いた。
それは、終わりの合図にも思えた。
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