第6節 裏口退店と、大豪邸。

「それじゃあマスター、私たちはこれで」


 アオイさんがドアノブに手を掛けて出ようとすると、マスターが「アオイちゃん」と声を掛けてきた。


「ちょっと待った。今出ない方がいい」


「どうしてですか?」


「外に妙な連中がうろついてる」


「えっ?」


 アオイさんが少しだけドアを開き、チラリと外を眺める。

 僕もそっと眺めてみた。

 階段の上に人の姿があるのが分かる。

 正確にはわからないが、かなり大人数にも見えた。

 よく見ると武器のようなものを持っているのが分かる。


「店の客……って感じでもなさそうね」


「ここら辺って治安はどうなんですか? ストロークホームスは夜でも出歩けるほどでしたけど」


「表通りは基本的に大丈夫ですね。路地裏は場所によっては危険です」


「暴力団とか、ゴロツキとか、そういうのはいないんですか?」


「いることはいますけど、どちらかと言うと繁華街の方が多いですね。ここに誰かがたむろするのはあまり見ません」


 自ら危ない場所に行かなければ、という感じか。

 いずれにせよ、このままあまり出歩こうとは思わない。


「どないするんや。まさか乗り込んできたりせんやろな」


「どうだろう。乗り込むならとっくに来てると思うけど」


「危害を加えてくるとは限りませんが……このままノコノコ接触したくないですね」


 アオイさんがドアを閉める。

 すると、カウンターの向こう側でマスターが手招きしていた。


「こっちに裏口がある。こっから出るといい」


「いいんですか? マスター」


「構わないさ」


 アオイさんの問いにマスターは頷くと、僕とピリカの方に視線を向けてくる。


「そっちの二人、ルネ絡みで何か訳ありなんだろう?」


「まぁ、そんなところです」


「アオイちゃんもルネもうちの大切な常連だ。ルネのこと、よろしく頼むよ」


 マスターの手引きに従い、僕たちは裏口から外へ出た。

 最初にアオイさんが通りの様子を確認し、その後僕らへ合図してくれる。


「マスター、ありがとうございます。しばらく危ないかもしれないんで、鍵掛けといてください」


「言われなくてもそうするさ。無事を祈るよ」


 マスターに頭を下げて僕たちは店を出た。

 ちょうどここはビルとビルの狭間はざまに位置するらしい。

 このまま表通りへと出られるようだ。


「こっちへ。さっさと離れましょう」


 表通りに出たが、幸いにも誰もいなかった。


「お二人の宿はどこにあるんですか?」


 アオイさんの質問に二人して「あ……」と声が出る。

 僕たちはどこにも宿を確保出来ていない。

 察したのか、すぐにアオイさんが小刻みに頷いた。


「泊まるところがないなら、私に考えがあります」


 アオイさんはそう言うと道路に向かって手を挙げる。

 するとすぐに僕たちの眼の前に一台の車が止まった。

 タクシーだ。ドアが開き、中に乗り込む。


「どちらまで?」


「この住所に向かってください」


「あいよ」


 アオイさんが行き先を告げてすぐにタクシーが走り出す。

 これでひとまずは安心だ。 

 この世界で車に初めて乗ったが、普通の車よりも揺れが少なく、乗り心地が良かった。

 電動自動車の乗り心地に近いかもしれない。

 魔鉱石を動力にしているのだろうと思われる。


「それで、どこに向かっているんですか?」


 僕が尋ねると「私の家です」とアオイさんは言った。

 聞き間違いかと思い、思わず「えっ」と声が出る。


「近いですし、一応セキュリティもある程度は保証できます」


「でも……いいんですか? ご迷惑になるんじゃ」


「構いません。このままお二人を夜の街に放り出すほうが気がかりです」


 いきなり女性の部屋に上がり込むってどうなんだ。

 しかし気にしているのはどうやら僕だけのようで、ピリカは飄々としていた。

 何だか気恥ずかしさを覚える。


「アオイの家って、もしかして魔法省管轄の建物? 怒られるの嫌やで」


「ああ、確かに。ルネは魔法省の寮に住んでたっぽいこと言ってたね」


「職場では推奨されているんですが、寮って何だかあんまり好きになれなくて……。私は別に家を借りています」


「なら安心やな」


 しばらく車で走るとすぐに大きなマンションが見えてきた。

 30階以上はありそうな豪華なマンションだ。

 いわゆるタワーマンションというやつだろう。


「ここです。入りましょう」


「めっちゃ立派な家に住んでるねんなぁ」


「さすが魔法省勤め……」


「褒めても何も出ませんよ」


 エレベーターに乗って上の階へと向かう。

 アオイさんの家は最上階にあるらしい。


 エレベーターはガラス張りになっており、上層へ昇るとリンドバーグのきらびやかな街並みが広がった。


「ふえぇ、すんごい景色やなぁ」


 ピリカが物珍しそうにガラスにほっぺたをくっつけている。

 マンションと同じ高さの高層ビルがいくつか見えるが、どの建物も巨大なクリスタルが屋上に浮かんでいた。


「もしかして、建物は全部魔力で動いているんですか?」


「その通りです。ここから見える通り、街の各建物には巨大な魔鉱石が設置されています。建物のエネルギーはそれで供給されていますね」


「すごい規模だな……」


 ストロークホームスでは一軒一軒業者が魔鉱石を設置して回っていたが、大都市リンドバーグでは巨大な魔鉱石一つで賄っているのだろう。

 大都市ならではの規模感だ。


 やがて最上階に着いた。

 アオイさんの部屋は角部屋で、鍵が二つついたかなり立派な家だった。

 彼女がそっと手をかざすと、ひとりでに鍵が開く。


「どうぞ、遠慮せず上がってください」


「お邪魔します」


 木造の長い廊下を歩く。

 寝室や広い洗面所が目に入り、奥に進むとやがてリビングへと出た。

 リビングはダイニングキッチンになっており、テーブルの他に数人が腰掛けられるの巨大なL字型ソファが置かれている。

 窓は一面ガラス張りで、リンドバーグの夜景が広がっていた。


「私は少し着替えてきます。どうぞくつろいで下さい。今日一日、疲れたでしょう」


 絵に書いたようなお金持ちの家に、僕とピリカは思わず絶句する。

 そんな僕らを見て、アオイさんは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんですか? お二人共ボーっとして」


「あの、失礼なんですけどアオイさんっておいくつくらいですか?」


「私ですか? 20歳です」


「僕らと同い年……」


「ちょっと差がありすぎやな……」


「お二人とも同じ歳だったんですね。嬉しいです」


「今はそういう話してんとちゃうねん」


 ピリカが悲壮な表情を浮かべた。

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