第4節 面会とアドリブと、見知らぬ女性。

「やっとついたなぁ」


 駅に降り立つとピリカがぐっと伸びをした。

 釣られて僕も体を伸ばすと、全身からポキポキと骨の鳴る音がする。

 かなり長い時間同じ姿勢でいたので無理もないのかも知れない。


 見たこともない賑やかな風景にポロが尻尾を振りながら足元を走り回っている。

 危ないので抱きかかえることにした。


「それで、まずどこに向かったら良いだろう」


 勢いでここまで来たものの、何か当てがあるわけでもない。

 そもそも僕たちはルネの家すら知らないのだ。

 しかしピリカは対して動じた様子も見せず、フフンと得意気な顔を浮かべていた。


「ウチに考えがあるで」

「考え?」


 ◯


「会わせるわけがないのです」


 僕らの顔を見たルネの義妹のダスカが呆れた顔で言った。


 僕らは魔法省本部の建物にいた。

 どこに連れて行くのかと思っていたが、まさか敵の本拠地に行くとは。

 普通にピリカが受付の人とやり取りしているからどこかの施設だと思っていた。


 ダスカとは以前ストロークホームスの収穫祭で会った以来だ。

 あの時は敵対していたこともあり、正直追い返されてると思っていた。

 こうして会ってくれること自体が予想外だ。


「私宛に面会希望者と聞いて誰かと思って来てみれば……田舎者が二人も来るとは思わなかったのです。しかもルネ姉様に会わせろだなんて」


 ダスカの言葉を聞いたピリカは「ええやん!」と声を上げる。


「ちょっとくらい別に構わへんやろ! 上半身! いや、首だけでええねん!」


「怖いのです! どこぞの田舎者に高貴な我が一族が会うわけないのです! と言うか私がこうして対面しているだけでも感謝してほしいのです!」


「やっぱアカンか」


 プンスカするダスカにピリカは肩を落とす。

 騒ぎを聞きつけたのか警備員も遠巻きに僕たちを見つめていた。

 何か騒ぎでも起こそうものなら、すぐに拘束されそうだ。


「じゃあ、どうして僕らの面会に応じてくれたの?」


「不服ではありますが、一応顔見知りではありますから。そのまま帰らせてはバツが悪いですし、それに……」


 ダスカの歯切れは悪い。

 浮かない顔の彼女に、僕とピリカは顔を見合わせる。

 すると警備員の一人がこちらに近づいてきた。


「ダスカさん、この二人追い払いましょうか」

「心配いらないのです。もうお引き取りいただくのです」


「ちょ、ちょっと待てや! まだ全然肝心なこと聞けてへんやんけ!」

「これ以上話すことなどないのです」


「じゃあせめてルネの現状を教えてよ」


 僕たちが最後に見たのは、魔法でルネが人形のようになってしまう姿だった。

 あのルネが魔法で遅れを取るなんて、何かの間違いだと思いたい。

 でも僕の嫌な予感を肯定するように、ダスカはどこか浮かない顔をしていた。


「ルネ姉様はあなたたちにはもうお会いになりません。あの田舎町に帰ることもありません」

「嘘だ。ルネはすぐ戻るって言っていた」


「変わったのです。ルネ姉様も……ソル兄様も」

「ソルも?」


 気になって僕が尋ねると、ダスカはハッとしたように首を振った。


「と、とにかく! ルネ姉様があなたたちとお会いすることは金輪際ありません! どうぞお引き取りくださいです! あの下らない田舎町でお幸せに!」


 ◯


「結局追い出されてしもたなぁ」

「どうしようか、これから」


 すっかり空が暗くなった大都市リンドバーグの道を、僕たちはとぼとぼと歩く。

 夜にもかかわらず街の中は非常に明るい。

 該当もさることながら、ビルの上に設置された巨大なクリスタルたちが街を魔法の光で照らしているのだ。

 それは何だかビカビカしていて、心が落ち着かない。


「しもたなぁ。店長の実家に押しかけるって手もあったかぁ」

「僕たち、住所知らないね」


 さっきダスカにあった時に聞いておけば良かったか。

 いや、あの様子だと流石に教えてもらうのは難しいだろう。


「そもそも、ウチらこの街の土地勘もないからな。住所教えてもろてもたどり着ける自信ないわ」

「ピリカ、この街に詳しいんじゃないの?」


「こんな広い街やで? 来たことは何回かあるけど、正直数日滞在した程度や」

「そっか」


「あーあ、宿もないし、せめて案内役でもおったらええんやけどな」

「すいません、ちょっと」


 不意に背後から声を掛けられ、僕とピリカはほぼ同時に後ろを振り向く。

 黒髪ロングヘアーの、スーツを着た女性が立っていた。

 日本人ぽい顔立ちの、和服が似合いそうな美人だ。

 目がすっと切れ長で、凛々しいと言う印象を受ける。

 スーツの意匠がダスカのものと似ていたから、魔法省の職員だとすぐに気がついた。


 彼女は息を切らして僕らの前に立っていた。

 走って追いかけてきたらしい。


「あの……僕たちに何か用ですか?」


「驚かせてごめんなさい。あなたたちがルネの知り合いだと思って、思わず追いかけてしまって」


「えっ? ルネを知ってるんですか?」


 目を丸くする僕に、彼女はそっと微笑みを浮かべて頷いた。


「私はアオイ。魔法省の、ルネの元同期です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る