第3節 電車と、記憶と、巨大都市。

 翌日、僕たちは店の前に集合していた。

 荷物は最低限で、着替えも現地調達だ。

 今回は何となく荒事になりそうなのを肌で感じていた。


「ほな行くでぇ。奪還作戦決行や」


「張り切るにはまだちょっと早いけどね」


 ピリカは興奮した様子でブンブンと手を振り回している。

 その様子を見て僕は思わず苦笑した。


「にしてもピリカ、いつになく張り切ってるね」

「そりゃそやろ。店長のピンチなんやから、一大事や」


 そう言った彼女の視線はどこか覚束ない。

 じっと目を見ると逃げるように視線を逸らされた。


「まさかだとは思うけど……観光する気じゃないよね?」


「そ、そんなわけあらへんやろ。店長助けて一段落したらちょろーっと街を見て回ろ思ただけでな」


「やっぱり観光する気満々じゃないか」


「せやかて勿体ないやろ! せっかくリンドバーグまで行くのに店長奪還したら即帰宅なんて!」


 思わず呆れてため息が出る。

 リンドバーグはこの世界でも特に大きな魔法都市らしい。

 ピリカは昔足を運んだことがあると言っていたが、また行くのが楽しみなのだろう。

 こうしている間にもルネがどうなっているかわからないのに、呑気なものだ。


「リンドバーグっていわば敵の本拠地でしょ? そんな場所に長居してたらルネを助けてもすぐ捕まっちゃうよ」


「そんなもん、ここに居ても一緒やろ。むしろ街のやつが巻き込まれる分、余計悪いわ」


「それはそうだけどさ……」


 ピリカは僕の肩を叩こうとしたのか手を伸ばしてきたが届かないので、かわりに腰の辺りをポンポンと叩いた。


「まぁ、焦っても仕方あらへんやろ。こういう時はドンと構えるのが大事やねん」


「よく言うよ」


「道也こそ、なんでポロなんて抱えとるんや?」


 ピリカは僕の姿を不思議そうに首を傾げた。

 そう、僕はポロを抱きかかえた状態でリュックを背負っていた。


「いや、だって前回ブルーアクアに行った時からゴドルさんに預けっぱなしだったからさ」


「そのまま預けとけや。今回は遊びちゃうんやぞ」


 先ほどの自分の言動を棚に上げてピリカは言う。


「ポロの魔犬の力は必要だろ。それにずっと置いていったら可哀想だし」


「せやかてなぁ」


「わんわん!」


 ポロはつぶらな瞳でピリカを見つめる。

 見つけられたピリカはわなわなと体を震わせたあと、やがて堪えきれずデレついた顔で破顔した。


「ううう……そんなまんまるのかわいい顔でウチを見るなや……わしゃわしゃわしゃ」


「わんわんわん!」


 ピリカはポロの顔を両手で挟み込んで撫で回している。

 なんだかんだ言っても、かわいい愛犬には弱いのだ。


「でもリンドバーグって魔法省がおるし、治安が良い分厳しいからなぁ。魔犬なんか連れて行って大丈夫かいな」


「大人しくしておけば大丈夫だと思うけど。首輪もあるし、僕らが抱き抱えてたら普通の犬にしか見えないよ。魔犬の力を使うのはあくまでいざという時だけってことで」


「わん!」


「せやったらええけど」


 そこでピリカは不意に僕のポケットからスマホを取り出すと「こりゃあかん」と声を出した。


「そろそろ行かんと電車が来てまう。ほな行くで


「あ、待ってよピリカ」


 こうして僕たちはリンドバーグへ出立した。

 何だか色々と準備不足な気もしたが、今は確認している余裕はない。

 お店の入口には店長不在でしばらくお休みすると出しておいたし、とりあえずは大丈夫だろう。


 ストロークホームスの駅に向かい、リンドバーグ行きの電車へ飛び乗る。

 犬を連れて乗ると怒られるかと思ったが、意外にも文句は言われなかった。

 田舎から都会に向かう電車は比較的そういうのが緩いらしい。


 電車に揺られてリンドバーグへ向かい、ガタガタと電車が揺れた。

 ブルーアクアに行った時と違い、僕らの間に流れる空気は重い。

 無意識のうちに気を張ってしまっているのかも知れない。


「リンドバーグの中にもいくつか都市内地下鉄があってなぁ。そこではポロもカバンに入れるなりしたほうがええかもな」


「なるほどね」


「わん!」


 最初は緊張感があったものの、リンドバーグまでは長距離移動となる。

 電車の揺れに身を任せてるうちにやがて心も落ち着いていった。


「ブルーアクアもリンドバーグも、本当に遠いんだね」


「それだけストロークホームスが田舎っちゅう話や」


 半日ほど電車に揺られていると、やがて日が沈み夜になった。

 片道10時間と言ったところか。


「すっかり夜だね。外も真っ暗だ」


「時間的には多分そろそろ着くやろ。見えてくるんちゃうか? ほれ」


「えっ?」


 ピリカに言われて外を眺めると、真っ暗に見えていた外の風景に、突如として光が浮かんだ。


 灯りに照らされた大きな街。

 その上に街全体にも匹敵するような巨大な輝くクリスタルが浮かんでいた。


 円柱型の高層ビルが立ち並び、ビルには小さな看板がいくつも怪しく輝いていた。

 各建物の屋上にも小型のクリスタルが浮かび、それが建物と街を美しく照らしている。


 元の世界の大都市東京にあるものよりもずっと大きな建物ばかりだった。

 建物の隙間を飛び交う魔女たちのホウキにも何やら機械類のようなものが装着されている。


 大都市リンドバーグの姿がそこにあった。


「すごい……」


「これが大都市リンドバーグや。世界中から魔法使いが集まり、魔法の道具やら素材が集まり、情報が集まる。トップクラスの大魔法都市であることは間違いあらへん」


「ストロークホームとは大違いだね」


 やがて電車は都市に入った。

 高速で景色が駆け抜けていき、アイドルと思しき女性が映った大きな看板や、ゲームキャラクターのようなものが描かれた映像なども流れている。

 魔法世界ではあるが、こうした文化は元の世界と共通していた。


 どこか既視感のある光景に、少しだけ安堵する。

 それと同時に目の前に広がる景色は、どこか近未来的だと感じた。

 サイバーパンクのSF映画を見ているみたいだ。

 ただ、街並みは雑然とはしておらず、ずっと整っているように見える。


「道也はこういう大きい街来るの初めてか?」


「元の世界で一回行ったことあるよ。学校の遠足か何かだったかな」


 でも、あまりいい思い出ではなかった。


 確か孤立して無理矢理どこかの班に入れられたっけな。

 僕が入った途端、その班の空気が重くなったのを覚えている。


「遠足かー、楽しそうやな」


「そうでもないよ。僕にとって学校は、孤立して耐え忍ぶだけの場所だったから」


「相変わらず暗いなぁ。まぁ、今回も楽しい思い出って訳にはいかへんやろけど」


 その時、電車の中に音声が流れ始めた。


【次は終点ー。リンドバーグ、リンドバーグ】


 いよいよ僕たちはたどり着いたらしい。

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おかえり、ストロークホームス。 @koma-saka

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