第10話 ここが君の帰る場所。
第1節 彼女の不在と、静かなお店。
ルネが『御月見』を去って数日経った。
あれから連絡はなく、そしてルネを止めることができなかった僕たちは無力感と、微妙な物悲しさの中で日々を過ごしていた。
「道也、この商品の在庫どこー?」
「えっと、そこの棚の中に入ってない?」
「いや、見当たらへんけど」
「ええ? ちょっと見せてよ。あ、本当だ。品切れになってる」
「しっかりしてや、ほんま」
「すいませーん、お会計お願いしたいんですけど」
「あ、ただいま参りますー!」
ルネがいなくなってから微妙に『御月見』は調子が悪い。
上がり調子だったのが、徐々に落ちてきている感じだ。
在庫切れも頻発するようになり、特にルネが製作していたオリジナルアイテムの欠品が著しい。
こればかりは当人がいないとどうしようもないので、正直困り果てている。
ルネはかなり棚の入れ替えを頻繁に行うタイプだったこともあり、商品の位置を正確に把握しているスタッフがいないのも困りものだった。
僕もある程度は把握していたが、たまに探しても見つからないことがある。
ポンコツ店主などと普段から揶揄していたものの、案外彼女は優秀だったらしい。
「今日の会計終わったで。店閉めよや」
「わかった」
僕がお店の看板を『クローズ』にしようとしていると、ローブを着た物静かそうな女の子が話しかけてくる。
「あ、あの……すいません」
「いらっしゃいませ。お買い物ですか? まだ大丈夫なので中にどうぞ」
「あ、ありがとうございます……。あの……ここって前まで夜中もやってませんでしたっけ……」
「前まで夜は店長が趣味で開いてたんですけど、ちょっと今事情があって長期の外出に出てまして。夜営業は辞めてるんです」
「あ……そうなんですね……残念」
お客さんが買い物を済ませるのを見送り、ようやくお店を閉める。
店の戸締まりを終えた僕に、ピリカは首を傾げた。
「今日も夜間営業目当てのお客さん来たんか?」
「うん。案外夜の常連さんも少なくないんだよね」
意外だったのが、夜間営業に結構な数の常連さんがいたということだ。
ほとんど毎日誰か訪ねてくるし、夜の営業を一時的に止めていると言うと残念がられる。
でも考えてみれば、この街で深夜帯まで営業をしている魔法店は『御月見』くらいだ。
そういう意味合いでも、夜の時間帯はほとんど独占状態だったわけで、案外需要はあったのだろうと考えられた。
ルネの不在は、少しずつ染み込むようにその影響を広げていく。
お客さんたちにもそれは伝わっているらしく「今日は店長さんいないんですか?」「あの変な接客の店員さん辞めちゃったんですか?」と尋ねられることが増えた。
普段から癖のある接客をしていたのと、SNSで宣伝もしていたため、案外隠れファンが多かったのだ。
それに何より。
「それにしても何か……静かやなぁ」
僕とピリカのテンションも、微妙に低いままだった。
ルネがいないせいか、いまいち調子が出ない。
喉に刺さった魚の小骨のように、ずっと心の中に引っかかり続けているのだ。
あの時、ウサギの呪いを負い目に感じて出ていこうとするルネを僕らは止めることができなかった。
もちろん説得はしたけれども、もっと他に言いようがあったのではないかと思ってしまうのだ。
ほとんど流されるがまま出ていくルネを、僕らは見送ることしかできなかった。
あれから数日。
ルネからの連絡は未だにない。
どのみちこのままではジリ貧だ。
商品に出しているルネのオリジナルアイテムも尽きてきているし、お客さんも戸惑っている。
今はまだ大丈夫だけれど、このままルネが戻ってこないと、いつかはお店が潰れてしまう可能性だってある。
そうなったらルネに顔向けできない。
どうしたら良いんだろう。
答えが見えないまま、日付だけがどんどん進んでしまっている。
夕食を終えて、一通り片付けをしたところでふと思い出す。
そういえばここ最近ルネの部屋を掃除していなかったな。
僕たちは普段家事を当番で分けているのだが、それは共用スペースのみの話だ。
自分の洗濯や自室の掃除などは原則自分で行うようにしている。
ルームシェアをする以上、プライベートな空間はきっちり分けようというのが暗黙の了解となっていた。
「ねぇ、ピリカ。ルネの部屋結構放ったらかしだけど、掃除した方が良いよね」
リビングで食後のお茶を飲んでいるピリカに相談すると「あー、確かに……」と微妙な表情を浮かべていた。
「しゃあないな。店長が戻って来た時ホコリまみれやったら可哀想やし、掃除しとこか」
「まぁ、こんな時くらい勝手に部屋に入っても許してくれるよね」
「店長、案外ちょろいし大丈夫やろ」
二人でやいのやいの言いながらルネの部屋へと入る。
物置の一画を寝床にしているピリカや狭いロフトを使っている僕と違って、ルネの部屋はかなり広くて居心地が良かった。
大きな本棚がいくつか置かれており、魔法関連の書籍がきれいに整頓されている。
棚や机の上にはいくつか魔法道具のようなものが置かれており、革製の袋や水晶玉、小瓶に入った色とりどりの液体なんかが目に入った。
部屋の片隅には小さな観葉植物なんかも置かれている。
そういえばルボスさんのお店に度々足を運んでたな、なんてことを思い出した。
ただ、普通の植物とかなり形が変わっていることから、何らかの魔法の実験に使ったのだろうと思われる。
葉っぱがクリスタルのような形状になっているし、その中にこっそり混ざって人形の植物も植えられていた。
それを見たピリカが「うげっ、マンドレイクまであるやん」と顔をしかめている。
「なかなかけったいな部屋やな」
「整頓はしっかりされてるけど、いかにも魔法使いって感じの部屋だね」
アンティークや雑貨が目立つのは、多分ルネの趣味だろう。
わざわざ魔法店の経営をしようとするくらいだから、本当に小物が好きだったんだろうな。
そんなことに今更気がついた。
「あんまり棚とかは触らん方が良さそうやな。家具とか床とか適当に掃除しとこか」
「そうだね」
ゴミを吸着するクリーナーでベッドの上のホコリを取り、床のゴミは掃除機で吸っていく。
ここらへんは元の世界とほとんど変わらないのが良いところだ。
違うところといえば、原動力が魔力の込められたクリスタルというところなのだが。
いずれにせよ、慣れればそれほど抵抗はなかった。
二人掛かりでやると流石に早く、掃除はすぐに完了した。
仕上げに部屋のゴミ箱の中身の回収などをしていると「なぁ道也」とピリカが声を掛けてくる。
「これ何やと思う?」
ピリカが指さしたのは作業机の上に置かれていた水晶玉だった。
地球儀のような飾り具に水晶玉が飾られている。
ただ、普通の透明な水晶ではなかった。
水晶の中に深い紺色の空間が広がり、そこに混ざり込むようにキラキラと様々な色に輝く光が満ちている。まるで天の川だ。
「何だろう、きれいだね」
「結構大きい水晶やなぁ。何に使うんやろ」
「ただのインテリアじゃないの?」
「こんな目立つインテリアあるかなぁ」
僕らが水晶玉を見つめていると、不意に水晶が大きな光に満ち溢れた。
「何や!? 発動したで!」
「光ってる……魔法道具っぽいね」
「ヤバいんちゃうか!? 逃げようや道也」
「待って、何か変だよ」
僕とピリカは顔を見合わせ、水晶玉を覗き込む。
すると、星空のような物が浮かんでいた水晶玉の中に、不意に景色が映し出された。
どこかの建物の一室のような場所で、大人が数人座っている。
映し出された景色にはルネの姿があった。
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