第12節 迎えと交渉と、さようなら。
ブルーアクアでのひとときを楽しんだ僕たちは宿を後にした。
僕たちより一日後に来たウタコさんたちは、もう一泊してから帰るそうだ。
「じゃあウタコさん、またストロークホームスで」
「ええ、皆さんもありがとう」
駅前にて、ウタコさんやサクラさんに見送られる。
僕の肩にはウサギになったルネもいた。
荷物を持った僕たちを見て、フィリさんが悲しげに顔を落としている。
「ううう、せっかく道也さんと一緒だったのにぃ……」
「フィリがお酒飲みすぎるからでしょ」
「わざとじゃないもん……」
その様子を見てルボスさんが「やれやれだな」と肩をすくめた。
「お前ら、気を付けて帰れよ。帰りも長旅だからな」
「ルボスさんもありがとうございます」
僕が言うと彼はキョロキョロと辺りを見渡した。
「そう言やあの小娘はどうした?」
「えっと、ルネは――」
ウサギのルネにギロリと睨まれる。
言えないな。
「魔法で先帰っちゃいました。ルネ、ああ見えて魔法の名手なんで」
「何だ、全員連れて帰りゃいいのに、薄情な奴だな」
ルボスさんが呆れた顔をする。
ルネが忌々しげに僕の顔を蹴った。
やめてくれ。
その時、駅の構内にアナウンスが流れた。
ストロークホームス行きの電車がもうすぐ到着するらしい。
「道也、そろそろ中入んで」
「うん。じゃあ皆さん、また」
「ほなな」
先に改札を抜けたピリカの後を追って僕も中に入ろうとすると「道也さん」と声を掛けられた。
サクラさんだった。
「本当にありがとうございます。皆さんが来てくれたから、大切な親友ともう一度話すことができました」
「僕らは何もしてませんよ」
しかし彼女は首を振る。
「背中を……押してもらいました。サクラが道也さんたちをここに読んだ理由がわかった気がします」
「みんな、素敵な人でしょう?」
ウタコさんがそっとサクラさんの肩に手を置いた。
サクラさんは嬉しそうに頷く。
「ウンディーネの街は、いつでも皆さんがくるのを待ってます。本当にありがとうございます」
彼女は、人魚にふさわしいとても美しい笑みを浮かべた。
◯
サクラさんたちと別れた僕たちは帰りの電車に乗る。
電車が過ぎ去るまでみんなが見送ってくれ、姿が見えなくなったところで三人揃って一息ついた。
「あぁ、何か今回の旅、楽しかったけどなんか疲れたなぁ」
「旅疲れってやつかもね」
「もうすぐ現実かぁ。嫌や……働きとうない」
「貧乏暇なしってやつかもね」
「ひょっとして、道也も疲れてる?」
「そうかもね」
「……そうみたいやな」
時間をかけて電車に揺られ、御月見に戻ってくる頃には夕方になっていた。
電車を降りると、いつものストロークホームスの街並みが僕たちを出迎えてくれる。
何だかそれが、酷く懐かしいものに思えた。
「やっぱ安心するなぁ」
「故郷って感じだね」
「ま、本当の故郷とはちゃうけどな」
ぐっと伸びをするピリカを見ていてふとルネがいないことに気がついた。
どこに行ったのだろう。
「うーん、やっぱホームタウンっていうのはいいわねぇ。安心出来るわ」
いつの間にか人間に戻ったルネが僕の隣に並んでいた。
彼女はさっさと歩くと、僕らを振り返る。
「さ、あんたたち。帰って明日の開店準備するわよ」
「えぇ!? もう店開くんかぁ? 年末年始なんやし、もうちょい休もうやぁ」
「バカ。こう言う時だからこそ周りと差をつけるんじゃない」
「商売魂たくましいなぁ」
駅前で少し買い物を済ませて家に帰って来ると妙な変化に気がついた。
玄関のドアに手を掛け、思わず首を捻る。
「あれ、おかしいな……」
「どしたんや?」
「鍵が開いてるんだ。行きしな確かに閉めたのに」
「そう言えば鍵閉めとったな。覚えとるわ」
僕がルネを見ると彼女の顔に緊張が走った。
誰かが忍びこんだのかもしれない。
その顔はそう告げていた。
音を立てないよう慎重にドアを開き、中へと入る。
するとリビングの電気が点灯していた。
行きしなは確かに消していったのに。
「道也、私が合図したら先に飛び込んで。相手が姿を見せたら魔法を撃つから」
ルネが小声で言う。
「いきなり撃っちゃっていいの?」
「ちょっと拘束するだけよ。いくわよ……3、2、1……今!」
ルネの合図で僕が飛び込むと、テーブルについて誰かがお茶を飲んでいた。
その姿には見覚えがある。
「君は……」
「道也、無事!?」
すぐにルネが飛び込んできて、相手を見て目を丸めた。
「あんた……」
座っていたのはソルだった。
彼は突然飛び込んできた僕らに驚く様子もなく、静かに視線をこちらに向ける。
「迎えに来たよ、ルネ姉さん」
◯
「ソル、あんた人ん家で何やってんのよ!」
「何って、ちょっと鍵を開けて中に入っただけだよ。魔法も掛けないで出るなんて不用心だね」
「鍵かけたら普通は魔法なんて掛けないもんなのよ。少なくともこの街ではね」
なんだ、とソルは言う。
「ウサギになってて掛けられなかったんだと思った」
ざわ……と空気が波立つ。
ルネの秘密が知られている。
「あんた、何でそれを」
「家族なんだから知ってて当然でしょ。それに魔法省のエリアルから聞いたよ。呪いに掛かってるんでしょ? 昼間はウサギになるっていう」
「エリアルって誰?」
「私の元クソ上司。あのお喋りめ……」
ルネは周囲を警戒している。
「今日、ダスカや他の奴は……?」
「ここにはいない。僕一人で来たからね」
「何が狙いなの? 迎えに来たとか言ってたけど」
「言葉の通りだよ。僕と一緒にリンドバーグに戻ってもらう。父さんの命令だ」
「はぁ!? 帰るわけ無いでしょ! 長い間人のこと放置したのはそっちじゃない!」
「こっちにも色々あるんだ。事情は追々話すよ。部外者の前でするような話じゃないからね」
ソルがチラリと僕らを見る。
お前らはルネの家族じゃないぞと、明確に一線引かれた気がした。
しかしルネはそんなソルを蹴散らすようにフンと鼻を鳴らす。
「馬鹿なこと言わないでよ。着いていくわけなんて無いでしょ」
「じゃあ、呪いを解く方法を教えると言ったら?」
「何ですって?」
ルナが驚いたように目を見開く。
「無理よ。解呪のエキスパートだったエリアルが無理だったのに。彼が解けないなら呪いを解くのは不可能だって……」
「一般的な魔法の範疇ならそうかもしれないね。でも、僕なら解けると言ったら?」
「えっ?」
ルネは絶句する。
僕らも思わず言葉を飲み込んだ。
この魔法界で大魔法使いに位置するであろうルネでも諦めた呪いを解けるだなんて、本当に可能なのだろうか。
「僕の研究分野は古代魔法だ。古代魔法には普通の魔法にはない特殊な技術が多数存在する。僕なら姉さんの呪いを解けるかもしれない」
「本当に……? なら早く呪いを解いてよ!」
「焦らないでよ。もちろんタダでとは言わないよね。姉さんを診るかわりに、こちらの条件も飲んでもらう。一緒にリンドバーグに来るんだ。話はそれを飲むかどうか、姉さんが決めてからだよ」
「うぐぐぐぐ……」
ルネがギリギリと歯軋りする。
ルネからしたら最悪の条件の提示だ。
何だか嫌な予感がする。
僕はそっとルネの肩に手を置いた。
「ルネ、やめておこう。きっとろくな条件じゃないよ」
「せやで。ウサギを戻す方法はうちらでも調べられるやろ。焦らんでもええんちゃう」
僕らはルネを止める。
多分ピリカも、同じように嫌な予感がしているのだろう。
ルネは僕らの呼びかけに答えることなく、ジッと何かを探るようにソルを見つめている。
「私、思ってたのよ」
彼女はポソリと呟く。
「ずっと歯痒かった。昼間になると何も出来なくなる自分が」
「ルネ?」
「私がいたらすぐに解決してたことが、長引いて、あんたたちに苦労かけて。私は店長なのに……」
「そんなの気にしないでよ。仲間だろ」
「せやで。それにウチは戦闘なんかからっきしやし、迷惑掛けてんのはお互い様や」
僕らは必死にルネを説得する。
しかしルネは何かを決意したように、瞳に意思を宿らせていた。
「行くわ」
「ルネ……」
何となく気づいていた。
こうなった時の彼女は、もう止められないのだと。
「行って、ちゃんと元に戻って帰ってくる。あんた達とちゃんと過ごせるように」
「でも呪いが解けたらルネは魔法省に戻るんじゃ……」
「戻らないわよ。ここでの暮らしは嫌いじゃないし、それに……まだまだこのお店を大きくするんだから」
「話は決まったようだね」
カチャリとカップを置いたソルは立ち上がり、ルネに手を差し出した。
「行こう、姉さん」
ルネはそっと、その手を取る。
「ルネ!」
「店長、待ってや!」
僕らが叫ぶと、ルネはニコリと悲しそうな笑みを浮かべた。
「お店、頼んだわね」
その言葉と同時に、大きな突風が吹き、店の入口が開いた。
予期せぬ現象に僕らは思わず目を背ける。
次に顔を上げた時、もうそこにソルとルネの姿はなかった。
こうして、ルネは僕たちの前から姿を消した。
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