第11節 思い出の場所と、仲直り。

「さぁさぁ、こっちよ」


「待ってください」


 宵がすっかり深まった頃。

 ウタコさんに連れられた僕たちは皆で丘を登っていた。

 そのなかにはサクラさんまでいた。


「すいません、サクラさんまで付き合わせてしまって」


 小声でサクラさんに話しかけると「いいの」と彼女は笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ、今日泊まっているのは皆さんだけで他にお客様もいらっしゃいませんし。それに」


 彼女はそっとウタコさんの背中を見た。


「ウタコが何か企んでるのを見ると、何だか昔を思い出しますから」


 彼女の瞳に重なるのは、恐らくかつてのウタコさんの背中なのだろう。

 何かを企んで、自分の手を引いてくれる。

 そんな姿に違いない。


「そう言えばフィリさんとミランダさんは?」


 思ってみれば先程から姿が見えない。

 不思議に思っているとピリカが口を開く。


「フィリなら酔っ払ったって言って部屋行ったで。ミランダは介抱しとる」


「あぁ、そう……」


 旅先のこうしたイベントに参加できないのはもったいない気もしたが、だいぶ酔ってたから仕方ないか。

 きっと明日愚痴を言われるんだろうな。


 そんなことを考えてチラリとルネを見ると、不意に目が合った。

 しかしすぐに逸らされてしまう。

 近づこうとしても距離を取られてしまうし、なかなか上手くコンタクトが出来ない。

 僕はそっとため息を吐いた。


 にしても。


「ウタコさん、これって一体どこに向かってるんですか?」


「それは到着するまでの秘密」


 ウタコさんは教える気がないらしく、何を尋ねても笑顔でかわされてしまう。

 しかしサクラさんだけが「ここは……」と呟いていた。

 心当たりがあるようだ。


 やがてたどり着いた場所を見て、誰ともなく「うわぁ」と声を上げた。


 僕らは小高い丘の上でブルーアクアの街を一望していた。

 美しい海の街が眼下に広がっている。

 月明かりに照らされたブルーアクアの街は、まるで夜に祝福されているように輝いて見えた。


「すげぇ景色だな……」


 ルボスさんが目を輝かせる。

 するとウタコさんはシーッと僕らを制した。

 彼女はスマホ端末を見ながら「もうすぐ年明けね」とつぶやく。


「見ていて。とってもキレイな現象が見れますよ」


「これよりもキレイなんですか?」


 一体なんだろうか。

 不思議に思っていると、間もなくそれは起こった。

 暗闇に沈んで見えたブルーアクアの海が、急に透明になり海の底まで見渡せるようになる。


 ブルーアクアの海が美しく光り輝き始めたのだ。

 蒼く澄んだ透明な海から、エメラルドグリーンの輝きが解き放たれている。


 人魚たちが海を泳ぎ波の音が響く静かな夜に。

 ブルーアクアの街が美しい光を解き放っていた。


「キレイ……」


「めっちゃすごいなぁ」


「一体何が起こってるんだろう」


 僕たちが三者三様に呟くと「新年明けましておめでとう」とウタコさんは微笑んだ。


「これを皆さんに見せたかったの」


 ウタコさんは笑顔のまま海を見つめる。


「この街は昔から、年明けになると海が輝くの。海に流れ出る温泉の成分を混ぜることで、年に一回、こう言う現象が起こせるんです」


「へぇ……。年明けに起こるなんて何だか神秘的ですね」


 昼間街を歩いていた時のことを思い出す。

 人魚たちが海を泳ぐのは温泉の成分を海に行き渡らせるためだとウタコさんは言っていた。

 それはきっと、この光景を生み出すためなのだろう。


「ここはね、私にとって思い出の地なの。大切な友達と過ごした思い出がたくさんある場所。もう二度と見られないと思ってたけど、もう一度見れてよかった」


 ウタコさんはそっとサクラさんを見る。

 目があったサクラさんはハッと目を見開いた。


「大切な人が待っていてくれたおかげね」


 サクラさんは、泣きそうな顔で唇を震わせる。


「ウタコ、私あの時見送りに行かなかったのは、あなたを嫌いになった訳じゃなくて――」


 話そうとするサクラさんの言葉を、そっとウタコさんは制した。

 サクラさんの頬に、ウタコさんは手を伸ばす。


「わかってる。私が故郷を断ち切れるように背中を押してくれたのよね。サクラは昔から不器用だったから。でもその不器用な優しさが嬉しかった」


「ウタコ……ごめんね、ウタコ」


「泣かないで。サクラが待ってくれていたから、私は戻ってきたの。あなたが私の帰る場所になってくれたから、私の大切な人たちを連れて来れた」


 ウタコさんとサクラさんが抱き合う。

 ジンとする光景にルボスさんが「いい話だなぁ!」と号泣していた。

 ブーッと鼻水をかんでいる。


「台無しやな……」


 僕が思ったことをピリカが代弁してくれた。

 すると奥の方で、一人海に見惚れるルネの姿が目に入った。


 今こそ話しかけるべきだろうか。

 でも、一歩足が出ない。

 また逃げられたらどうしようという葛藤が自分のなかにあった。


「道也くん」


 背後からウタコさんが声を掛けてくる。


「伝えたいことは、ちゃんと話せるうちにね。たくさんの言葉はいらない。きっと少し話せば分かり合えるから」


 そうだ、今だから話さなきゃならないんだ。

 せっかくルネとわかり合えたと思ったのに、このまま距離が出来てしまうのは寂しい。

 ただ、その気持ちを言葉にすれば良い。


 僕は頷くと、そっと決意を固めルネに近づいた。


「ルネ」


 声を掛けるとルネがこちらを見て目を見開く。

 距離を取ろうとする彼女の腕を掴んだ。


「逃げないで。少し話したいだけなんだ」


「だ、誰も逃げてなんか……」


 ルネの抵抗が無くなり、僕はそっと手を離す。

 少しの間の後「ごめん」と頭を下げた。


「お風呂のこと、悪かったよ。ルネの裸を見るとか、そんなつもりなかったんだ」


「うぅぅ……」


「だからいつも通り接してほしい。ルネがそんな様子だと、こっちまで調子出ないよ」


 ルネはすこしばつが悪そうにすると、気まずそうに眼を逸らした。


「……ってない」


「えっ?」


「別に怒ってない! お風呂のことはその……私の不注意だったし」


「じゃあ何で?」


 僕が尋ねると、ルネは顔を赤らめて俯いた。


「なんか気まずかったのよ。顔合わせづらかったと言うか」


「今更?」


「だって仕方ないじゃない。……男として意識しちゃったんだから」


 ルネの声は消えそうなくらいかぼそかった。

 最後の方が波の音にかき消され、上手く聞こえない。


「何て?」


「何でもない!」


 怒鳴るようにルネは言うと、僕をビッと指さした。


「言っとくけどあんた、年越したからって調子乗るんじゃないわよ! 来年はいつも以上にこき使うんだから」


 年を越したら調子に乗るという理論がよくわからない。


「別に乗ってないけど。それに来年じゃなくてもう今年だろ」


「すぐ人の上げ足取らない!」


 僕らはしばらく言いあうと、やがてどちらともなく笑った。

 あんなに喧嘩していたのに、ちょっと話したら結局いつも通りだ。

 僕らはきっと、こんな関係なのだと思う。

 悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてきた。

 ルネは涙が出るくらい笑っている。


「あー、おかしい。あんたと話してると悩んでたのバカバカしくなるわ」


「悩んでたの?」


「別に悩んでない」


「今悩んでるっていったじゃないか」


「空耳よ!」


「何や、ようやく二人とも元に戻ったみたいやなぁ」


 言い合う僕らを見て、ピリカが嬉しそうに近づいてきた。

 彼女の表情に、僕らはどちらともなく肩をすくめた。


「じゃあ、まぁ。今年もよろしく、ルネ」


「ええ、見てなさいよ道也。魔法店『御月見』は今年もっともっと飛躍するんだから!」


 目を輝かせるルネを見て、しばらく退屈することのない日々が今年も待っているのだと何となく感じた。

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