第10節 休憩時間と、とっておき。
広間を抜けてロビーで一息つく。
「何だか疲れたな……」
入口のソファに腰掛けていると「道也くん」と声を掛けられた。
ウタコさんだった。
「道也くんも休憩?」
「ちょっとカオスだったんで。抜け出そうかなと。ウタコさんは?」
「私も似たようなところかしら」
「ひょっとして、サクラさんのことですか?」
気になって尋ねてみる。
彼女は一瞬だけ目を丸くした後――
「バレちゃってたのね」
と乾いた笑みを浮かべた。
「お二人は仲が良いものだと思ってたのですが……」
「仲は良いわ。と、思ってる。私はね」
「どういうことですか?」
「サクラとはね、実はケンカしてるの」
「ケンカ?」
意外な言葉が出てきた。
「ええ。私がブルーアクアを出る時に、サクラは私との約束を守ってくれなかった。もう何年も前の話だから関係ないって思ってたんだけど……意外とわだかまりって残ってしまうのね」
「約束ってどう言うものだったんですか?」
「見送りに来てほしいって、そう言ったの。街を出るのは良くないって言われる中、サクラだけが私の味方だったから。最後にサクラにだけは見送って欲しかった」
ウタコさんはそっと顔を伏せる。
少しの間があった。
波の音が静寂に差し込まれる。
「でも電車に乗る時、サクラは見送りに来てくれなかった。それきりだった。実はずっと疎遠になってしまって話していなかったの」
「じゃあ、今回連絡をしたのは久しぶりだったんですか?」
「ええ。ちょっと緊張したけれど、電話では上手く話せたわ。でも実際に会ってみると、何となく話しづらくて」
「どうして今になって連絡を?」
「何となく……って言ったらそれまでだけど、そうね。あえて言葉にするなら」
彼女は緩やかに笑みを浮かべた、
「私が今いる場所についてサクラに知って欲しかったから」
「今いる場所って、ストロークホームスのことですか?」
「ええ。私がどんな人たちと日々を過ごしているのか、知ってほしいなって」
「どんな風に思われたでしょうね」
「きっと、毎日にぎやかで退屈してないって思ったはずよ」
「確かに。あの様子見たらそう思いそうですね」
くすくすと僕たちは笑いあった。
「じゃあ僕らをこの宿に誘ったのも、サクラさんに会わせるためだったんですね」
「もちろん、ゆっくりしてほしいっていう気持ちもあったわ。でも道也くんたちがいてくれたら何だかうまくいく気がしたの」
「僕たちなら、サクラさんも納得するって思ったんですか?」
「何となく、だけどね」
「ルボスさんたちを誘ったのも同じ理由で?」
「みんなで賑やかに過ごしたかったのもあったのだけれど――」
ウタコさんはそこで言い淀むと、しばらく何か考えてから口を開いた。
「たぶん、背中を押してもらいたかったんだと思う」
僕たちがウタコさんの手を引っ張って。
ルボスさんやフィリさんたちがきっかけとなって、ウタコさんは背中を押された。
きっと、故郷への道は、それほどまでに彼女の足を重たくしていたのだろう。
だからきっかけが欲しかったんじゃないだろうかと、何となく思った。。
「僕、もしかしたら少しだけサクラさんの気持ちがわかるかもしれません」
「サクラの? どう言うこと?」
「サクラさん、言ってましたよ。ウタコさんには自由でいてほしいって。そして疲れたら、ウタコさんが帰れる場所を用意しておきたいって」
「帰れる場所……」
「サクラさんが見送りに行かなかったのは、旅立つウタコさんの重荷になりたくなかったからじゃないでしょうか。故郷に親友がいるとなれば、また帰りたくなるかも知れない。でもウタコさんは後ろじゃなくて、ただ前だけを向いていてほしいって、サクラさんはそう思ったのかも知れません」
「そんなことをサクラが?」
「はい。だから、お二人はもう少し話してみても良いと思うんです。きっと少し話せば、わだかまりも解けるはずですから」
「そう、かしらね……。うん、でもそうだったら嬉しいかも」
自分で言ってハッとした。
それはきっと、僕とルネにも言えることだから。
サクラさんとウタコさんにも、僕とルネにも、必要なのはきっと少しの会話なんだ。
「ところで道也くんは、ルネさんとは大丈夫なの?」
突然痛いところを突かれてギクリとする。
「ど、どうしてですか?」
「だって二人の様子、どう見てもおかしいんだもの」
「はぁ……何でもお見通しですね」
僕は昨日までのあらましをざっくりとウタコさんに話した。
みんなで楽しんだこと、お風呂でルネと鉢合わせたこと、語り合ったこと。
すべての話を聞き終えたウタコさんは、クスクスと楽しそうに笑った。
「ああ、おかしい。やっぱり皆さん、とっても賑やかね」
「笑い事じゃないですよ。お陰で全然ルネが話してくれないんですから」
「きっとルネさんは恥ずかしいのね」
「恥ずかしい? 裸を見られたことがですか?」
「違うわよ。普段話さないような本当の気持ちを道也くんに知られたことが恥ずかしいんだと思うの。旅先で気が緩んで、ついポロリと本音がこぼれ出たんじゃないかしら」
「本音かぁ」
ウタコさんの言っているのは、多分間違いじゃない。
あの時のルネの言葉に、嘘偽りがあるようには見えなかったから。
「結構時間が経っちゃったわね。ルボスさんが心配してるかも。道也くん、戻りましょうか」
ウタコさんは立ち上がると、「そうだ」と何かひらめいたように手を叩いた。
「道也くんとルネさんが仲直り出来るかも」
「本当ですか?」
彼女はニッコリと笑う。
「とっておきの場所があるの。もうすぐ年越しだから、食事が終わったらみんなでそこに行きましょう」
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