第9節 お食事会と、大騒動。

 ロビーでウタコさんたちとは解散になり、ピリカと部屋に戻る。

 しかし部屋に戻ってもルネの姿はどこにもなかった。


「ルネ、どこ行ったんだろう」


「どっかで酒でも飲んでるんちゃうか?」


「そんな、ピリカじゃあるまいし」


 適当な話をしていると「お風呂よ!」とルネの声が脱衣所の方から聞こえてきた。

 どうやら備え付きの露天風呂に入っているらしい。


「言っとくけど道也、絶対にこっち来ないでよね!」


「別に行かないよ」


 なるほど、僕と近づきたくないからお風呂に逃げたのか。

 短絡的だが、意外と効果的だなと思う。

 ただ。


「そこまでして避けることないのに……」


 思わずそんな言葉が飛び出た。

 昨晩ルネと話した時は、それまでただの同居人だった彼女の本心に触れた気がして嬉しかったんだ。

 ルネと少しは分かり合えた気がしていた。

 でも、今の彼女の態度を見る限り、それは自分の勘違いだったんじゃないかと思えてくる。


「こりゃあ当分無理そうやな。道也、一体何してん?」


「ちょっとね。とにかく、僕がここにいると出てこないだろうから、ちょっとロビーでも見て回ってくるよ」


「けったいやなぁ。ほーい、了解」


 部屋を出て母屋へと向かう。

 旅館にある土産物コーナーを適当に見て回っていると、向かい側から見覚えのある女性が二人やってきた。

 フィリさんとミランダさんだ。


「あら、道也くん」


「どうも。お二人共、お風呂上がりですか」


 僕が尋ねると「はい」とフィリさんが笑顔で頷いた。


「母屋の露天風呂、とっても気持ちよかったですよ。ここのお風呂、最高ですね」


「僕も昨日入りましたよ。あそこ混浴らしいんで、気をつけてくださいね」


「ええ!? そうなんですか?」


 フィリさんが目を丸くする。

 その様子を見ていたミランダさんは不思議そうに首を傾げた。


「でも道也くん、どうしてそんなこと知ってるの?」


「それは……」


 しまった。

 墓穴だったか。

 なんと言おうか迷っていると「いたいた」とサクラさんがこちらに近づいてきた。


「皆さん、お食事の準備が出来ましたよ」


 ◯


 広間に入ると、昨日と同じようにいくつかの卓に座椅子と座布団が用意されていた。

 三人がけの席に僕が座ると、なぜかフィリとミランダさんに挟まれる形になった。

 廊下で会った流れでそのまま一緒に来てしまった。


「じゃあいただきます。わぁ、美味しそう」


 フィリさんが目を輝かせ、丁寧な箸使いで料理を口に運ぶ。

 当たり前になりすぎて今まであまり疑問をいだいていなかったが、この世界の人は箸も使えるんだな。

 そんなどうでも良いことをぼんやりと考えていて、ふと疑問に思った。


「ところで、僕がこの席でいいんですか?」


「道也くんなら別にいいわよ。それに、フィリも嬉しいだろうし」


「なな、何っているのおねえちゃん!?」


 丁寧な慌てたフィリさんがものを喉に詰まらす

 真っ赤な顔で飲み物を口に含んだ


「大丈夫ですか?」


「何とか……」


 むせているフィリさんの背中をさすっていると、彼女が口にした飲み物が入っていた器に目が行った。


「あれ? フィリさん、これって……」


「えっ?」


「今日も美味しそうなごはんやなぁ」


 呑気な声を出してピリカとルネが部屋に入ってきて話が遮られる。

 一瞬だけルネと目が合うも、すぐに目をそらされた。

 避けるようにルネは微妙に離れた卓につく。


「何や店長? 道也たちの近くに座らんのかいな?」


「別に。ちょっと静かに食べたいなって思っただけ」


「せっかくの旅先やのにけったいなこというなぁ。まぁええわ。付き合うで」


 距離があるし、これでは話せそうにないな。


「あらあら、美味しそうね」


「さすがウタコさんのオススメの旅館だ」


 次にウタコさんとルボスさんが僕らの対面に座る。

 すぐにサクラさんが他の旅館スタッフと共に食事を運んできた。


「ありがとう、サクラ」


「う、うん。どういたしまして」


 ウタコさんとサクラさんの様子は心なしかぎこちなく見える。

 実際、食事を出すだけ出してサクラさんはサッと去ってしまった。


 どうして話さないんだろう。

 忙しいのもあるのだろうけど、それだけじゃない気がする。

 二人の間には、何やら壁があるように思えた。


「ねぇ、道也さん。今日はどこに行ってたんですか?」


 フィリさんが尋ねてきてハッと意識を戻す。


「えっと、街を見て回りましたよ。人魚の名産物が結構あるみたいで」


「ウンディーネの名産物かぁ、明日私たちも見て回ろうかな。ねぇお姉ちゃん?」


「明日は年明けでしょ? やってるかしら。それに明日になったらすぐ帰るから、時間もないんじゃない?」


「むぅ……」


 そう言えば今日はこの世界の大晦日に当たるのか。

 あんまりにも年末感がないからすっかり忘れていた。

 すると控えめにフィリさんが僕の裾を引っ張ってきた。


「ねね、道也さん。この後よかったら一緒に街を回りませんか?」


「えっ? どうしようかな。昼間も見て回ったし」


「いいじゃないですか、私に付き合ってくれたって。一緒に行きましょうよ。それに、店番も手伝ったじゃないですかぁ」


「それを言われると弱いな……」


 どんどんプッシュされている。

 旅先の開放感なのか、今日のフィリさんは妙に積極的に見えた。

 助けを求めてルネの方を見ると、プイと顔を逸らされる。

 顔を逸らしたルネはガツガツとご飯を口に運んだ。


「店長、何や不機嫌やなぁ」


「べ、別にそんなことないわよ! お、おかわり!」


「めっちゃ食うやん」


 ルネをピリカが不思議そうに見つめている。

 ウタコさんはルボスさんと何やら談笑していてこちらの様子には気づかない。

 ミランダさんはニヤニヤしているだけだし、助け舟は期待できない。


 どうしたものかと思っていると、サクラさんがお茶を入れに回ってきてくれた。


「道也さん、お食事どうですか?」


「あ、はい。美味しく頂いてます。まさか天ぷらが食べられるとは思わなくて……」


 この魔法世界と現実世界の食文化はある程度共通しているが、ブルーアクアで出される食事はほぼ完全に日本食だった。

 エビの天ぷらはサクサクで、元の世界でもこれほどのものはなかなか食べられない。

 あまり態度には出していなかったが、はっきり言うと感動していた。


「あら、天ぷらご存知なんですか? この街の郷土料理なんですよ」


「実は僕の地元でも似たようなのがあって。ストロークホームスでは肉々しい食事が多かったので、こう言うあっさりした食事は故郷を思い出して懐かしくなるんです」


「そう言ってもらえると嬉しいですね」


 そこで先程の疑問を思い出し、僕はウタコさんたちに聞こえないようにすこし小声でサクラさんに尋ねることにした。


「僕のことより、ウタコさんに話さなくていいんですか? 久しぶりの再会でしょ?」


 僕が言うと、サクラさんは少しぎくりとした表情を浮かべた後。


「挨拶はしましたよ」


 と、寂しそうに笑みを浮かべた。


 何かいいたげなその表情に、僕は黙る。

 何か事情があるのだろうが、尋ねるべきではないのかもしれない。

 人には、尋ねてほしくない過去もあるからだ。


 その時、不意にぐいと腕を引っ張られた。

 何事かと思って視線を向けると、フィリさんが僕の腕を抱え込んでいた。

 彼女の胸がぐいと押し付けられる形になる。

 予期せぬ彼女の行動に、僕は内心ドギマギした。


「道也さぁん。私ともお話しましょうよぉ」


「な、何やってるんですかフィリさん!?」


「らってぇ、道也さんが相手してくれないからぁ」


 フィリさんは顔が赤く、呂律が回っていなかった。

 様子がおかしい。

 するとミランダさんが「あらやだ」と口に手を当てる。


「この子お酒飲んじゃったみたい。弱いのに」


「えぇ……?」


「道也さんも一緒に飲みましょうよぉ」


 そう言えばさっき喉を詰まらせた時、慌てて水を飲んでいたな。

 水にしては違和感があるなと思ったのを覚えている。

 あれはやはりお酒だったのだ。

 考えて見れば、昨日も似たようなお酒をピリカが飲んでいた。


 フィリさんがお酒に強くないのは何となく想像出来たが、まさかこんな酔い方をするだなんて。

 浴衣姿の彼女は胸元が肌蹴ており、精神衛生上良くない。


「ね、ね? 道也さん、お酌してください。お酌」


「ちょっと落ち着きましょう。ほら、水飲んで」


「嫌ですぅ。道也さんとお酒飲むの」


 するとどこからともなくバキッとなにかが折れる音がした。

 ルネが震える手で箸を折っていた。


「店長! 箸折れとるて!」


「ちょっと力入れすぎたわね……」


「そんなレベルちゃうやろ!」


 あっちはあっちで何だかまずそうな空気になっている。

 しかしなおもフィリさんの猛攻は留まることを知らない。


「道也さぁん、私とあとでお風呂入りません?」


「入りませんよ。お酒飲んだまま入ったら危ないですって。ミランダさんも何か言ってくださいよ」


「道也くんだったら一緒に入ってもいいわよ? 姉の私が認めるから」


「そう言う話じゃないんですよ!」


「おかわり! もう一杯頂戴!」


「店長まだ食うんか!?」


 いよいよカオスになってきた。

 こうなれば最終手段だ。

 僕は席を立ちあがる。


「えっ? 道也さん、私を置いてどこ行くんですかぁ?」


「手洗いに行ってきます」


「あ、道也さぁん……」


 名残惜しそうなフィリさんの腕を抜け出し、僕は逃げ出すように広間を出た。



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