第7節 大集合と、突然の帰省。
次の日の朝。
熟睡していたピリカがパチリと目を覚まし、身体を起こした。
「おはようさん。よう寝たわ」
「おはよう……」
ソファで膝を抱える僕の隣にピリカがポスンと座る。
「昨日はちょい飲みすぎたな。若干二日酔い気味やわ」
「ハメ外し過ぎだよピリカは……」
「そない言うたかて、久々の休みやしなぁ。うん?」
言いかけたピリカは、ふと僕に目を留めて怪訝な顔をする。
「何や道也、どないしたんやそのほっぺた」
「ちょっとぶつけただけだよ……」
「顔面ぶつけたって油断しすぎやろ」
僕のほっぺたにはくっきりと拳の跡がついていた。
昨晩、僕に全裸を見られたルネの反射的に放った右ストレートが僕の頬を抉ったのだ。
自分でタオルを落とした癖に。
僕がジロリとルネを睨むと、ウサギ姿のルネはバツが悪そうにぷいと顔を背けた。
昨日お風呂で裸を見ちゃってから微妙に気まずい。
僕はそっとため息を吐いた。
「今日は年末やなぁ。最終日やし色々見て回るでぇ」
「お土産とか買っておかないとね」
浴衣から着替えて部屋を出る。
ルネを頭に乗せ、二人で話しながら広間に向かっているとサクラさんが出迎えてくれた。
僕らを視認し、笑みを浮かべてくれる。
「みなさんおはようございます」
「どうもおはようさん」
「あら、ルネさんは? それにそのウサギ……」
「ルネは部屋でゆっくりするそうです。このウサギは、僕らの家族みたいなもので。ご迷惑はおかけしませんので……」
「そうですか? ウチは別に構いませんが」
あまりこの話題を続けたくはない。
話を変えよう。
「そ、そう言えばサクラさん。母屋の露天風呂、すごく良かったです」
「あら、本当? 気に入っていただけたのなら嬉しいわ」
するとピリカがうん? と首を傾げる。
「なんや露天風呂て。部屋の風呂とはちゃうんか?」
「昨日食事の時に聞いたでしょ。母屋にお風呂があるって」
「混浴のお風呂なんですよ」
「こここ、混浴やてぇ?」
ピリカが目を見開いて僕から一歩距離を取る。
「そんな風呂に入るとか、変態かお前!?」
覗いてもええで、とか言ってた人物の言葉ではない。
「別に、夜中に入ったんだからいいでしょ」
「じゃあ一人で入ったんか?」
「……」
「なんか言えや!」
その時「すいませーん」と玄関から声が聞こえる。
するとサクラさんが「あ、来た」とどこか嬉しそうに声を出した。
「お客さんですか?」
僕が尋ねると彼女は頷く。
「今朝連絡が来たんですよ。道也さんたちもよく知っている人です」
「僕たちがよく知っている……?」
「おい道也! 無視すんなや!」
騒ぐピリカをなだめつつ、何となく流れでサクラさんと玄関へ向かった。
そこに居た人物を見て、僕たちは「あっ」と思わず声を上げる。
「こんにちは」
「よぉ小僧、邪魔するぜ」
「道也さん! 来ちゃいました!」
「突然押しかけちゃって悪かったかしら」
ストロークホームスのウタコさん、ルボスさん、フィリさんにミランダさんまでもがそこに立っていた。
「皆さん、一体どうしてここに……?」
「私が誘ったの。せっかくなんで、みんなで温泉で年越ししませんかって。そしたらみんな来てくれて」
「ウタコさんの誘いを俺が断るわけありません。世界が敵に回ろうと、全員ぶちのめして俺は会いに行きますよ」
本当にやりそうで怖い。
「フィリさんたちはどうして? 『響』は仕事って聞きましたけど」
僕が尋ねるとミランダさんはそっと肩をすくめた。
「流石に年末年始はお休みするわよ。それにあなたに誘われてから、フィリがずっと温泉のことブツブツ言ってたから」
「ちょちょちょ、お姉ちゃん!? それは言わない約束でしょ!?」
「ごめんごめん」
ケタケタとおかしそうにミランダさんは笑った。
フィリさんはバツが悪そうに僕の顔をチラチラと見てくる。
「あのぉ、道也さんにお誘いしてもらってどうしても行きたくて……。ご迷惑じゃなかったですか?」
「ご迷惑だなんてとんでもないです。一緒に年越し出来て嬉しいですよ」
「ううぅ……良い笑顔……来てよかったぁ」
「えっ?」
声がすぼむフィリさんを見て「こりゃ本物やなぁ」とピリカが言った。
何の話だ。
ウタコさんは遠巻きにいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
◯
街を歩くと言ったら、ルボスさんとウタコさんも一緒に来ることになった。
フィリさんとミランダさんは部屋でゆっくりするらしく、四人と一匹でブルーアクアの温泉街を歩く。
「ごめんなさい、道也くん。急に来て驚いたでしょ?」
ブルーアクアの温泉街で、ウタコさんが尋ねてくる。
「謝らないでください。ウタコさんがいなかったら、そもそも僕らはここに来れてないんで」
「三人でゆっくりしてたのに、迷惑じゃなかった?」
「とんでもないです。まぁ確かに、みんな来るとは思いませんでしたけど」
「ミランダさんから道也くんたちが泊まってる宿を紹介して欲しいって話を頂いて。せっかくだったら、私も帰省しようかなって」
「ルボスさんは?」
僕が不思議に思って見るとルボスさんが不敵な笑みを浮かべた。
「ウタコさんが年末寂しく一人で過ごす俺を放置するわけ無いだろ」
「それ何の自慢にもなってへんで」
ピリカが呆れた顔をすると、ルボスさんは豪快に笑い始めた。
「ガッハッハ! 細かいことは気にするな狂犬娘!」
「誰が狂犬じゃ!」
ウタコさんは騒がしい二人を見て、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「この街は私の故郷なんです。ずいぶん長いこと帰ってなかったのだけれど、変わってないみたい」
「どうして今になって?」
「流れが来てる気がして。今がタイミングなのかなって」
「流れ……」
「私なりに決意をして街を出たから、時が来るまで戻らないでおこうって思っていたの」
「その『時』が今来たってことですか?」
「何となく、だけどね」
ウタコさんはどこか優しい笑みを浮かべた。
「私がストロークホームスで得たものを、この街の人に見てもらいたかったから」
ウタコさんが僕らにこの温泉を紹介してくれたのは、だからなのかもしれない。
「サクラさんとはもうお話されたんですか?」
「さっき少しだけ。あとでゆっくり時間が取れればいいのだけれど」
「忙しそうでしたもんね」
旅館のスタッフは決して多くはない。
サクラさんも朝からバタバタしているように見えた。
僕が心配していると「さ、街を回りましょう」とウタコさんは歩き出す。
「この街は私の馴染みの街だから。きっと皆さんに楽しんでもらえるわ」
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