第9話 旅の先で見た情景。
第1節 ラッシュとお礼と、温泉旅行。
チリンチリン、と今日も魔法店『御月見』の鈴が鳴る。
「こんにちはー、近くまで来たから差し入れ持ってきちゃいましたぁ」
「あ、フィリさん……いらっしゃい」
店にやって来たフィリさんは店内の様子を見て目を丸くしていた。
それもそのはずで。
「何だか今日、混んでますねぇ」
そう、僕らの店『御月見』は異常に混んでいた。
普段なら忙しくても店内にチラホラ客がいる程度だが、今日は違う。
あらゆる売り場で客が商品を品定めしており、静かな店内は喧騒に満ちていた。
「すっごいお客さんがたくさん」
「ここ最近はずっとこんな調子ですよ……」
「連日忙しくてかなわんわ……」
「だからお二人共そんな疲れた顔してるんですね」
くたびれた顔の僕たちを見てフィリさんが苦笑する。
収穫祭が終わり、ポロがマスコットとしてやって来て、先日の空島の騒動もあった。
役所からは『御月見』の協力で解決したという形で発表がされ。
今やこの店はちょっとした有名店だ。
そのお陰で客足も急増し、ポロの効果もあってリピーターも増え続けていた。
お陰で連日大忙しという訳である。
「『響』の方はどうなんですか?」
僕が尋ねるとそっとフィリさんは肩をすくめた。
「ウチはあんまり変わらないですね。いつも通りっていうか、特に集客数も落ちてませんし」
「そりゃ良かったわ。取引先から客奪ってたら気まずいからなぁ」
「微妙に客層が違うのかもしれませんね。私たちの店と道也さんのお店は距離がありますし、ウチは駅を利用するお客さんがメインターゲットですけど、ここは近所のお客さんがよく利用されてるのかも。それにほら、ルネさんのオリジナルアイテム目当ての人もいますし」
「なるほどなぁ。上手いこと棲み分け出来てるっちゅうことか」
ピリカが納得したように頷く。
そこでフィリさんは何かを探すように店内を見回した。
「そう言えばルネさんはどうしたんですか? いつもこの時間帯はいらっしゃいますよね」
フィリさんの言葉に僕とピリカはそっと顔を見合わせて苦い顔をした。
「それがさっき起きてきたかと思うと」
「電話掛かってきて出かけてしもたんや」
「お店がこんなに混み合ってるのに?」
「管理人のウタコさんから呼ばれたみたいなんですよね。だから断りきれないっていうか」
「それは大変ですねぇ」
他人事のようにフィリさんは言うと、不意に何か思いついたように表情を変えた。
「そうだ、もしよかったらお手伝いしましょうか?」
「本当ですか?」
ガバっと思わず身を乗り出す。
今は猫の手も借りたい時だ。
フィリさんは「はいっ!」と何の含みもない笑みを返してくれる。
「道也さんのお役に立てるなら喜んでやりますよ!」
「女神や……甲斐甲斐しすぎる……」
横でピリカが呟いた。
結局そんな感じで二時間ほど手伝ってくれた後、フィリさんは帰っていった。
謝礼を払うと言っても受け取らないし、どんどん借りだけが増えていく。
「今日はありがとうございました」
「いいんですよぉ。いつかお返しはちゃんともらいますから。道也さんから」
「はは……」
去り際、不穏なことを言って去っていた彼女の顔は当分忘れられそうにない。
客がすっかり去っていった店内で、ラッシュを乗り越えた僕とピリカはぐったりと椅子に座り込んだ。
「ふー、疲れた。あのお嬢ちゃんのお陰で助かったなぁ」
「お返しって何を要求する気なんだろう……」
「お前に惚れてるみたいやし、デートとかちゃうか。どっか連れてったらどうや」
「それも良いかもね……。あぁ、でもお金ないか」
「せやったな……」
居候の身である僕らはほとんど働き詰めだ。
たまのお休みも家事や魔法店の依頼をこなしたりしていて、基本的にそれほど自由はない。
店は繁盛してきているが、人間三人と犬一匹の食い扶持を賄っているのだ。
個人経営の店の資金にそれほど余裕があるわけでもなかった。
給料はほとんど生活や店の質を高めるために使われていた。
食事は満足に食べられるし、魔法家電など生活の細かい部分でリターンもある。
僕もピリカも特に不満はないが、その分自由に使えるお金は少しずつしかもらっていない。
元々は住ませてもらっている身だし、もらえるだけありがたいかなと思っている。
とは言え。
こう忙しいと流石に心も身体も疲弊してくると言うものだ。
はぁ、と二人して重い溜息を吐く。
するとピリカが売り物のカレンダーを見て「もうすぐ年末やなぁ」と呟いた。
「あんまり気にしてなかったけど、この世界にも暦の概念はあるんだよね」
「そりゃそやろ。三十六節。10日で次の節に移ろうんや」
ということは一年は360日か。
微妙に計算方法が違うらしい。
「今は寒いけど、すぐにあったかくなるで。何せストロークホームスは温かい時期が長いからな」
ピリカいわく、土地によって気候は大きく変わるという。
この辺りは元の世界も共通だ。
似たような世界ではあるから忘れがちだけれど、こうして微妙に違う文化に触れる時、異世界にいることを実感する。
「それにしても店長遅いなぁ。店サボってどこほっつき歩いとるんや」
「呼び出しって、何の用事なんだろうね」
「厄介事背負い込んで来おへんといいけどな」
そんな話をしていると勢いよく入口のドアが開いた。
何事かと目を向けるとルネがそこに立っている。
噂をすれば陰だ。
「ルネ、どこ行ってたのさ。忙しい時に」
僕の批難も無視してルネはずかずかとレジに歩いてくると、バンッ! と一枚の紙を置いた。
何事かと思い、僕とピリカは紙を覗きこむ。
何かのビラのようだった。
『水と温泉の街 ブルーアクア』
そう書かれていた。
美しい姿をした人魚と、水に半分沈んだような街並みが写真で写されている。
「こりゃウンディーネの街やないか」
「ウンディーネ? この人魚が?」
「せや。半分人で半分魚がウンディーネの特徴や。そんなウンディーネが集まるブルーアクアは温泉が沸く言うて有名なんやで」
「へぇ……。でも何でこんなビラを?」
意図が分からず僕とピリカが顔を見合わせていると、不敵な笑みを浮かべてルネは言った。
「旅行に行くわよ」
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