第8節 大儀式と、思い出話。

「じゃあ始めるわよ」


 魔鉱石を真正面にしてルネが立つ。

 周囲にはエインフィリアが彼女を囲んでいた。

 その様子を、僕とゴドルさんとテンプス、それにピリカやストロークホームスの役所の人たちが遠巻きに眺めている。


「ずいぶん集まりましたね。こんなにいるなんて……エインフィリアたちは全員精霊術を使えるんですか?」


「あやつらは血で精霊を操るからな。得手不得手はあれど使うことは出来るじゃろう。魔力もコントロール出来るはずじゃ」


「精霊に語りかける術か……。もしかして、テンプスが人の姿をしているのも?」


「エインフィリアとの契約のおかげじゃろうな。あやつらの術が、自然界の存在である精霊に意思を与え、姿を具現化させる」


「なるほど……」


 僕はチラリとテンプスの様子を見る。

 僕らが話している間も、テンプスは真剣な表情で魔鉱石を眺めていた。


「ねぇ、テンプス」


 声を掛けると彼女はこちらを向いた。


「テンプスは100年に一度目覚めるんだよね」


「うん」


「寂しくなかったの?」


「うん。長い時を過ごすのは当たり前だったから。それに……正確には100年に一度じゃない」


「どういうこと?」


「本当はね、いつでも人の姿になれるの。でも私が人の姿をしたらみんな驚いちゃうから」


「人の姿になれなかった?」


 僕が言葉を継ぐと、テンプスは静かに頷く。


「人の姿をするといつも騒がれるの。お化けが出た、みたこともない子供がいるって。誰も私が時の精霊だなんて信じてくれなかった」


 彼女は少し悲しげに目を伏せた。


「でも、おばあちゃんがいた時は違った。おばあちゃんは私を温かく出迎えてくれた。よく来たね、待ってたよって頭を撫でてくれたの。おばあちゃんに会いたくて、時々こっそり会いに行ってたわ。数年に一回くらいだけど」


「おばあさん、優しい人だったんだね」


「うん」


 テンプスは泣きそうな顔だった。


「私のこと、本当の孫のように可愛がってくれた。でも知らない間に死んじゃった。みんな、すぐ死んじゃう。知らない間に、勝手に一人にされちゃう」


 長い時を生きてきた彼女の時の流れは、普通の生き物とはまるで異なるのかもしれない。


「精霊の寿命ってどれくらいあるんだろう」


「精霊は不滅の存在じゃからな。命というよりは、この世の理の側に立つ存在じゃ」


「世界がある限り、精霊は要るってことですか?」


「そんなところじゃのう」


 途方もない話だと思った。

 精霊とドワーフやエルフ、エインフィリアを始めとする亜人、そして人間との間には途方もない時間の差が存在しているんだ。

 悠久の時を生きるテンプスからすれば、人の寿命も、エインフィリアの寿命も、あっという間なのだろう。


「魔鉱石に魔力が込められたらテンプスはどうするの。約束は果たされるでしょ」


「どうしようかな」


 しばらく考え込むテンプスの肩に、そっとゴドルさんが手を置く。


「もしお前さんが可能なら、一度人と同じ時を生きてはどうじゃ」


「同じ時?」


「100年に一度しか目覚めんのでは、味気ないからのう」


「でももう誰かと別れるのは嫌だよ」


「それでも、じゃ。ばあさんとの思い出を、お前さんは持っておるじゃろう。それはお前さんが人と向き合ったからこそ得られるものじゃ」


「人と向き合ったから……」


「人と関わることは楽しいことだけではない。喧嘩もするし、辛いこともある。じゃが、だからこそ得られるものもある。それに、知り合いがいない世界というのは退屈じゃからな」


「今回の件が良いきっかけになるかもね。エインフィリアたちと関わるようになれば、忘れられないんじゃない」


 テンプスは人差し指を頬に突き当てながらしばらく考えると、


「それも良いかも」


 と呟いた。




「じゃあ行くわよぉ! それぇ!」


 ルネが魔鉱石に向かって大きく手を振りかざし魔力を込めると、エインフィリアたちもそれに続く。


 すると、どこからともなく風が流れてきた。

 白い光をまとった風だった。

 流れた風は次々に集まり、広場に光が満ち溢れ、大気が揺らぐ。


 風の流れは広場に入っても止むことなく続き、つむじかぜのように大きく渦となったかと思うと、やがて魔鉱石へと流れていった。

 ルネと、この場にいる何百人ものエインフィリアたちの生み出した魔力が、魔力の風を起こしていた。

 光る風を吸い込んだ魔鉱石は、青白い光を放ち美しく輝き始める。


「わぁっ……! すごい! こんなに魔力が集まるの見たことがない!」


 テンプスが嬉しそうに目を輝かせる。

 僕も、その美しさに思わず息を呑んだ。


 この神秘的な景色はきっと異世界だから生み出せるものだ。

 100年に一度の情景。

 それを僕は見ているのかもしれない。


「魔鉱石が輝いたぞ!」


「やった、成功した!」


「契約は果たされたんだ!」


 エインフィリアたちから喝采の声が上がる中。

 ルネだけは手を止めていなかった。


「こんなもんじゃ終わらさないわよ!」


 ルネがブンブンと手を振り回すと、突如として空島がガタガタと揺れ出す。


「何だ!?」


 驚いて辺りに目を向けると、雲が流れ、夕日の位置が変わっていた。

 空島が移動しているのだ。


「おい小娘! 何やっとるんじゃ!」


「魔力集めたついでに島を街の上から畑の方に動かしてんのよ! 洗濯物の邪魔だからね!」


「何で乱暴な奴じゃ!」


「ええぞ店長! やってまえ!」


 ゴドルさんとピリカが真逆の反応を見せる。

 ルネは周りのことなぞ一切気にする様子もなく呪文を唱えた。


「我が声に従い空なる島よ その巨躯を指し示す方へ進め!」


 呪文を唱えて空島を操るルネはいつになくノリノリに見える。

 動きも派手だし、まるでクラブで踊る若者みたいだ。


「どりゃぁ!」


 ルネの掛け声に合わせ、空島が揺れ景色がぐんぐん流れた。

 術に集中していたはずのエインフィリアはすっかり座り込んでしまっている。


「暴走してるな……」


 止めに行ったほうが良いかと思っていると。


「すごいすごい! 楽しい!!」


 テンプスがキャッキャと喜んでいたので、思わず足を止めた。

 まるで無邪気な子供だな。


 いや、子供なのかもしれない。

 人の時をまともに生きていないテンプスは、きっと子供のままなんだ。


 まぁ今日はいいか。ルネも別に悪いことしてる訳じゃないし。

 動いていた空島は、やがて移動を終えたのかゆっくりと静止する。


「ようやく終わったみたいじゃな」


「どうよ! これが天才魔法使いルネ様の実力よぉ! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ」


 高笑いするルネの声が広場に広がっていた。


「あーあ、あんなに調子に乗って」


「店長、多分後でボロカスに怒られるやろなぁ」


「そだね……」


 僕とピリカだけが、ルネのすぐ目の前に待つ将来を悲観していた。

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