第7節 失われた約束と、新しい約束。
茜色の夕日が空島に差し込む。
地上にいる時よりずっと強い日差しに思えた。
テンプスが泣き止むのを待ち、ようやく落ち着いてきた頃にルネが口を開く。
「なんで時なんて止めたのよ」
テンプスは「ごめんなさい」と目を真っ赤に泣きはらしながら言った。
「百年ぶりに目覚めたら私のことを覚えてる人は誰も居なくて、魔力の話をしても誰も知らんぷりで……」
「それでムカついてみんなを止めたって訳?」
コクリと彼女は頷く。
しかし疑問があった。
「でも何でピリカや役所の人まで止めたの? ちゃんと話せば分かってくれるはずだよ」
僕が尋ねるとテンプスは口を尖らせてバツが悪そうに顔を背けた。
「だって、みんな怖かったんだもん……」
「それでどんどん人を止めてるうちに歯止めが効かなくなって道也たちも止めようとしたってわけね」
「前の時はどうしてたの?」
「エインフィリアのおばあちゃんが居たの。私のこと可愛がってくれる人だった」
「その人は?」
「わかんない。いなくなってた」
先ほどのテンプスの様子を思い出す。
大声で「おばあちゃん」と言っていた。
それはきっと、契約者であろう老婆を指し示していたのだろう。
テンプスが力なく首を振ると「亡くなったのかもしれんな」とゴドルさんが言う。
「長く生きて約束事を忘れたり、引き継ぎがされていなかったりする。長命種にはよくある話じゃ」
「おまけに長生きだから突然亡くなったりするとどうしようもないって訳ね」
ルネが呆れたように肩をすくめる。
「契約の更新は空島を浮かばせるために必要なことなのに、何の対策もされてないんですね」
ストロークホームスでも役所がある程度管理しているようだったし、役所が把握していないのはすこし妙に思える。
まぁ、適当な管理だったって言われればそれまでなんだけど。
「空島の歴史は古い。特に一昔前の紙は高級品じゃったから、
「その継承が、断ち切られた?」
ゴドルさんは「恐らくはな」と頷いた。
「まぁ良いわ。私も実力行使で言うこと聞かせるのは賛成。でもまずかったのはやり方が悪かったことね。私なら全員の時を止めず、一人か二人残して魔鉱石に魔力を込められる魔法使いを探させる」
「そっかぁ……そうすれば良かったんだ。やってるうちに楽しくなっちゃって、つい止めすぎちゃった」
何故かルネはテンプスと分かち合っている。
根が似ているのかもしれない。
と言うよりもテンプスは見た目も中身も子どものようなので、ルネが同レベルなのかもしれない。
「ルネ、変なこと教えないでよ。悪役の会話みたいになってるよ」
「悪役みたいなものなのかもしれんな」
「誰が悪役よ!」
叫んだルネは気を取り直したように腕をまくり上げた。
「とにかく、この魔鉱石に魔力を込めれば良いんでしょ? こんなの大天才魔法使いのルネ様に掛かれば簡単よ」
「待って、ルネ」
「何よ」
僕はまっすぐ魔鉱石を見つめた。
「考えがあるんだ」
◯
パチンとテンプスが指を鳴らすと、島中にその音は響いた。
刹那、止まっていた人々が一斉に動き始める。
ある者はバランスを崩して倒れ、またある者は狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見渡していた。
そして――
「おわぁ!? 助けてくれぇ! 命ばかりは何とぞ……おっ?」
地面で寝転がってジタバタするピリカを僕とルネが見下ろす。
何が起こったのか分からずキョトンとするピリカに僕は声を掛けた。
「助けに来たよ、ピリカ」
「み、道也ぁー!」
飛びついてくるピリカを正面から抱き抱える。
必然的に抱っこするような形になった。
よっぽど怖かったらしい。
「島に来たらけったいな幼女がおったんや! そいつに連れられてここまで来てんけど、急にそのガキ怪しい光を発して襲いかかって来てん!」
弾丸のようにまくし立てたピリカは僕の背後に立っていたテンプスにピタリと視線を留める。
「ででで、出たぁ! 道也ぁ、そいつが敵や! 店長ぉ、地獄の業火でいてもうてくれ!」
「大丈夫だよピリカ。もう終わってるから」
「へっ?」
僕は笑みを浮かべた。
「この島のみんなを集めよう。それから、ストロークホームスの役所の人も」
魔鉱石の前に大勢の人が集まる。
号令を聞きつけたこの空島にいる大半のエインフィリアがやって来ていた。
集まってきたエインフィリアたちに、顔見知りの多いゴドルさんが事情を説明する。
「時の精霊はやりすぎた。じゃがすべての発端はエインフィリアの契約反故にあったんじゃ」
ゴドルさんの説明を、エインフィリアは重く受け止めているようだった。
全員沈んだ顔で、ゴドルさんの話に耳を傾けている。
ゴドルさんの横では、怒られた後の子供のような表情でテンプスがふてくされていた。
「元々、この契約は魔法を使えるエインフィリアの老婆が担っていたと言う。誰か何か知ってるか?」
「ひょっとしてミラーネ婆さんかな?」
エインフィリアの男性が答えた。
「うちの近所に住む精霊術の使い手だよ。長生きだったけど、先日亡くなったんだ。病気でもなかったみたいだから、本人も予想してなかったのかもな」
「だから誰にも引き継がれずにいたって訳か。そのおばあさんも、まさか自分以外の人が契約について知らないなんて思わなかっただろうしね」
納得したようにルネが頷く。
僕はそっとテンプスの頭を撫でると、その場にいる人たちと向かい合った。
「それで、ここからは僕の提案です。この時の精霊との契約を、精霊術が使える島の皆さんで果たしませんか」
僕の言葉に、広場にいる人々が困惑したようにざわめく。
「失われた契約をおばあさん一人に託すのではなく、島のみんなで継いでいくんです。もちろん僕らもお手伝いします」
そう言ったものの、島の人たちの反応は薄い。
時を止められたことで、少なからずテンプスとの契約を更新することに抵抗が生まれているように見えた。
するとテンプスはギュッと僕の服の裾を掴んだ。
「みんなの時を止めてしまってごめんなさい」
彼女は顔を上げる。
「誰も私のことを覚えてなくて、つい嫌な気持ちになってやってしまいました」
その表情は切実だった。
嘘を言っていないことは、誰の目にも明らかだ。
「この島は私の居場所だから、無くなってほしくない。私はこれからもこの島の人と一緒にいたい。だから、力を貸してください」
テンプスは頭を下げる。
しばらく沈黙が広場に満ちた。
ダメか……。
そう思った時、一人の男性が手を上げた。
先程老婆の話をしてくれた男性だ。
「俺はやるよ。ミラーネ婆さんには世話になったし、時の精霊にも悪いことをした。この島の暮らしも好きだしな」
すると男性の言葉に端を発して、次々と手が上がっていく。
最終的には、広場にいる全員が手を挙げる形になった。
「これで、もう約束が失われることはないんじゃないかな」
僕が言うとテンプスは「うん!」と頷く。
「あとは魔鉱石に魔力を込めるだけなんだけど……ルネ、儀式の取り仕切りをしてほしいんだけど、出来る?」
「誰に言ってんのよ」
ルネはそう言って、いつものドヤ顔を浮かべる。
「この大天才ルネ様に不可能はないわ」
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