第5節 不思議な少女と、時の鉱石。

 白い髪に赤い瞳。口元からは尖った歯。

 真っ直ぐ向けられる瞳は、吸い込まれそうな印象を受ける。

 不思議な雰囲気の少女だと思った。


「うちの犬が驚かせてごめん。君は、この島の人……だよね」


「うん」


 少女の頬には他のエインフィリアと同じように塗料で棒線の模様が描かれている。

 服装も同じような意匠の民族衣装だ。

 フェルトで織られた紺色のワンピースに、幾何学模様の刺繍がカラフルな糸で施されている。


 身体的特徴は他のエインフィリアとは外見が異なって見えた。

 この子もエインフィリアなのだろうか。


 すると不意に背後から「おーい」と声がする。

 ゴドルさんだった。

 追いかけてきたらしい。


「小僧、無事か」


「ええ、大丈夫です。人影を見た気がしたので追いかけたらこの子が居て……」


 ゴドルさんはジッと少女を見つめる。

 これだけごついおじいさんが真正面から見つけてくるのは結構圧がある。

 だが少女はたじろぐこともなくゴドルさんの視線を受け止めていた。


「エインフィリアの子……かのう? それにしては見た目が異質じゃが」


 今まで見てきたエインフィリアの髪色は、みんな黒や金色だった。

 ストロークホームスでも似たようなもので、白髪や赤い瞳の人は見たことがない。

 ゴドルさんから見てもそれは同じようだった。


「ゴドルさんもご存知ないんですね」


「そりゃそうじゃ。わしとてエインフィリアを全員把握しとるわけでないわい」


「君、名前は?」


「私はテンプス」


「じゃあテンプス、ここで何があったのか僕たちに教えてくれる?」


 しかしテンプスは困惑したように首を振った。


「島を浮遊させる時の精霊が怒ったの。エインフィリアが約束を破ったって」


「約束?」


「エインフィリアはこの空島を作る時に、時の精霊と契約をするの。100年に一度魔鉱石に魔力を込めることが約束だった」


「でもそれをしなかったから、全員時を止められた?」


「うん」


 魔鉱石は僕もよく知っている。

 魔力の結晶で、ストロークホームスではこの魔鉱石を設置して火や水を起こしているのだ。

 1年に一度交換が必要だとルネは言っていたけど、この島では100年に一度らしい。


「その魔鉱石を何とかすれば良いのかな」


「魔鉱石の魔力が失われれば、このまま島が沈んでしまうかもしれんのう」


 大惨事だ。

 思わぬ方向に事態が転がろうとしているのを感じた。


「ゴドルさん、魔鉱石の場所分かります?」


「島の中央の祭壇じゃろう。でもわしは行ったことがない。あそこはエインフィリアの場所じゃからな」


「テンプス、君は分かる?」


「あっち」


 テンプスは奥の道を指差すと「着いてきて」と歩き出した。

 彼女の後を追うように僕たちも歩き始める。


「でも、どうしてテンプスだけ無事だったんだろう?」


「私は時の精霊と仲が良いの。だから許してもらえたんだ」


「じゃから契約の内容も知っていたと言うわけか」


「うん」


 テンプスはにこりと笑みを浮かべる。

 人懐っこそうな笑顔ですぐに相手の心を開かせてしまいそうな気がした。

 時の精霊も、この屈託のない少女の笑みに心を許したのだろうか。


 ただ、僕は逆だった。

 テンプスの笑みを見ると何だか胸がざわめくような気がしたのだ。

 このざわめきは、一体なんだろう。

 テンプスの笑みが何かに重なるような気がしたのだ。


 分かった。

 僕が以前元の世界に戻った時に遭遇した、あの不気味な少女に似ているんだ。


 ――死ね。


 あの衝撃的な一言は今も鮮明に心に焼き付いている。

 不穏な、どこか闇を感じさせる笑み。

 テンプスの笑みは少しそれに似ている気がした。

 どうみても普通の笑みなのに、どうしてだろう。


 僕が考え込んでいる間も、テンプスは話を続ける。


「許してもらえなかった島の人たちが止まってしまって、無事な人がいないか探してたの」


「そこで、わしらと出会ったということか」


 ゴドルさんの補足にテンプスが頷いた。


「でも、どうして最初は逃げたの?」


「島の人じゃないって思ったから。悪い人かもしれないって」


「なるほどね」


「わんわん!」


 すると急に、ポロがテンプスに吠え始めた。

 そう言えばさっきも吠えてたな。

 普段は大人しいのにどうしたのだろう。

 吠えられる度にテンプスは嫌そうに顔をしかめた。


「お兄ちゃん、その犬怖い……」


「ごめんね。普段は人懐っこいんだけど。ほら、ポロ。こっちおいで」


「わん!」


 すると騒ぎで目が覚めたのか、ポロの背中で大の字に寝ていたルネがムクリと身体を起こした。

 どこだここはと言いたげに周囲を見渡している。

 不機嫌そうな寝起きの顔だ。


「ルネ、おはよう」


「そのウサギもお兄ちゃんの子?」


「相棒で、僕の雇い主かな」


 僕の言葉にテンプスは怪訝な表情をすると「変なの」と呟いた。


「ルネ、今エインフィリアの空の街に居るんだ。トラブルの原因を調べに島の魔鉱石に向かってる」


 僕が話すとルネは小刻みに頷いた。


 入り組んだ道を歩いて、ようやく広い空間へと出ることが出来た。

 たどり着いたのは、島の中央にある祭壇だった。


 祭壇と言うと宗教染みたものを想像していたが、以外にもそうではなかった。

 大きな広場の地面に魔法陣らしきものがレンガで描かれ、その中心に大きな石が浮かんでいる

 巨大な魔鉱石が美しい光を解き放っていた。

 祭壇というよりは、憩いの広場という印象の方が正しそうだ。


「すごい、これが魔鉱石……」


「わしが知っておるものとは別次元じゃわい」


「この島を浮かばせるだけの力を持つ魔力の石だよ。でも今は輝きが弱くなってるの」


 どう言う原理で浮かんでいるのかはわからないが、確かに少し光が弱々しい気がした。

 魔鉱石の周囲にはたくさんの人が集まり、静止している。

 何とかしようとしている最中に、時を止められたように見えた。


 すると鉱石の近くに見覚えのある小さな人影があった。


「ピリカ!」


 驚いて近づいた。

 ピリカも時が止まっていた。

 ひどく驚いた顔をして、尻もちをついている。


「一体どうしたんだろう……」


「あの時の娘か。まるで化け物でも見たかのような表情をしとるな」


「化け物って、一体何が……」


 すると何かに気づいた様子のゴドルさんが血相を変えて僕に叫んだ。


「小僧、後ろじゃ!」


 声がして僕が振り返ると、誰かの手が伸びてきて僕に触れようとしていた。

 咄嗟に身体を捻り、ギリギリでその手をかわす。


「無事か!?」


「何とか……」


 だが、今はそれどころではない。


「残念、せっかく新しい獲物だと思ったのに」


 そう言って笑みを浮かべたのは少女テンプスだった。


「こやつ、時の精霊か……?」


「そうだよ」


 あっさりと目の前の少女は頷く。


「私がこの空島の象徴、時の精霊テンプスだよ」

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