第3節 無人の島と、静止した街。
「ちょっと待っておれ、すぐに稼働する」
ゴドルさんに言われるがまま、ゴンドラへと乗り込む。
機械仕掛けの造りになっているゴンドラは内部は、中に入るとますます電車に見えた。
電気も着いているし、つり革まで備わっている。
横長の椅子が壁に沿って配置されていて、座面はすこし固いソファのようだ。
魔法の乗り物にはとても見えなかった。
「何だかちょっとわくわくするな」
「わんわん!」
ポロが嬉しそうに舌を出す。
この状況を楽しんでいるのかもしれない。
ルネは相変わらずポロの背中にしがみつくように眠っている。
こんな不穏な状況なのにどこか日常的なその光景が、何だか愛しく思えた。
ゴドルさんが管理室で何やら機器系統を操作すると、やがてゴウンと大きな音が響いてゴンドラが稼働した。
そのままゴンドラに乗り込んできたゴドルさんは、前方にある運転席へと座る。
「中からも操作出来るんじゃ」
彼がそう言ってレバーを引くと、やがて大きく揺れながらゴンドラが動き始めた。
ロープも無いのにロープウェイのようにゴンドラが上っていく。
見る見るうちに外の景色が高くなり始めた。
「すごい……」
思わず声が出る。
ストロークホームスの遥か上空に僕たちはいた。
「これってルートとか決まってるんですか?」
「空島にある乗り場に魔法陣が組まれておる。下の乗り場にもな。魔法陣と魔法陣の間を行き来する乗り物じゃ」
すっかり借り尽くされてしまった稲畑が街を囲み、見渡す限り一面に広がっている。
街をすっかり見下ろせるほどの上空からでも見渡せないくらい、畑はどこまでも続いていた。
「ストロークホームスの街は本当に畑に囲まれてるんですね」
「ここから見ればどれほど田舎なのかよく分かるじゃろう。魔法都市とは呼ばれるが、所詮は辺境の地方都市じゃよ」
「中央都市のリンドバーグはすごいと聞きましたけど、そんなに違うんですか?」
「そうじゃな。この広大な畑がそのまま都市になったのが、中央都市リンドバーグじゃ。規模も人口も、文字通り桁違いじゃよ。世界中の人間があつまる魔法都市じゃ」
「へぇ」
この畑がすべて都市になると考えると、確かに果てしないな。
恐らくは都市と言うよりは一つの国のようなものなのだろう。
世界中の魔法使いが集まる魔法大都市か。
「ルネはそんな場所のトップ層の魔法使いなんだよな……」
普段の彼女の姿からは何だか想像の出来ない話だ。
そうこうしていると、いつの間にかかなり空島が近づいてきていた。
こうして見ると一つの大陸のようにもみえる。
ストロークホームスの半分以上を覆うほどの巨大な浮島だ。
「そろそろ着くぞい」
ゴドルさんのその言葉のあと間もなく、空島のゴンドラ乗り場らしきものが前方に見えてきた。
よく見ると乗り場には先に来た二つのゴンドラが置きっぱなしになっている。
街の役場の人と、ピリカが乗ってきたゴンドラだろう。
ガタン、と大きな音がしてやがてゴンドラは到着した。
ドアが開き、ゴドルさんと一緒に外に出る。
風切り音が響き、ここが空の島であることを自覚させた。
「おーい、誰かおらんかぁ」
ゴドルさんの声が響く。
空島のゴンドラ乗り場は地上のものとよく似た造りだった。
だが誰かがいる様子はない。
もぬけの殻だった。
「おかしいのう、誰もおらんわい」
一通り中を見て回って戻ってきたゴドルさんがぼやく。
「ここって普段から誰もいないんですか?」
「そんなはずなかろう。日中は必ず誰かおるようになっとる。そうでなければ突然のトラブルに対処出来んからのう」
「それが誰もいないってことは……」
「何かの理由で一時的に持ち場を離れている可能性もなくはないが、あるいは――」
「持ち場に来れなくなった?」
不穏な空気が漂い、二人してゴクリとツバを飲み込む。
「とにかく、僕はこの周辺を見て回ります。ゴドルさんはここにいて下さい」
「いや、わしも行く」
「えぇっ?」
話が違う。
「乗り場の様子を見るだけって言ってたじゃないですか」
「ここまで来て引き下がれはせん。何が起こってるかを確かめるまではな」
「でももし何かあったら……」
「その時はその時じゃ。それに小僧、お前さんこの辺の地理は分かっとるのか?」
「それは……」
言われて言葉に詰まる。
僕の様子を見てニヤリとゴドルさんは笑みを浮かべた。
「空島は広い。闇雲に歩き回ってたら日が暮れるわい。わしなら、効率的なルートを案内してやれるが?」
僕はそっとため息をついた。
上手く言いくるめられたなと思う。
「分かりましたよ……。じゃあ、お願いします」
「そう来なくてはな」
ゴドルさんと空島を見て回る。
空島には幾つか天候を操る施設があり、中心にエインフィリアたちが暮らす街があるのだと言う。
「自然が豊かですね」
「エインフィリアは自然と共に生きる民じゃからのう」
空島は太陽の光が当たりやすいからか植物がよく育まれている。
整備された石路を挟むように樹々が伸び、ストロークホームスのとはまた違う自然の豊かさを感じた。
森を切り拓いて石の道を敷いたような印象だ。
街に向かう途中、ゴドルさんの提案でいくつかエインフィリアが勤めると言う施設に立ち寄る。
小さな建物で、天候や風を観測しているところらしい。
『御月見』で取り扱っているような魔法の小物や、見たことない特殊な機器もチラホラと置かれている。
魔力で稼働させるものだという。
建物の内部に入ると、電気系統はいずれも無事のようだった。
ただ、人の姿は見当たらない。
「ふむ、ここにも誰もおらんな」
「どこに行ったんだろう……」
「さてな。街まで行けば流石に誰かいるとは思うが」
誰もいない世界。
それは僕が以前見た元の世界の光景を思い出させた。
夜に包まれ、人が一人もいなくなってしまった世界を。
と、そこでゴドルさんは何かに気がついたように表情を変えた。
「そう言えばお前さん、あの犬ころとウサギはどうした?」
「あれ?」
言われて気づく。
ルネとポロの姿がなかった。
「おーい、ポロ! どこ行ったんだ?」
施設の外を出てポロたちの姿を探す。
しかし姿は見えない。
「逃げ出してしまったのではないか?」
「賢い犬だからそれはないと思うんですけど……」
とは言え、断言は出来ない。
思えばポロは元々魔物なのだ。
もしウサギになったルネがどこかで食べられでもしていたら……。
不穏な想像が頭をよぎり、思わず首を振った。
するとどこか遠くから犬の鳴き声が聞こえてきた。
「あっちじゃ!」
ゴドルさんの声に誘導され、走って鳴き声の方へと向かう。
街へとつながる石の道に人が立っていた。
ポロがその人に向かって吠えている。
立っていたのは北欧の街にあるような可愛らしい民族衣装に身を包んだ若い女の人だった。
金髪を二本のおさげにして、白いシャツの上に紺色のワンピースを来ている。
欧米人のようなキレイな顔立ちで、頬に塗料で特殊な模様を描いていた。
これがエインフィリアだろうか。
「ポロ!」
声を掛けるとポロがこちらに気づいて走り寄ってきた。
ルネも無事なようだ。
舌を出しながら擦り寄ってきたポロの頭を撫でる。
「ダメだろ、勝手にいなくなったら」
「わんわん!」
「すいません、うちの犬が。大丈夫ですか?」
顔を上げて眼の前の人物に目を向け、奇妙なことに気がつく。
ピクリとも動かないのだ。
目を開いたまま、人形のように動かない。
呆然としている僕に、ゴドルさんが追いついてくる。
息を切らす彼に僕は尋ねた。
「ゴドルさん、これって……」
「何てことじゃ……」
ゴドルさんはそっと目を見開いた。
「時が止まっとる」
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