第2節 行方不明と、ゴンドラ乗り場。

 ピリカが戻って来ないまま2日が過ぎた。

 彼女のいない店内には微妙な静けさが漂っている。


「ピリカ大丈夫かな。全然連絡ないけど」


「大丈夫でしょ。どうせピンピンして戻って来るわよ」


 口ではそう言うものの、ルネの表情はどこか浮かない。

 彼女の言葉は自分に言い聞かせているように見えた。

 ポロも心なしか寂しそうに見える。


「何だか店内が広く感じるわね」


「開店当初を思い出すね」


 二人でお店をしていた時はあまり実感がなかったが、僕たちはすっかり三人で居ることに慣れてしまっていたんだ。


「ルネ」「道也」


 声が同時に重なる。

 二人とも一瞬だけ目を丸くして、すぐにふっと笑った。

 ルネが口を開く。


「明日お店、休もっか」


 ◯


 次の日の朝。

 ウサギになったルネとポロと共に僕は店を出た。

 ルネはポロが背中に乗せている。

 人間の時は吠えるけどウサギの姿は大丈夫らしい。


「ポロ、ルネを落としちゃダメだよ」


「わんわん!」


 ポロは素直に僕の言うことを聞いてくれている。

 すっかり僕を主人と認めてくれたらしい。


「って言うか、どうやって空島に行けば良いんだっけ。ねぇルネ」


 尋ねるも、うさぎ姿のルネはピクリともしない。

 よく見るとポロの背中の上で目を瞑ったまま熟睡していた。

 夜勤明けなのだ、無理もないのかもしれない。


「でも困ったな……」


 そこで閃いた。

 役所に行けば何か教えてくれるかもしれない。

 これだけ陽射しが遮られているのだ。

 いいかげん街の人から話も寄せられているだろうし、役所が動いている可能性だってある。



「ええ、確かにその話は役所にも届いています」



 ストロークホームスの街の役所にて。

 ゴトウミさんに事情を話すと彼は静かに頷いた。


「行政は何か対策をしないんですか?」


「それが……すでに対策はしているのです。エインフィリアと交渉する調査員を現地に何人か派遣したのですが――」


「戻って来ないんですか?」


「まさかピリカさんまで居なくなっているとは思いませんでしたが」


 どうやら思っている以上に事態は深刻なようだ。

 不穏な空気が僕らの間に漂う。


「それで、ピリカを探しに空島に行きたいんですけど。空島ってどうやって行けばいいんでしょうか。やっぱり魔法使いのホウキとかですか?」


「あそこまで高く飛べる魔法使いはそういないでしょう。ルネさんなら出来るかもしれませんが……」


「それが、ちょっとルネは事情があって後で来ることになっているんです」


 僕はチラリとポロの背中で眠っているルネを一瞥する。

 ゴトウミさんは特に疑問を抱いた様子もなく「そうですか」と頷いた。


「ならば空島へ向かう専用の施設があります。地図をお渡ししましょう。『御月見』の皆さんが動いてくださるなら安心ですね」


「って言っても僕らも既に一人いなくなってますけどね」


「それでもです。『御月見』の皆さんなら何とかしてくれる。そんな気がしています」


 ゴトウミさんはそう言ってふっと笑った。


 ◯


「やれやれ、随分と信頼されたもんだな……」


 ゴトウミさんに手渡された一枚の地図を眺めながら街を歩く。

 今まで何とかしてきたけれど、『御月見』はルネを中心に集まった寄せ集めの集団だ。

 あまり過度に期待されても困る気もする。


「ゴトウミさんの話では確かこっちだって言ってたけど」


 渡された地図にはストロークホームスの南側にあると言う施設が記されていた。

 普段南側にはあまり寄らないから新鮮に感じる。


 店からずいぶん離れた場所まで来たけれど、陽射しが街に届くことはなかった。

 空島の影響はここまで及んでいるらしい。


 もし今、あの空島が落ちてきたら大変な被害が出てしまうだろう。

 今まで空島が街から離れた場所に浮かんでいたのも、万一の事故に備えていたからかもしれない。


 しばらく歩くと、不意に目の前に妙な建物が見えてきた。

 何かの施設のようだが、建物の半分が屋根しかなく開放されている。


 屋根の下には電車にも似た大きな箱型の物体が二つ。

 そしてそれらを側面に、駅のホームのような足場が設けられていた。

 何かの乗り物だろうか。


 ストロークホームスには電車が一本しか走っていないと聞いているが、一体何なのだろう。

 不思議に思い、表側の入口から顔を覗かせる。


「すいません、誰か居ませんか」


 建物の内部は薄暗い場所だった。

 機械設備のような物が多数設置されており、そこから伸びたケーブルが先程の鉄の箱に繋がっている。

 給電でもしているのだろうか。


 端の方には操作パネルがたくさんついたガラス張りの部屋がみえた。

 管理室だろうか。

 部屋の中で何やら計器をいじっていた人物が、僕に気づいてひょいと顔をのぞかせる。


「なんじゃ、また誰か用事か」


 奥から姿を見せたのは一人のおじいさんだった。

 顔中がモサモサの白ヒゲで覆われており、背が僕よりも一回り小さい。

 身長が低い分、身体はどっしりとして見えた。

 ごつい印象を受ける。ドワーフだろうか。


 おじいさんは僕のところまで歩いてくると、訝しげな目でこちらをジロリと睨んだ。

 鋭い眼光に、思わず一歩下がった。


「えっと、突然押しかけてしまってすいません。実は空島に行きたくて役所を訪ねたらここを案内されまして」


「何じゃ客か。ここで合っとるよ。わしはゴドル。空島行きのゴンドラを管理する管理人じゃ」


「ゴンドラ?」


「あれじゃよ」


 ゴドルさんは先程外から見えた大きな鉄製の箱を顎で指す。

 電車っぽいとは思ったが、まさかゴンドラとは思わなかった。


「あの、空島へのロープが繋がってないみたいなんですが……」


「当たり前じゃ。あのゴンドラは魔法で空島に向かうんじゃから。ロープなんかで空と繋がっとったら空島が動く度に大騒ぎになるわい」


「魔法で……」


 僕が感心しているとゴドルさんは「お前さん、空に行った連中の知り合いか?」と尋ねてきた。

 

「先日、突然空島が動いたかと思うと、空島のゴンドラ乗り場と連絡がつかなくなった。役所の連中が調査に出向くと言ったが、空島に行ったきり戻って来よらん。そしたらこの間、ちっこくて訛りの酷いシルフのおなごがやって来おったんじゃ」


 ゴトウミさんの話と状況がピタリと一致する。

 やっぱりピリカも役所の調査員たちも、ここから空島へ行ったらしい。

 ピリカがどこに行っても目立つから話が早くて助かる。


「そのシルフの女の子、僕の仲間です」


「何じゃ、やっぱり知り合いか」


「僕たちも帰りが遅いんで探しに来たんですよ。それで、空島と連絡が取れないってどう言うことですか?」


「通信を入れても全く反応がない。何をやっても音沙汰がないんじゃ。持ち場も離れられんし、何かあったのは明らかじゃろう。だが、何があったのかはちっとも分からん。四台あったゴンドラも残り二台しかない。どうなっておるんじゃ」


 不機嫌そうな顔でゴドルさんは語るも、その瞳はどこか揺れて見える。

 彼も内心では不安に思っているのだろう。


「お前さんも空島に行く気か?」


 不意に尋ねられ、僕は頷く。


「一応街の役所から許可はもらっているんですが、乗せてもらえませんか?」


「ふむ、それは別に構わんがな……」


 ゴドルさんはしばらく首を捻って何か考え込むと、やがて決意したように顔を上げた。


「上の乗り場までわしも付いていこう」


「えっ?」


 予期せぬ言葉が飛んできた。


「でも何が起こってるかわからないですよ? 危ないかも」


「あくまで上のゴンドラ乗り場までじゃ。どうなっているか見ておきたいし、上に行ったきりのゴンドラを戻す必要もあるからな。何、危険なことはせん。わしが居なくなってはゴンドラを操作出来るものが居なくなるからな」


「でも……」


「交換条件じゃよ。どうじゃ?」


 迷ったが、この先何があるかわからないのも事実だ。

 少しでも知識のある人が居てくれた方が良い気がした。

 それに、ここで断ったらこのおじいさん、後々一人で空島まで行きそうな気もする。

 一緒に着いてきてもらったほうが都合が良いかもしれない。


「じゃあ、一緒に行きましょうか、空島へ」


「ふふ、そうこなくてはな」


 そう言って不敵に笑みを浮かべたゴドルさんは、何だか頼もしく見えた。



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