第8話 日差しの下に空飛ぶ島は現れる。

第1節 洗濯物と、浮かぶ島。

 魔法店『御月見』に新しい仲間が増えた。


「ポロぉ、ただいまやでぇ」


「わんわん!」


「えへへ、可愛えなぁ」


 夕暮れ時の店内にて。

 レジカウンター前で仕入れから戻ったピリカがデレデレした顔を浮かべる。

 ピリカに撫でられたポロは嬉しそうに尻尾を振っていた。


 本当に人懐っこい犬だな。

 こうして見ていると、元は魔犬だったなどとはとても思えない。


 ポロがこの店に来てからというもの、客足はますます増えている。

 人懐っこいポロの可愛さが人気なのだ。

 マスコットみたいになっているらしい。

 お陰でポロに会いたくてお客がふと立ち寄り、ついでに買い物してくれている良循環が出来上がっている。


 常連さんも増え、近頃ではちょっとした雑談が出来るほどにもなった。

 僕やピリカ、ルネの名前を覚えてくれている人もいる。

 以前から軌道に乗り始めていた『御月見』の経営は、ポロが来てからますます順調だ。


「ポロはモフモフやなぁ」


「わんわん!」


「ピリカとポロ、すっかり仲良しだね」


「そりゃそやわ。こんなに可愛い犬と仲良うならへん理由はない」


「そうだね。それに比べて……」


 僕がチラリと見ると同時に店の奥からドッグフードを持ったルネが顔を出す。


「ほら、駄犬。ご飯よ」


「ぐるるる……」


「なんで私には吠えるのよ!」


 この調子だ。

 初対面で、散々追いかけ回された恨みが深いのか、ポロは未だにルネを警戒している。

 それに、魔犬ということもあるのかポロは非常に知性が高い。

 自分を駄犬呼ばわりするルネの態度を察しているのかもしれない。


「恨みの根は深いなぁ。こりゃ当分懐くことないんちゃう?」


「そだね……」


「あ、そう言えばアレどうなったやろ」


「アレ?」


 ピリカがカウンターを抜けて裏庭の方へと向かっていく。

 気になってその後を目で追った。


「あぁー! やっぱりや!」


 何やら叫んでいる。

 店の中まで届く声だ。

 思わず小走りで駆け寄る。


 ピリカは裏庭に干している洗濯物に触れて絶望の表現を浮かべていた。


「どうしたの、ピリカ」


「またやねん! 洗濯物半乾き! 最近全然乾かへんのや!」


「あぁ、なるほど……」


 確かにここ最近洗濯物の乾きはすこぶる悪い。

 冬という季節なのもあってか、ますます乾きにくくなっていた。

 

 僕たちの洗濯はそれぞれが個々の洗濯をバラバラにやっている。

 最初は洗濯当番を決めようと言う話になっていた。

 だが女性二人の洗濯物を僕が洗うのは問題があるとのことで無しになったのだ。


 色々調整した結果、かなり非効率的だが今の方法で落ち着いている。

 この世界は魔鉱石で電気や火や水を生み出しているので、光熱費や水道代が一律なのが幸いした。


 僕は部屋干しにして暖房の近くに洗濯物を干している。

 魔力で稼働する暖房は電化製品よりも出力が強く、乾きやすいからだ。

 だからあまり洗濯物の乾きの悪さは実感していない。


 ルネが洗濯物を干す姿は見たことがない。

 もしかしたら、自分の分だけ魔法で乾かしているのかもしれないな。

 ピリカは外に干すのが好きらしく、よく裏庭に干している。


「まぁ、この状況じゃ洗濯物が乾かないのも無理ないね」


 何故なら。

 今このストロークホームスを覆うように、真上に大きな島が浮かんでいるからだ。


 ストロークホームスの半分ほどの大きさの浮かぶ空島。

 僕がこの世界に来た時、電車の窓から見えたのをよく覚えている。

 今まで街には被らない場所に浮かんでいた空島は、ここ最近この街の真上に浮上している。


「さすがに島があんなところにあったら日差しも遮られるよね」


「うぐぐぐ、忌々しい……」


 ピリカがぎりぎりと歯ぎしりする。


「そもそもあの島って何のためにあるんだろう」


「ウチも知らんわ」


「天候を操るためよ」


 僕の疑問に、いつの間にか背後に立っていたルネが答えた。


「空島はこの田舎町ストロークホームスの要よ。エインフィリアって一族が住み込んで代々天候を操ってきたのよ。それで農作物が育つのを補助してるってわけ」


「へぇ、エインフィリア。天候を操るってことは魔法を使うの?」


「似て非なるものよ。魔法とは違うとは聞いてるけど詳しいことはよく知らない。でも、農業が盛んなストロークホームスと懇意にしていることは確かね」


 するとルネは首を捻った。


「でも確かに妙ね、こんなところまで島が流されるなんて」


「風に吹かれたとかじゃないの?」


「基本的に空島が浮遊する位置もエインフィリアが操るのよ。こんな街の住民からクレームが来そうな場所に止めるはずがないんだけど」


「何か事情でもあるのかな」


「どんな事情があろうと洗濯物を乾かす妨害になってんのは事実やろ! よし決めた! ウチが文句言ってきたるわ!」


 とんでもないことを言い出した。


「大丈夫? ピリカ一人で」


「構わへん! こう言うのはな、怒鳴り込んだったらええねん! ウチこう見えて文句言うのは得意やからな!」


「それは知ってる」


「まぁ見ときや! 一時間もしたら空島なんてすーぐ移動するからな! ほな行ってくるでぇ」


 そう言ってがに股で表へ出ていくピリカを見送り、僕とルネは顔を見合わせた。


「大丈夫だと思う?」


「ま、そんなに大事にはならないでしょ。放っておいて仕事に戻るわよ」


 ルネはそっと肩をすくませるとスタスタと歩いていってしまった。


「空島か……」


 そう言えば、魔法も使えないピリカはどうやって空島に行くつもりだったのだろう。

 尋ねる前にさっさと出てしまったから結局聞きそびれた。


「道也ぁ! 何してんの! もうすぐ混む時間なんだから、早く品出ししちゃってよね!」


「分かった」


 ルネももう仕事に戻ってしまっているし、聞くのは今度でも良いか。

 僕は駆け足で店内へと戻った。


 でも、次の日になってもピリカは帰って来なかった。

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