第6節 鬼の力と、力比べ。
急降下するルネのホウキは、やがて建物の屋上に着地した。
「酷い目に遭ったあぁぁ……」
僕の腕から解放されたピリカがぐでんと倒れ込む。
僕たちが着地した屋上は、他の建物よりもすこしだけ高い場所に位置していた。
お陰で周囲の様子を見渡すことが出来る。
ルネは双眼鏡のように手を丸めて遠方を眺めると、やがて「いた」と声を出した。
「あっちよ、街の北側に向けて走ってる」
言われて耳を澄ますと確かに。
かなり遠くの道を魔犬が走っている音が聞こえた。
今が深夜で良かった。
この時間帯は小さな音でもよく目立つ。
それに街がパニックになっていないのも、ほとんど通行人がいないからだろう。
夜に探索を決断したゴトウミさんの判断は間違っていなかったというわけだ。
「私がここから追い込む。道也は挟み撃ちにして」
「わかった」
「言っとくけど、負けたりしたら承知しないわよ。あんた、私の右腕なんだから」
右腕、と言われたことが何だか嬉しい。
僕はそっと笑みを浮かべると「努力するよ」と言葉を返した。
「ほらウチはここで見物やな。座っとるし頑張ってくれい」
「何言ってんの、あんたも行くわよ」
「はぁぁ!?」
ルネの無情な言葉にピリカは目を見開く。
「何でやねん! 戦闘能力のないウチが行っても意味ないやろが!」
「店長の私が働いているのにあんただけ高みの見物なのが気に喰わない」
「
「うるさい! いいから行くわよ!」
ルネに首根っこを掴まれたピリカは無理やりホウキに乗せられる。
自然と穂にしがみつくような形になった。
「じゃあ道也、しっかりやりなさいよ」
「ルネも気をつけて」
「嫌やぁぁぁ! 行きとうない! 道也たすけてぇぇぇぇぇぇぇ……――」
ホウキが飛ぶのと同時にピリカの叫び声が遠くなる。
まるでジェットコースターに乗せられたみたいだな、なんてことを考えた。
ルネたちが飛んでいく姿を目で追う。
かろうじて大きな魔犬の背中と、その後ろをついて回るルネの姿が見えた。
「ほらほら! ボサッとしてたら燃やし尽くすわよ!」
自信家満々のルネの声は遠方でも良く聞こえた。
ルネは魔犬を背後から炎の魔法で威嚇している。
魔法がヒットしないよう気をつけているのが遠目に見ていて分かった。
途中、魔犬は頭を振り回してルネを追い払おうとする。
だがルネは風の魔法で軽くいなすと、今度は魔犬の尻に蹴りを入れていた。
ギャインと大きな魔犬の鳴き声が響き渡る。
「おーっほっほっほ! 弱っちいわね! 魔物とは思えないくらい!」
頭を振り回して抵抗する魔犬の周囲を、まるでハエのようにルネはブンブンと飛び回る。
かなり嫌がっているのが遠目でも分かった。
「そろそろだな……」
僕は立ち上がると屋上の端へ立ち、肩を鳴らした。
ここ最近は、ずいぶんと鬼の血のコントロールも上手くなっている。
全身を完全に鬼化させずとも、生身で鬼の力を自在に発揮出来るようになっていた。
と言っても、完全に鬼化した時には劣るけれども。
僕はそっと屋上から飛び降りると、建物の出っ張りに手を引っ掛け、
体が軽い。
跳躍も軽々とこなせる。
ここまで体感の変化を実感するのは始めてかもしれない。
やがて少し高い場所から地面に着地し、僕は大通りに走った。
急がないと。
僕が大通りに出るのと、魔犬がルネに追われて出てくるのはほぼ同タイミングだった。
正面に立ちはだかる僕を見て、魔犬が一瞬進むのをためらう。
するとすぐ背後から腕を振って炎の魔法を撒き散らすルネが姿を現した。
「ほらほら! ぼさっとしてると殺っちゃうわよ!」
物騒なことを言っている。
これじゃどっちが悪者か分からないな。
追い込まれた魔犬はいよいよ逃げ場を失ったのか、観念して僕に向かって突進してくる。
僕くらいのヒョロい男性なら倒せると思ったのかもしれない。
でも、そうはさせるもんか。
僕は思い切り息を吐き出すと、全身に鬼の血を巡らせる。
体が熱くなると同時に肥大化し、心臓の鼓動が大きくなるのが分かった。
全身から湯気が出て、吐いた息は即座に白く染まる。
ツメは鋭く、腕は太く、足は丸太のようになり、服がギチギチと破けそうな音がした。
皮膚が赤く染まり、髪は白髪に変化する。
赤鬼の顕現だ。
僕は体を低く構えると、迫りくる魔犬を真正面から捉える。
魔犬は頭から僕に突っ込んで吹き飛ばそうとしているようだった。
「力比べだ……!」
僕は咄嗟に腕を前に突き出すと、突進してきた魔犬の体を全身で受け止めた。
トラックがぶつかってきたような衝撃と共に、体が後ろへ押されていく。
だがそう簡単に負けやしない。
後ろ足を踏ん張ってブレーキを利かせると、魔犬は完全に静止した。
どれだけ押してもビクともしない。
困惑したように魔犬が唸り声を上げた。
力では敵わないと思ったのか、魔犬は大きな口を開くと襲いかかってきた。
巨大な牙と強靭な顎。
噛まれたらひとたまりもないだろう。
そう、常人なら。
だが僕はあえて腕を魔犬に差し出した。
魔犬がしめたとばかりに僕の腕を噛みちぎろうとする。
「道也ぁ!」
「大丈夫!」
叫んだピリカに返事すると、僕は腕に限界まで力を込めた。
鬼化した強靭な腕を魔犬の牙は噛みちぎることが出来ない。
服の袖は破れても、皮膚を食い破れないのだ。
ストロークホームスに来てから二ヶ月、かなり色々な無茶をしてきた。
鬼化した時の頑丈さは僕が一番よく知っている。
高い場所から飛び降りても、跳躍してとんでもない転び方をしても。
鬼化した体は傷一つつくことがなかった。
だからこそ、魔犬の牙にも耐えると踏んだ。
魔犬は困惑しながらも、僕の腕を噛む力を弱めない。
むしろ更に強めているのが分かった。
今がチャンスだ。
僕がそのまま腕を持ち上げると、魔犬の体も釣られて持ち上がった。
獲物の思わぬ
咄嗟に口を離そうとするももう遅い。
僕は腕を思い切り捻ると、地面に魔犬を叩きつけた。
ドシンという重たい音と共に、魔犬がその場に組み敷かれる。
鼻先を地面に押し付け、魔犬を完全に沈静化させた。
しばらくジタバタしていた魔犬だったが、やがて魔力を使い切ったのか諦めたように体を小さくし、元の小さな子犬へと戻った。
「道也、無事?」
ルネとピリカが駆け寄ってくる。
「何とかなったよ」
くてんとその場に倒れていた子犬を見て、僕は笑みを浮かべた。
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