第4節 子犬と救助と、かつての飼い犬。

 ゴトウミさんと深夜のストロークホームスを巡った。

 ゴミ箱の中や狭い通路の先。

 街を流れる川まで見て回ったものの、それらしき動物は見当たらない。


 深夜のストロークホームスは静かだ。

 若者が騒いだりもせず、悪そうな奴らもたむろしない。

 石畳に組み込まれたほのかに輝く不思議な鉱石が道を照らし、街に浮かんだ魔法のランプがオレンジ色の光で街を照らす。

 それは、どこにいても家の中にいるような独特の安心感を僕らに与えた。


 いいかげん足も疲れてきた時、ゴトウミさんは腕時計に目を向ける。


「そろそろルネさんと合流する時間ですね。戻りましょうか」


「結局、成果上がりませんでしたね」


「仕方ありません。粘り強く取り組みましょう」


 ゴトウミさんは脇道へと足を踏み入れる。


「こちらの道に入ります。この先の公園を抜けると駅前広場に早く着きます」


 ゴトウミさんの案内を受け路地を進むと、確かに通り抜けが出来る小さな公園があった。

 石畳の作りになっており、月明かりを反射する鉱石が美しく輝きを放っている。

 ところどころ小さな樹も植えられており、自然と人工的な装飾が一体化していた。

 魔法世界ならではの光景だ。


「雰囲気の良い公園ですね」


「休日はよく子どもたちが遊んでいますよ」


 すると風もないのに突然、近くの樹がガサガサと揺れた。

 予期せぬ出来事に僕とゴトウミさんは顔を見合わせる。


「何でしょうか?」


「ゴトウミさんは待ってて下さい。ちょっと見てきます」


 僕が恐る恐る近づくと、樹の上から動物の鳴き声がした。

 クゥンクゥンと鳴くその声は弱々しく、助けを求めているようにも聞こえる。


「あれって……」


 樹の上で鳴き声をあげていたのは、子犬だった。


 ◯


 小さな犬が樹の上で怯えている。

 登ったは良いものの、高くて降りられなくなったのだろう。

 手足が小さく毛がふさふさのもふもふ。

 元の世界で言うところのコーギー種に見えた。


「犬ですね……」


 見上げているといつの間にかゴトウミさんが隣に立っていた。


「件の魔犬でしょうか」


「可能性としてはありえますが、それにしては――」


 樹の幹に必死でしがみつく犬は小動物のように震えている。

 身動きが取れないのは目に見えていた。


「あの状況で魔法を使わないのは少し違和感がありますね」


「ですよね。ゴトウミさん、外見の情報とかは知らないんですか?」


「残念ながらはっきりと犬の特徴に言及した目撃例がないのでわかりかねます。それらしい動物を見た、遠目に見た、そんな内容ばかりですので」


「なるほど……」


 もしあれが本当にルネの言う狡猾で、獰猛で、凶暴な魔犬だとしたら。

 ずいぶんと間抜けな姿だな。

 そう言う意味でも危険性は低いように思えた。


「仕方ない、助けるか」


「大丈夫ですか? ルネさんと合流して危険性がないか見てもらっても良い気がしますが」


「それだと時間も掛かっちゃいますし――」


 僕が顔を上げると、すがるようにこちらを見つめる犬と目が合う。

 キラキラと大きな瞳でこちらを見つめる姿からは、狡猾さも、獰猛さも、凶暴さも感じられなかった。


「流石にあの状態で放置するのは可哀想かなって」


「致し方ありませんか……」


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


 僕は樹に足を掛けると慎重に上へ登り始めた。

 そこまで大きな樹じゃないが、それでもそれなりに高さはある。

 足を滑らせて落ちればただではすまないだろう、普通の人なら。


 すぐに子犬の元へとたどり着くことが出来た。

 僕を見つめた犬は心から嬉しそうに目を輝かせる。


「猫ならともかくどうやってそんなところ登ったんだよ。ほらおいで」


「わんわん!」


 樹にしがみつく犬に手を伸ばすと、そのまま勢い余って顔に飛びつかれた。


「あ、おい暴れるなって! おわっ!?」


 予期せぬ犬の行動に思わず体制を崩し樹から落ちそうになる。


「菅原さん!」


 一瞬混乱したが、ゴトウミさんの声が下から聞こえてハッと我に返った。

 このままじゃ背中から地面に叩きつけられてしまう。


 僕は咄嗟に全身に血を巡らせ、体を鬼化すると体を大きくひねって体制を整えた。

 そう言う動きが出来ると思ったわけじゃない。

 ほぼ直感だ。


 自分の体の中心の軸を意識し体操選手のように体を回転させる。

 ちょうど地面が足元に来たので、そのまま着地した。

 ストッと言う音と共にキレイに降り立った僕を見て、ゴトウミさんが目を丸くする。


「お見事です……!」


「はは、危なかったです。声かけてくれてありがとうございます」


「その姿、魔法ですか?」


「みたいなものですかね」


 僕が気を緩めると鬼化した体はすぐに元に戻った。

 血のコントロールにもすっかり慣れたな。

 僕はそっとしがみついている犬を引き剥がすと胸元に抱きかかえた。


「こら危ないだろ。あんな高いところで暴れたら」


「わんわん!」


 人の気など知らずにペロペロと犬は僕の顔を舐めてくる。

 ずいぶんと人懐っこい犬だな。


 手足が短くてお尻がふかふかの食パンみたいだ。

 やっぱりコーギー種だろうか。

 何となくお尻を撫でてあげると喜んでいるようだった。


「わんわん!」


 嬉しそうに舌を出している犬の顔がどこか記憶で引っかかる。

 以前にも似たような犬を何処かで見た気がした。


「お前、どこかで会ったことあるっけ?」


「わん?」


「あっ……」


 思い出した。

 ポロだ。


 ◯


 ポロ。

 僕が幼い頃に家族で飼っていたコーギー。

 お尻がぷりぷりで毛並みがもふもふの可愛い犬だった。

 頭が良くて人懐っこく、人をすぐに見分ける犬だった。


『わんわん!』


『ただいま、ポロ』


 僕が帰るとポロはよく舌を出しながら嬉しそうにお尻を振って出迎えてくれた。

 尻尾の代わりにお尻を振るポロに頬を擦り寄せると、彼はいつも嬉しそうに鳴いてくれた。

 学校にろくな友達がいない僕にとって、ポロは大切な家族であり友達だった。


 ある時、些細なことがきっかけで母と喧嘩した。

 言い争いになり、勢いで家を飛び出して。

 いつの間にか自宅からずいぶ?離れた場所に来てしまい帰れなくなった。

 当時小学生だった僕にとって、生活圏外の場所は未知の領域だったのだ。


 夜になっても変えることが出来ず、暗い公園のベンチで一人泣いていると。


「わんわん!」


 心配して家を出たポロが僕を迎えに来てくれたのだ。

 母にはその後すごく怒られたけど、ポロのおかげで家に帰ることが出来た。


 ポロは両親と共に災害で死んでしまった。


「天命じゃったんじゃ……。道也、気を強く持ちなさい」


 泣きそうな顔でじいちゃんが僕の肩を叩いたことをよく覚えている。


 ◯


 ずいぶん昔の話を思い出した。

 確かポロはお腹に月のような白い模様があったっけ。


 何気なく抱きかかえた犬のお腹を見ると、茶色い毛並みの中に白い毛で三日月のような模様が浮かんでいた。

 ポロとよく似た模様だった。

 それがなんだか、妙な縁を感じさせる。


「魔犬にはとても見えないですね」


「ですね」


 ゴトウミさんが優しい笑みを浮かべ、思わず僕も釣られた。

 僕の腕に抱えられた犬だけが、不思議そうに首を傾げていた。

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