第2節 依頼と魔犬と、適材者。
リビングにて。
僕ら三人とウタコさん、
真面目そうな40歳くらいの男性で、人の目を真っ直ぐ見る眼力の強い人だった。
何より特徴的なのは帽子だ。
頭をすっぽりと覆い隠すような大きな毛皮のついた耳当て付きの帽子を被っている。
すっぽりと耳元まで覆い隠してしまっており、礼装とはひどく不釣り合いに思えた。
テーブルでルネと男性が対峙する。
僕らはすぐそばにだってことの成り行きを見守っていた。
「突然すみません。
ゴトウミ……日本人みたいな名前だ。
この世界の名前の法則性がいまいち掴めない。
ルネやピリカのような洋名もあれば、ウタコさんやゴトウミさんのような和名の人もいる。
まぁ、そのおかげで『道也』なんて名前の僕でも馴染めているのだけど。
ルネはさほど気にした様子もなく、腕組をしながらコキリと首を鳴らす。
「で、役所の人が何の用なのよ?」
「はい、先日の収穫祭で『御月見』の皆さんの活躍を拝見しまして、ぜひ正式にご依頼したいことがあり参りました」
「活躍って言ってもウチは何もしてへんけどな。ナハハ」
「ピリカ、静かに」
「んで、依頼って?」
「街の犬屋敷の犬を捕まえていただきたいのです」
「犬屋敷?」
目を丸くする僕たちにゴトウミさんは頷くと、机の上に地図を置いた。
「このストロークホームスの北西部、いわゆる街の外れなのですが、この場所に割と有名な犬好きの老婆が住んでました」
「『ました』ってことは?」
「ええ、先日お亡くなりになったのです」
室内の空気が少し変わる。
ゴトウミさんは気にせず話を続けた。
「この犬屋敷には約100匹の犬が住んでいました。他の99匹は引き取り先が見つかったのですが、最後の1匹がどうしても見つからず……」
「その1匹を私たちに探せって?」
「はい。失礼ながら皆さんのことをお調べしたところ、以前逃げ回る飼い犬を捕まえたとお聞きしています。何でも大捕物だったそうで」
以前教会に行った時か。
街の人の依頼で飼い犬を探し、そこで鬼の力を使った。
かなり街中を走り回っていたから、結構目立っていたらしい。
ルネがジロリと僕を睨み、思わず乾いた笑みが浮かんだ。
「本気で逃げ出した犬を捕まえるのは至難の業です。たとえ魔法を使ったとしても」
「だから犬を捕まえた私たちに協力しろってこと?」
「ええ。特に今回は、ただの犬ではありませんから」
「ただの犬じゃない?」
「魔犬なのです」
「魔犬?」
聞き慣れぬ単語が出てきた。
「いわゆる魔物の類です。普通の動物と違い気性が荒く、人を襲う可能性があります」
「あのー……」
僕が口を挟むと「何でしょう」とゴトウミさんは顔を上げた。
「邪魔しちゃってすいません。僕、
すると「私が答えるわ」とルネが口を開いた。
「魔力が異なるのよ」
「魔力が?」
「魔物は魔法を使うの」
「えっ?」
耳を疑った。
「魔法ってルネがいっつも呪文唱えて使ってるやつでしょ? 魔物も詠唱出来るってこと?」
「魔法の発動方法は一つじゃない。魔法はイメージの世界だって以前話したでしょ」
「うん」
確か想像したものを魔力を用いて形にするんだったか。
想像力の助けになるのであれば魔法の発動方法はどのような内容でも構わないと言う話だった。
いい加減な手法だなと思ったのを覚えている。
「魔物は魔力を操れる個体なの。だから魔物なりの方法で魔法を発動させることが出来る」
「それって普通の動物には出来ないものなの?」
「本来はすべてが『普通の動物』なのです。魔物と呼称しているのは我々の采配ですね」
ゴトウミさんが補足した。
なるほど、人間側で魔法が使える種族を『魔物』と区別しているのか。
「でも魔物を一般人が飼うなんて可能なのかしら?」
ルネが首を傾げると、ゴトウミさんも渋い顔で腕を組んだ。
「分かりません。今となってはもう確かめようもありませんから。飼い主の方が何らかの魔法で操られていたと言う可能性もありえます」
魔物は人間も使役させられるのか。
それが本当だとしたら、確かにかなり厄介だ。
「この通り、ストロークホームスは平和な街です。役所にも危険な魔法に対処できるような高度な技術はありません。この街の平和のため、ぜひ皆さんにご協力いただけますと幸いです」
ゴトウミさんが神妙な面持ちで深々と頭を下げた。
ルネが困惑した様子で僕らを見てくる。
どうしようとその表情は物語っていた。
「ええやん、店長と道也やったら対応出来るやろ。引き受けたらどや?」
沈黙を破ったのはピリカだった。
ゴトウミさんが目を輝かせる。
「本当ですか!?」
「ちょっとピリカ、あんた自分が前線に出ないからって勝手に決めないでよ」
「せやけどな? 商人の勘が言っとるで。これはビッグビジネスチャンスやってな」
「ビジネスチャンスぅ?」
「街に危険な魔物が出回ってるっちゅう報せは既に知れ渡っとるわけやろ?」
ピリカの言葉にゴトウミさんが頷く。
「当然です。役所より注意喚起も行っております」
「つまりこの案件は既に街の住民から注目されとるわけや。そんな中この案件を解決してみぃ? ウチらの名前を売ることにも繋がるやろ」
「確かにそうかもですね……?」
ウタコさんが頷くとピリカの演説は加速する。
「確かにウチらの店は先日の収穫祭で有名になった。でも言うてストロークホームスは結構でかい街やからな。人気店になるにはもっと注目度が必要や。この一件はウチらの実力を知らしめるにはうってつけやと思うで。それに役所にも顔が利くようにもなるからな。今後多少の無茶しても見逃してもらえるかもしれへん」
「それとこれとは話が別ですが――」
スチャッとゴトウミさんはメガネのズレを直した。
「懇意にさせていただくことは確かです。今後役所に来た魔法案件をご紹介出来るでしょう」
「うううむ……」
ルネはあからさまに渋い顔をして腕を組む。
その姿を見て僕は疑問を抱いた。
「随分渋るね、ルネ。魔法省に居た頃は魔物と対峙してこなかったの?」
「散々してきたわよ。こう見えても結構修羅場くぐってんだから」
「じゃあ何でそんなに渋るのさ?」
「危険だからに決まってんでしょ! 魔物の生態は私が一番よく知ってる! あいつらは残忍で、狡猾で、恐ろしい生き物なの! 普通の人間が相手するには危険すぎるのよ!」
あの自信家のルネがそこまで言うのならよっぽどなのだろう。
彼女の顔はいつになく真剣だった。
相当恐ろしい経験をして来たのが見て取れる。
「それにあまり店を空けるのも考えものだわ。今ってちょうど客足も伸びてる時だし」
「ウチが店番するから心配無用やで?」
「何言ってんのよ。もしやるとなったら当然あんたも手伝わせるわよ」
「はぁぁぁ!!!? 何でやねん!」
ピョンピョン飛び跳ねるピリカに「当然でしょ」とルネは冷酷に言い放つ。
「例の魔犬がどんなのか分からないけど、今も見つかってないってことはどこかに隠れてる可能性が高いからね。あんた小さい体してんだから色々潜り込んで調べなさい」
「横暴やろ! さっき『魔物は獰猛で~』とか言っとったやないか! ウチが大怪我したらどないすんねん! 非戦闘員は後方支援が定石やろがい!」
「理屈ではそうだけど、私たちだけ肉体労働させられるのが気に食わない」
「感情論やないかぁ! 道也、このわからず屋に何か言ったってくれぇ!」
「一緒に頑張ろっか、ピリカ」
「何でやねん!」
「では、引き受けてくださるんですか?」
ゴトウミさんが目を輝かせる。
ルネはウーッとしばらく唸った後、やがて諦めたようにうなだれた。
「こうなったらもう受けるしかないわね……。断っても寝覚めが悪いし。言っとくけど、報酬は弾んでもらうから」
「もちろんです! ウタコさん、素晴らしい人選をご紹介くださりありがとうございます!」
「いえいえ、ルネさんたちならきっと受けてくれると思ってました」
ニッコリと笑うウタコさんをルネはジロリと睨む。
「管理人さんも、あんまりウチを便利屋扱いしないでよ」
「でもここ、何でも引き受ける便利な魔法店じゃないんですか?」
「うぐ……」
秒で言い負かされるルネを見ながら、僕は一人で店の経営について考えていた。
「ルネ、店番どうしようか。『響』に頼んでヘルプを出してもらうとか? フィリさんとか頼んだら来てくれないかな」
「悪くない案だけど、あんまりライバル店に貸し作るのもね。どこかに良い人選いないかしら。適度に暇そうで、元気が良くて、愛想が良さそうな」
その時、店の入口が開き鈴の音がチリンチリンと鳴り響いた。
お客だろうか。
「すいませーん、近くまで来たので遊びに来ちゃいましたぁ」
そう言ってレジカウンターに立ったのは、大きな角を生やした龍人。
教会の新米シスターのルゥさんだった。
僕とルネは顔を見合わせる。
「居たわね、ちょうど良いのが」
「へっ?」
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