第5節 コンビプレーと、交わした約束。
収穫開始のアナウンスと共に、ダスカが動き始める。
「風よ、我が眷属となりて刃となれ!」
ダスカが呪文を唱えると共に、彼女を包むように風が生まれ、やがてそれは刃となって何本ものかまいたちを生み出した。
かまいたちはしばし虚空を飛び交った後、やがて地面に下降し稲穂を薙ぐ。
かまいたちに触れた稲穂たちは次々に刈り取られて行った。
ド派手な魔法に「おぉっ!」と群衆から声が上がる。
「すごい、あんな大量のかまいたちを正確にコントロールしてる!」
「やっぱり同じ魔法使いから見ても凄いんですか?」
僕が尋ねるとフィリさんはぶんぶんと何度も頷き赤髪を揺らした。
「すごいどころじゃありません! 正確だし速度も段違い! 相当腕がないと無理です!」
フィリさんが興奮した様子で話す間も、ダスカの魔法は止まらない。
風の魔法を使うダスカは次々とかまいたちを起こして稲穂を切り上げると、それらを魔法でかき集めていた。
集められた稲は次々に積み重ねられ、大きな山になっていく。
ここから見える限りでも、他の魔法使いとは段違いの勢いだった。
「そう言えばルネは?」
僕が目を向けると、ピリカがそっと肩を竦めた。
奇妙に思い目を向けて理解する。
ルネはまるで動かず、ただ空中に静止しているだけだった。
他の魔法使いたちが地道に積み重ねている中、ルネの周囲にある稲穂だけが全く刈り取られていない。
「ルネお姉様、試合を放棄なされたのですか?」
ダスカの揶揄する声が夜空に響く。
聞こえているはずなのに、ルネはまるで反応しない。
流石に様子がおかしいことに気づき出したのか、群衆からも困惑したざわめきが上がっていた。
だが僕は知っている。
「どないしたんや店長? もう諦めたんか?」
「ルネさん、大丈夫でしょうか……」
「いや」
僕が言うと全員が僕の方を見る。
「何かやろうとしてる」
ルネは、ただ何も出来ずに終わるようなタマではないことを。
ルネは小さな声でずっと呪文を詠唱していた。
以前ルネが言っていたことを思い出す。
――魔法は魔力を用いたイメージの具現化よ。単純に言うと、想像の力を用いて現象を引き起こす。
――イメージの具現化? 頭の中で妄想するってこと?
――ただ想像するだけじゃないわ。体に流れる魔力の流れを感じて、それを外に出さなきゃならない。
魔法は想像の世界だ。
そして大きな現象を引き起こすには、それだけ具体的にイメージをする時間が必要になる。
だから彼女は集中して、より大きな現象を起こそうとしているんだ。
その予感は、果たして的中していた。
ルネは不意に目を開くと、思い切り天に手を掲げたのだ。
「準備完了! いくわよぉ!」
叫ぶと同時に、月明かりがルネの手元に集まっていく。
集まった月明かりは、やがて巨大な球体となり天に生み出された。
「何やあれ!?」
「巨大な光の球です!」
「光の球って、そないなもんで稲が刈れるんかいな?」
「物理干渉を起こす力を感じます!」
ルネが天にかざした手を広げると、球体はやがて形を変え大きな鎌になった。
ルネの手元に鎌が収まる。
すごい、あれが噂の魔法店か、どうやってるんだろう。
一気に観衆から賛辞の声が上がった。
「見てなさい! これが天才魔女、ルネ様の実力よ!」
あれを振るつもりか。
そう思ったものの、何故かルネの動きはそこで止まった。
天に鎌を浮かべたまま微動だにしない。
どうしたんだろう。
辺りがざわめく。
するとルネはこちらを向いた。
「道也ぁ! 重くて振れない! 持てないよぉ!」
「道也、何か呼ばれてるで」
「マジか……」
本当に最後まで締まらない奴だ。
どこまでも世話の焼ける。
「早くぅ! 重いんだからこれ!」
「分かったよ! 行くよ!」
僕は半ばやけくそ気味に叫ぶと稲穂の中へと走った。
ルール上大丈夫なのだろうかとか色々考えたものの、今は気にしていられない。
稲穂の中を走りながら血を巡らせ、一気に鬼化を果たした。
白髪の赤鬼の姿へ変貌を果たした僕は、そのまま稲穂を踏みつけて大ジャンプをした。
宙に浮かぶルネの元に一気に近づく。
「化け物だ!」
「何だあれ? 獣人か?」
「変身魔法じゃない?」
観客から声が聞こえる。
こうなるのが分かっていたから、大っぴらに鬼の姿を見せるのは極力避けていたのに。
「受け取りなさい!」
ルネから空中で鎌を受取った僕は、地上に着地する。
「これ振り回して人に当たらないの!?」
「ちゃんと安全は確保済みよ!」
ルネは全て分かっていたようにニヤリとした笑みを浮かべた。
「あんたの実力見せて黙らせるのよ! 認めさせてやりなさい! ストロークホームスに鬼の存在を!」
「無茶苦茶だな、もう!」
思い切り鎌を振りかざした僕は、再び全身に血をめぐらせる。
腕が更に太くなり、吐いた息は蒸気のように白く染まった。
そのまま一気に体を大きくひねると。
半径100メートル近い稲穂を一気に一閃した。
刈り取られた大量の稲穂が宙を舞う。
その稲穂が地面に落ちる前に、再びルネが手をかざした。
「ここからが私の出番なんだから!」
ルネが魔法を唱えると、ルネの頭上に巨大な稲穂の球体が出来上がる。
その量はダスカの三倍は超えていた。
その球体を地面にゆっくり下ろすと、稲穂の塊が
規模感の違う刈り取りに、観客たちから一気に歓声が上がる。
「どんなもんよ! これが魔法店『御月見』の実力なんだから!」
「は、はは……」
僕が地面で呆れ笑いを浮かべていると、ルネがいつものドヤ顔で僕のすぐ横に着地した。
「上手く行ったでしょ?」
「奇跡的に、だけどね」
「何よぉ、文句でもあんの?」
「別に」
「さ、次の刈り取り行くわよ! 収穫はまだまだこれからなんだから!」
◯
「二対一なんて卑怯なのです! もう一回! もう一回勝負して!」
無事に収穫が終わり、再び街に祭りの喧騒が戻って来るころ。
僕らと合流したダスカはプンスカと文句を告げてきた。
しかしそんなダスカを制したのはソルだった。
「これは所詮余興だ。別に競うようなものでもないし、ルールもないからね。結果にそんなに重きは置かれていない。魔法省の人間としての務めは十分果たしたよ」
「でもソル兄様!」
わめくダスカを放ってソルは「帰るよ」と歩き出す。
他の魔法省の人間が逃げるようにさっさと帰る中、ソルは一瞬立ち止まるとルネを振り返った。
「二対一でやったら魔法省や家の名に傷がつかないと思ったの?」
「さぁね?」
ルネがいたずらっぽい顔で肩をすくめた。
その姿を見てハッとする。
ルネが大鎌を振らずに僕を呼んだのは、全部計算だったのかもしれない。
僕の鬼の姿を街の人々に認めさせるため。
名家であるソルやダスカに、卑怯な手で負かされたと言う名分を与えるため。
彼女は収穫に僕を巻き込んだのだ。
するとソルはフッと笑った。
「相変わらず喰えないね」
去っていくソルやダスカたちの姿を見送り、ルネがフンと鼻を鳴らした。
「これで魔法省も敵に回ったって訳か。面倒くさいことにならないと良いけど」
「ルネはそれでいいの?」
「別に? 元々魔法省にはうんざりしてたし、実家にも居場所なんてなかったからね。ソルたちも昔はよく懐いてたけど、今ではあんな調子だし」
「そっか……ルネは強いね」
きっと彼女なりに思うことはあるはずだ。
でもそれでも強さを崩さないルネが、僕には少し眩しく見えた。
僕らが話していると、ウタコさんが笑みを浮かべてこちらにやってくるのが見えた。
「お二人共お疲れ様でした! お陰で今年は大盛りあがりです!」
「僕、途中乱入しちゃいましたけど、大丈夫でした?」
「大丈夫ですよ。別に勝負事ではないので。お祭りの余興です」
「それは良かった」
やれやれ、これで一件落着か。
万事うまく収まってとりあえずホッとしたけれど。
僕にはまだ、どうしても気になることがあった。
「ごめん、ちょっと抜けるね」
「道也! どこ行くのよ!」
ルネたちから離れて、帰るソルたちを追いかけた。
人混みを抜けて、駅へと辿り着く。
改札を抜けて先に行くダスカと、改札を抜けようとするソルがいた。
「待って」
呼び止めるとソルはピタリと動きを止めこちらを振り向く。
「何、わざわざ追いかけてきて」
「本当にこのままで良いの? ルネのこと、好きなんでしょ?」
「はっ?」
「君は全部わかってたんでしょ。その上で、ダスカとルネを競わせた。きっとその方がうまく行くって思ったから」
僕が言うとソルは視線を落とした。
「知らないね。考えすぎじゃない?」
誤魔化すような声だった。
「知らないよ、僕に黙って地方に行ってしまう姉さんのことなんて」
その時、駅の構内に放送が鳴り響いた。
【間もなくリンドバーグ行き~最終電車が到着~乗り遅れのないようにして下さい~】
「もう行くよ。これ以上付き合って居られないし」
ソルは改札を抜けると、僕の方を振り返った。
「僕たちは魔法の名家の生まれだ。なのに勝手に決めて何の相談もなしに中央を離れた姉さんを僕は許さない。好きだなんてこと、ありえないよ」
「でも」と彼は続けた。
「その自由さに、ずっと憧れてた」
ソルは一瞬だけさみしげな瞳を浮かべると、やがて元の無表情に戻った。
「姉さんは魔法省と敵対した。我がシルヴァニー家ともね。もしかしたらこれから、何かゴタゴタするかも知れないけど」
ソルは少し間をおいた後、口を開いた。
「不肖の姉を頼んだよ」
「わかった」
「ソル兄様! 電車が来るのです!」
「今行くよ」
ソルはフッと笑うと駅のホームへと姿を消した。
○
駅を出ると大きな満月が目に入った。
収穫を終えたストロークホームスの収穫祭の盛り上がりはピークだ。
街の人々が楽しげに飲んで歌い、皆が笑顔で立っている。
何だかその情景が、僕の心を安堵させてくれた。
すると目の前に見覚えのある金髪の女性が立っていた。
ルネだった。
憮然とした表情で、彼女は僕の前に立っている。
「ルネ、どうしたのこんなところで」
「あんたが勝手にどこか行くから迎えに来たんでしょ」
不機嫌そうに言うと、彼女はプイと歩き出す。
何となくその背中を追う形になった。
しばらく二人で、黙って歩く。
「後ろに居られると気まずいんだけど。横歩きなさいよ」
言われるがままルネの横に立つ。
勝手にソルたちと会っていたことについて何か言われるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。
代わりに、僕は一つだけ気になっていたことを彼女に尋ねる。
「ルネはさ、今回のことどこまで計算してたの?」
すると彼女は怪訝な顔をした。
「計算って何がよ」
「いや、ソルと話してたでしょ。名家を傷つけないためにわざと二対一の構造を作ったとか」
するとルネはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「あれは……ああ言っておけば姉の威厳を守れると思ったのよ」
「あ、そうなんだ……」
なるほど、分かった。
何も考えていなかったことが分かった。
やっぱりルネはバカだ。
でも彼女は、愛すべきバカなのだ。
行き当たりばったりで、プライドが高く、計算しているようでほとんどノリで行動している。
そしてそんな彼女に付き合うことが、僕は嫌じゃない。
その時、空に大きな花火が上がり、ストロークホームスの夜空を照らした。
歓声が上がり、街の人々が大喜びする。
「やっぱり収穫祭は最高ね。期待以上だわ」
「そうだね」
「これで今日は悪夢見ずに済むんじゃない?」
ルネが言う。
そう言えば、すっかりそのことを忘れていた。
ルネは相変わらず無茶苦茶だ。
でもその無茶が、いつも僕を引っ張ってくれる。
「そうだね。今日はよく寝れると思う」
滅びの未来がどんなものかは分からない。
いつか元の世界に戻ることもあるのかも知れない。
でも――
「よーし、じゃあ行くわよ、道也! まだまだ収穫祭はこれからなんだから!」
「うん、行こう!」
今はこの街で、このポンコツな魔法使いとの暮らしを大切にしようと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます