第4節 一大勝負と、祭りの本番。

「収穫祭に参加しろ、です?」


 祭りの本部となる建物の中。

 祭りの実行委員の話を聞いてダスカが眉を吊り上げた。

 この場にいるのは魔法省の人間を除けば僕とウタコさん、それに祭りの実行委員となる人々だけだ。


 ダスカの言葉にウタコさんは動じることなく「えぇ」と笑みを浮かべる。


「せっかく国内随一の魔法のプロがいらっしゃるんですもの。是非どうかなって」


 するとダスカを筆頭に、その場に居た魔法省の人間たちが小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「そんな田舎者のイベントに出るわけないのです。我々は遊びに来たのではありません。今回視察に来たのもあくまで地方の調査。メリットがありません」


「それは……」


「メリットならありますよ」


 口籠るウタコさんの代わりに僕が答えた。

 全員がこちらに注目する。


「ストロークホームスに魔法省の権威を示せます」


「権威?」


 ダスカがピクリと眉を動かした。

 これは恐らく……効いている。


「僕は遠方の出身なので魔法省の知識には疎いですが、魔法省はこの国の魔法を取り締まる機関なんですよね。ストロークホームスには僕みたいな人間が多い。まだまだ魔法省の凄さを知らない人ばかりです。衆人環視しゅうじんかんしの中で魔法省の凄さをアピールすることは、今後の魔法に関する犯罪の抑止力にもなりますし、魔法省の凄さを示すのに良いきっかけになるとは思いませんか」


 僕が言うと全員が黙った。

 もう一押しだ。


「ストロークホームスの収穫祭は見た目以上にかなりの注目を集めています。遠方の街でも話題に上がるほどの評判で、旅行者も多数いる。そんな場所で魔法省の人が実力を発揮すれば、国家権力の凄さを示せるはずです」


「それでも私たちが田舎のイベントに参加するなんて――「ただ」」


 僕はダスカに言葉を被せた。


「田舎のしがない農夫や魔法使いに負けるのが怖いのなら、無理にとは言いません」


 僕の挑発に、ダスカはあからさまに表情を変えた。

 怒り狂うように顔を真っ赤にしている。


「な、何を言うのです? 誰に何を言っているか分かっているのですか!?」


 ずいと僕に詰め寄ろうとするダスカをソルが手で制した。


「面白いこと言うね。何が目的なの?」


 探るような目つき。

 ダスカはルネと同じく感情的なタイプだが、ソルは理性的な人間だろう。

 こちらの意図を知ろうとしている。


「別に目的はないです。ただ僕たちは、収穫祭を盛り上げたいだけですよ。中央都市の方々に、ストロークホームスの良さを知ってほしいだけです」


「ふぅん……? ルネ姉さんと魔法省の人間を対決させて実力を示そうとしてるのかと思った。ルネ姉さんが魔法省の人間に勝てば、僕らも馬鹿に出来なくなるからね」


 図星を突かれギクリとする。

 ソルはじっと僕の顔を見つめた後、一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた。


 ルネだけが収穫祭に参加したのでは魔法省の人間からただ馬鹿にされるだけで終わってしまう。

 それなら、相手を同じ土俵に立たせてやれば良いと思ったのだが……。

 流石にこちらの目論見がバレたか。


 しかし彼は特に何も言わず、そのままダスカの方を向いた。


「出てあげたら? 僕は公安局の所属だから立場上出られないけど。魔法省なら問題ないでしょ?」


「でも、ソル兄様……」


「良いじゃない。それとも魔法省のメンバーは腕に不安でもあるの?」


「何を言うのです! そんな訳あるはずないでしょう!」


 ぐっと唇を噛みしめるダスカに「なら、問題ないね」とソルが言う。


「魔法省統治局幹部のダスカなら実力的にも確かだ。今日来てる魔法省のメンバーでは一番腕が立つからね」


 ソルはそこまで言うと、チラリと僕の方を見てきた。


「これで満足?」


「ええ、ありがとうございます」


 僕は小さく頷いた。


 ◯


 祭りの本部を出て、張り詰めていた緊張が一気に解ける。

 僕もウタコさんも一気にため息を吐いた。


 それにしてもどう言うことだろう。

 ソルの動き、明らかにこちらの味方をしていたような気がする。

 アシストされた……そんな気がした。


「でも、本当に良かったのかしら。ルネさんにとって家族と争う形になるけど」


「大丈夫ですよ。ルネなら上手くやってくれます。それに彼女も、このまま馬鹿にされたままだと悔しいでしょうから。それに――」


「それに?」


「ルネはなんだかんだ言って、天才魔女ですから。負けたりしませんよ」


 僕が言うのを見て、ウタコさんがクスッと笑みを浮かべた。


「そうね。ルネさんなら大丈夫よね」


 その時、どこからともなく鐘の音が鳴り響いた。

 見てみると、空に浮かんだ街灯の中に混ざり込むように、小さな鐘がいくつも浮かんでいる。

 魔法で鳴らされた鐘の音は、広いストロークホームスを大きく包んだ。


「そろそろ始まるわ、収穫祭のメインイベントが」


「行きましょう」


 人混みを抜けて街の北側へと向かう。

 稲畑へと近づくたびに、どんどん人の数が増えていくのが分かった。

 よく見ると高台や建物の屋上にまで人々が集まっている。

 魔法で広大な稲穂を一気に刈り取るこの舞台を、皆が楽しみにしているのだ。


「この辺でピリカが陣取るって言ってたけど……」


「道也、管理人さん、こっちや!」


 最前列の方からピリカの声がした。

 よく見るとミランダさんやフィリさん、ルボスさんもいる。

 特にルボスさんは群衆から頭一つ――というか体ごと飛び出ているからすぐに分かった。

 ほぼ壁になっているからか、ルボスさんの後ろだけ不自然な空間が出来ている。

 あんな巨体の後ろに立ったのでは何も見えないからな。


「ピリカ、合流出来て良かった」


「人混みに流されとったらさっきの化け物につまみ上げられたんや」


「誰が化け物だ」


「フィリさんやミランダさんはどうして?」


「最前列で見ようと思ってたらルボスさんやピリカさんが声を掛けてくれたんです」


 ウタコさんがルボスさんに頭を下げた。


「ルボスさんが場所を取ってくださったんですね。ありがとうございます」


 するとヤクザのような強面だったルボスさんが突然「うへへへ」と破顔する。


「そんな、ウタコさんのためなら全員ぶち殺してやりますよ」


 本当にやりかねないからやめてほしい。


「にしてもこの辺、妙にお客さんが多いね」


「そりゃそうやろ」


「何で?」


 その時アナウンスが流れた。


『間もなく始まります、一年に一度の収穫祭! 今年は魔法省のダスカさん、今注目を集めている魔法店『御月見』の店長ルネさんを特別ゲストにお招きし、魔法による大収穫をお送りします!』


 わっと歓声が上がり、パチパチと拍手が起こる。


「まさかこんなアナウンスされてるなんて……」


「さっきから定期的にされとるで」


 全然気づかなかった。


「お陰で今年の祭りは例年以上の盛り上がりだな」


 ルボスさんの言葉にウタコさんが笑みを浮かべる。


「せっかく特別ゲストに出てもらうんですもの。祭りの実行委員の人たちに頼んでおいたんです」


 いつの間にそんな手はずを整えたのだろう。

 流石に要領が良い。

 だからここだけこんなに人が集まっているのか。


 ストロークホームスをぐるりと囲む黄金の稲穂を一斉に魔法で刈り取る大行事。

 この広大な稲穂をいかに積み上げられるかが魔法使いとしての腕の見せどころだ。

 魔法使いの農夫たちが刈り取る面積の十数倍。

 敷地のおよそ半分を、ルネとダスカで刈り取ることになる。


「ルネは?」


「あそこや」


 よく見ると空に一人の人物が浮かんでいた。

 いや、離れた場所にもう一人、人が浮かんでいる。ダスカだ。

 二人は睨み合っていた。


「魔法省から逃げ出したルネお姉様なんかに負けるはずがないのです」


「見せてやるわよ、格の違いってやつをね」


 するとアナウンスが鳴り響く。


『それでは収穫の始まりです!』

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